手あぶり猫の悲劇
非番の日、門限が近くなり急ぎ足で屯所に戻る足が、ある道具屋の前でピタリと止まる。
店先に並べられた大小様々の道具類の中に、つるりとした陶器の置き物をみつけてそれと目があった。
は思わず、懐から財布を取り出して、ひいふうと中の銭の数を数える。
そして店の奥で煙草をふかしていた店主に声をかけた。
「ご主人、これ、値はいかほどだ?」
ひとめ見て気に入った……と、足下みられそうな発言をしたにも関わらず、道具屋の主人は良い人で、良心的な値段でそれを売ってくれた。
大事に風呂敷に包んで持ち帰ったそれは、ずんぐりむっくりとした猫の置き物で、ちょうど膝に置ける程度の大きさ。
背中の蓋を外せば中に汁腕ほどの小さな火鉢を仕込めるよう空洞になっており、中で炭を焚くと全体がほっこりと暖まる。
膝に抱いてよし、手を乗せてよし、炭で充分に温めたあと布団の中に仕込んでもよしという優れものだ。
道具屋の店先にフと目がいったのが運のツキ、香箱座りする丸まっちい姿と、ひなたぼっこをする猫のそのまんまの弛んだ表情にひとめぼれ。
何て似合わないもん持ってくるんだと笑われても構うもんかと、ホクホク笑顔で屯所に連れ帰った。
屯所に帰り、備え付けで入っていた小さな火鉢にさっそく赤く火を熾した炭を入れ、部屋の座ぶとんの上に置いて暖まるのを待っていた。
その間に非番のついでに買ってきてくれと頼まれていた買い置きの茶葉を届けに行く事にする。
が部屋を出たのと入れ違いに、廊下の向こうから千鶴がやってきた。
針仕事の苦手な
に代わり、巡察途中にかぎ裂きを作ってしまった羽織りを直していたのだが、出来上がったものを届けに来たのだ。
「
さん、いますか?」
室内が見えない所で一旦立ち止まった千鶴はだったが、障子が中途半端に開いていたのでそこからひょいと覗き込む。
部屋の主人は留守だったが、普段彼女が座っている場所に、デンと鎮座まします置き物猫と目があった。
座ぶとんの上にデデンと落ち着く姿、撫でろと言わんばかりの絶妙な背の曲線。思わず笑いを誘う間抜け面……もとい和む顔。
留守中に部屋に上がり込むのは悪いと思いながらも、近付いてそっと背中を撫でてみた。
置き物なのに暖かい。
驚いてよく見てみると、三毛柄の背中の模様に沿って切れ込みがあり、蓋になっている。
そこを持ち上げると、中に小さな火鉢あって炭が燃えていた。
密閉したものの中で火をたいたら消えてしまうのに……と不思議に思い、蓋をしなおして置き物を撫でてみると、猫の鼻のあたりと耳のあたりから暖かい空気が少し流れてきている。さらにお尻の下のほうにも小さな穴があいていた。
なるほどここに穴があって空気の入替えをしているのか……と、思うのと同時に、鼻から暖かい空気が出るのがまるで本物の猫のようで作り手の遊び心を感じて頬を緩めてしまう。
さて、部屋の主もいないのに長居はできないから、机の上に羽織を置いて戻ろう……とすると、目の端に畳んだ布団の上に重ねてある丹前(どてら)を見つけた。
冬用の、綿を厚めに入れた防寒用の上着だ。
ちょっと悪戯心をくすぐられた千鶴は、丹前を手に取ると、座ぶとんの上の猫の背に広げて掛けた。
香箱座りのデブ猫が、図々しくも座ぶとんを占領し、さらに丹前まで羽織ってぬくぬくしている図が出来上がる。
戻ってきた時の
の顔を想像すると頬はさらに弛んでしまう。
千鶴はこぼれる笑顔を押さえきれず、口元に手を当てたままその場をはなれた。
「ぶっ」
勝手場に行ったついでに茶を入れてきた
は、室内に置いてきた置き物猫と目があったとたんに吹き出してしまい、あやうく熱い茶を手にかける所だった。
誰だこんな和みまくりの悪戯をしていった奴は。
いい仕事するじゃないか……と感心していると、机の上に綺麗に畳まれた浅葱色の羽織があった。
「千鶴ちゃんか……」
そうだよな、幹部連中がこんなことするはずが……あいつらならもっと頭に来る系の悪戯になるよなと妙な納得をしてしまう。
誤解だ、と抗議の声が頭の中に聞こえた気がするが無視しておく。
猫から丹前をひっぺがし、さらに本体もどけて座ぶとんの上に座るといい具合に暖まっていた。
ということは、この丹前も。
羽織ってみると、着たばかりの時は綿が冷えていて冷たいのに、こちらもほっこりと暖かい。
さらに、熱い茶を片手に猫本体を膝の上に置けば完璧。
「千鶴ちゃん、流石」
あいつらじゃこうはいかない……と、濃く煎れた熱い茶を啜りながら、
は冬の和みを満喫する事にした。
手あぶり猫の存在は、千鶴の口から幹部の皆に知れたらしい。
何かと借りに来る者が増えた。
もともと、冬場は玄関に置いて、寒い中来てくれた客に手を温めてもらおうという気づかいから生まれたものだ。
置くものがただの火鉢じゃ面白くないので、猫型になったという所がツボ。
近藤は、屯所を訊ねてきてくれた来客に、今日は格別冷え込むから膝の上にどうぞと貸し出して、大好評を得たらしい。
千鶴も、水仕事の後に手を暖めに来る。
土方は、夜遅くまで冷え込む室内で仕事をしていると腹が冷えるから時々貸せと言うし。
沖田は、朝稽古に行く前に竹刀を握る手をあたためるのに最高、とかいって朝っぱらから部屋にやってきては勝手に炭を入れていく。
斎藤が夜の巡察前に借りていったので、何をするのだろうと部屋に見にいってみたら、あらかじめ敷いておいた布団を暖めていた。
流石に、冬の空気で冷えた身体で、冷たい布団に潜り込むのは辛かったようだ。
藤堂は昼の巡察帰りに借りに来て、やっぱり気になって見にいったら、部屋で猫が丹前をかぶっていた。
めくり上げてみると、経木の包みが猫の背に乗っている。 できたてホカホカの団子を買ってきたので、後で皆であったかいのを食べようと保温していたらしい。
原田は夜の巡察の後、一服しようとしたら煙草盆に備え付けの小火鉢の炭を切らしいたことに気付いた。
どこかで火を借りようにもすでに部屋の火鉢も勝手場の竈も火を落とされて困ってしまい、手あぶり猫の中にならあるだろうと夜中に
の部屋まで来た。
今から火打石を使うのは面倒だし、吸いたいとなったらどうにもムズムズしてと苦笑していた。
永倉は珍しいことに風邪を引きそうだったらしく、ひきかけのうちに治してしまいたいからあったかくして寝ると言って借りにきた。
汗を出す薬湯を飲んで、一晩猫に布団を暖めて一緒に寝てもらい、翌朝にはスッキリ快調になった様子だ。
山崎も、急ぎで文書にしなければならない報告があるのだが、手がかじかんで筆先が震える……と夜中に借りにきた。
山南も借りにきて、戻ってきた猫は何やら良いお香の香りがした。 どうやら香炉の代わりに使ったらしい。
さすが風流と思ったら、羅刹部屋の血生臭さを消すために使ったという。香炉を買おうか買うまいか悩んでいた所だったのでちょうどいいものがあってよかったと言われてしまった。
そんなこんなで、大人気の手あぶり猫。
あまりの人気に、
も自分用に買ってきたつもりだったが、壊さなくてちゃんと返すなら自由に持ち出していいからと、皆に言い置いた。
またもある非番の日、外歩きから帰った
が部屋に戻ると、机の上に風呂敷包み。
慌てて包んだのか、布はぐちゃぐちゃ、結び目はいいかげん。
これは千鶴ちゃんじゃないな、誰だ……と思いながら結び目を解く。
「え……あ、な、何だぁこれ!?」
思わず素頓狂な声を上げてしまったのは、お気に入りの手炙り猫が、粉々に砕けて無惨な陶器の残骸と化していたから。
暫く声も出なかった。
誰がやったか知らないが、壊したものをこうも堂々と突き返すか普通?
人のお気に入りと知りながら、詫びの一言もないまま、犯人が判らないなら別にいいやという態度で置いておくだけというのは何たる事か。
「……」
お気に入りを壊された事よりも、残骸の向こうに見えかくれする心根が見えて、怒りよりも情けなさを感じ、そういう人間に多少なりとも気を許していた自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてくる。
重たい溜め息をついて、包みを元に戻す。
情けないし悔しいが、手あぶり猫も自分の気持ちも、もう元にはもどらない。
こんな事をしておいて、しらばっくれようとする態度が見え見えの相手に怒るのも、振り回されているようで癪だ。
こちらもそしらぬフリを通して腹の中で蔑んでやると決め、包みを持ち上げる。
とその時、背後の廊下で妙に乱れた足音が聞こえた。
----- やって来たのは……?-----
●土方 ●沖田 ●永倉 ●山南