手あぶり猫の悲劇---永倉---


ちゃん、すまねぇええ!!」
「わぁっ!?」

 部屋に入ってくるなり正座で座り込み、両手をあわせて頭を下げたのは何と永倉。
 その勢いと大声に、 は思わず背後の押し入れあたりまで後ずさってしまっていた。

「事情はどうあれ、そいつを割った下手人は俺だ。 この通り! 気が済むように料理してくれ!!」
「……」

 大柄なクマが喚きながら頭を下げて合掌している……のだと考えれば可愛く見えない事もないが。
 このまま喚かせていては、騒ぎを聞きつけた他の幹部たちが寄ってきて、騒ぎが大きくなる!
 コトを引っ掻き回して大きくしそうな奴の顔と、融通がきかなさすぎて引っ込みがつかない事にしてくれる奴などの顔が脳裏に浮かび、 はこのままではいかんと抜けかけた腰に喝を入れる。
 風呂敷包みを脇にほうり出して永倉の身体に飛びつくと、さらに何か喚きそうな口を押さえ付け、行儀わるく足を伸ばして障子をひっかけ、引き閉じる。

「むぐ、むぐぐ」
「取りあえず、その事情とやらを聞かせてもらえますか?」

 永倉の口を押さえたまま、あんまり騒ぐと他の人が寄ってきますよ……とクギをさす。
 やばっ、と表情を変えた永倉は、自分の口を塞いでいる の手に指をかけ、そろりそろりと外した。

「じ、実はよ……」

 話が終った時、俺の首繋がってるかな……とちょっと心配しながら、永倉は一刻ほど前の事を話しはじめた。









「……ほらよっと。 こいつでどうだ」
「ぶ! あっははははは、に、似合わねえ!」

 昼下がりの屯所に、遠慮のない笑い声が響く。藤堂だ。
 何をそんなに大笑いしているかって、永倉のやった事にだ。
 先日、風邪をひきそうだから早めに身体を暖めて治してしまいたい、と永倉が の『手炙り猫』を借りに行った。
 そしてまた昨日も、 が夜の巡察で留守なので、ちょっと借りていいかと申し出た。
 また風邪ぎみなのかと心配していた に、まぁそんな所だと曖昧な返事をして借り受けたのだ。
 遠慮なく笑い転げる藤堂の横で、原田も座ったまま腹を押さえて笑いの発作を耐えている。

「い、いや、新八にしちゃあいい考えだと思うぜ? ただ感覚がズレてねぇかと……」
「おいおい左之、お前さんまで笑うこたぁねえだろ!」
「いやよぉ、女に花を贈るのは別にいいんだよ。 だからってこれはねぇだろ……」

 永倉が花を買ってきた……などと聞いて、『頭でも打ったか?』と心配した藤堂と原田が部屋に向かうと、永倉は生け花の真似事をしていた。
 頭を打った訳ではない。
 猫を借りた事だけでなく、日頃世話になってる細々とした事への礼のつもりで、花のひとつも贈ってみようかと考えたのだ。
 普通の女ならそう考えてくれた事を喜びそうだが、永倉の普段の行動からすると、周囲に『何か悪いモンでも食ったのか!?』と真剣に心配されそうな思い付きではある。
 しかもその感覚がなってない。
 寒咲きの花を色々集めてきたのはいいのだが、『手炙り猫』を花瓶がわりにするのはいかがなものかと。
 背中の空洞に、火鉢の代わりに水を入れた湯飲みを入れて、花を生ければあら不思議。
 お花をもっさりと背負った、間抜けでめでたい猫の図の出来上がりだ。
 ……しかも、空気抜き用の鼻や耳の穴にまで椿の枝を刺しているあたりが、笑いを取ろうとしか思えない。
 これが、生け花の心得でもあれば多少はマシになったのだろうが、何せ男のやる仕事。
 花の組み合わせや形の取りかたからして、桶に投げ入れた乱雑さと大差ない。
 出来上がった猫の姿を見た藤堂は、間抜けっぷりに腹を抱えて大笑い、原田も吹き出すのを堪えきれていない。
 女に花を贈る……までは確かに悪くない。
 だが原田にしてみれば、これを受け取った時の の何ともいえない生暖かい笑顔まで想像できてしまい、笑わずにはいられないのだ。

「し、新八っぁん、それ持ってたら確実にフられるぜ? 俺一両賭けてもいい!」
「お? 大きく出たな平助。 だがそれじゃあ賭にならねえ、俺もフられるに張るからな」
「てめえら……そこまで言うなら俺も賭けてやろうじゃねえか!」

 藤堂と原田の前にどっかりと座った永倉は、これでどうだと条件を提示した。
 これを受け取った が気持ちを汲んで、外出の誘いや呑みにいくのに付き合ってくれれば永倉の勝ち。
 呆れ倒されただけなら、藤堂と原田の勝ち。

「いやぁ、助かっちまったぜ。 組下の連中に奢っちまったからよ、給料日までちと心配だったんだよ」
「俺も、刀の拵え修理したらちょっとかかっちまってさぁ」

 すでに勝った気でいる原田と藤堂の態度に、永倉の額に青筋が浮き出る。

「へっ! 俺の方こそ二両まるもうけにさせてもらう事になって気が引けるぜ! 待ってろよ ちゃん、この俺様の心の籠った贈り物を……」

 畳の上に置いてあった猫を片手で持ち上げ、大股に部屋を出ていこうとした永倉。
 だがその拍子に、手の中で傾いた猫の耳から、挿した椿の枝だがポロリと抜け落ちた。

「おっと!」

 せっかくの花が、と開いている手を伸ばし、床に落ちそうになった枝を受け止める。
 だがその拍子に身体が斜になって猫本体から気が逸れたのがまずかった。
 しっかり掴んでおかなかった猫は、永倉の手からスルリと抜け落ち、頭から板張り床の廊下に転落。
 あっと思った時にはもう遅い。

 ガシャーーン……

 派手な音を建てて、手炙り猫は哀れにも首がもげて胴も粉々、せっかくの花も落ちた衝撃で飛び散ってしまった。
 目の前で起こったことが理解できずに動きを止めてしまった永倉の代わりに、藤堂が悲鳴を上げた。

「どどど、どーーすんだよ新八っぁん! あいつのお気に入りーー!」

 ちょっとの欠けなら焼き継ぎに出せばいいが、それも不可能なほど粉々に。
 多少形の残っている頭の部分がコロン、と転がった所で永倉は正気に返った。

「うぉぉおおおお!? や、やばくねえかこれ!?」

 ガシッと両手で頭をつかんで絶叫する永倉を眺めながら、原田が絶望的な溜め息をつく。

「やばいも何も最悪だな。 刀以外の道具なんてな使えりゃいい、っていう奴が思わず買ってきて可愛がってた品だぞ」

 ま、壊したんなら素直に謝るくらいはしたほうがいいだろうなと忠告もしておく。
 下手に隠し立てして怒らせるようなことになったら、あれでけっこう短気な のこと、腰の刀に物を言わせる可能性が高い。

「ま、頑張れ。 詫びに行くのに連座は御免被るが、今日がお前の命日にならんように祈っておいてやる」
「命日になっても、線香くらいはあげてやるからさ」

 友達がいのない発言をする原田と藤堂に見送られ、取りあえず破片を風呂敷にまとめた永倉は、斬首場に向かうような心境で の部屋へと向かった。










「……とまあ、そういう経緯でよ。 取りあえず部屋にそれ返して、 ちゃんが外から帰ってくるまでの間に何か代理の品でも用意しようとしたんだが間に合わなくて」
「それで、慌てて部屋のほうに来たってことですか」
「そういうこと。 とにかく、経緯はともかく、お気に入りをブチ壊しちまった下手人は俺だ。 本当にすまねえ!」

 この通り、と頭を下げて。
 この上は、いかようにも気の済むようにしてくれて構わないと頭を下げる永倉に、 のほうが面喰らってしまう。

「ちょっ……頭を上げて下さいって! そんなにされちゃ、話もできませんよ!」
「け、けどよぉ……」
「まだ聞きたい事だってあるんですってば」

 そう言って、永倉に頭を上げてもらう事はできたが、今度は塩をかけた青菜のような肩の落としっぷり。
 日頃威勢のいい永倉がこうまでしょげ返るのも珍しい。

「というか、よく素直に謝りに来る気になりましたね? 普通、男なら女に頭なんか下げられるかって、壊れる方が悪いとか言い張ったり、開き直って適当に誤魔化すとかしますよ?」

 そういう感覚は、けっこう普通だ。
 武士が町人に頭を下げられないとか、男が女に頭を下げるなど、恥ずかしいという考え方だ。
 立場が同じ者や、目下の者が目上の者に詫びを入れるのならともかく、自分より下の身分・立場の者に対して頭を下げるなど、面子が立たない。
 得に男はそうだ。
 こちらが男のなりはしているが、中身が女とわかっていて、よく頭を下げる気になったなと感心してしまう。

「おいおい ちゃん、そりゃあ誤解だぞ。 自分が悪い事したって分かっていて開きなおるなんざ、男の風上にも置けねえよ!」
「そういうもんですか?」
「当り前だろうが。 一体どんな野郎見てきたんだよ……よほど巡り合わせが悪いんじゃねえのか?」

 決心して頭を下げてみれば、自分悪くないと開きなおられて当然、と思っていた に、今度は永倉のほうが驚いてしまう。
 まったく、今までどんな態度を取る人を見て標準としているのか。

「大将だろうが下っ端だろうが、男だったら潔く、自分が悪い事をしたと思ったら非を認める。 開き直ったり、口先で誤魔化すなんざ、やっちゃあいけねえことだ」

 頭を下げて誠意を見せるのに、男も女も身分の上下もあったものかと永倉は主張する。
 大体、人のお気に入りをぶちこわしておいて、俺のせいじゃないからと逃げるような真似は、永倉の美意識に大いに反している。
 相手には腹の中で軽蔑されるだろうし、自分の中にも形容しがたいモヤモヤした気持ちが残るだろう。

「という訳でだ。 ほんっとーーに悪かった! 首斬られるのだけは困るが、その他は好きにしてくれ!」
「……」

  はまいった、と天井を見上げた。
 立場も身分も関係なく、自分が悪かったと認めた相手に鞭うつような真似をしては、今度はこちらが悪者だ。
 それに永倉は、多少の悪戯心はあったにせよ、心を込めて花を贈ってくれようとしたのだ。
 彼の誠意をここで拒んでは、その気持ちをも踏みにじる事になる。

「じゃあ……」
「お、おう」

 一発くらい殴られても仕方ないと思っていた永倉は、身を起こしてぎゅっと肩を固くする。
 ところが、 のゲンコツは飛んでこなかった。

「さっきの話の中にあった賭け、まだ有効ですよね?」
「あ、ああ……多分」
「永倉さんからの誘いってことで、猫をみつけた古道具屋に一緒に行ってもらえませんか? それで、賭は永倉さんの勝ちになるでしょう?」
「ま、まあな」

 話の先が見えなくて目をぱちくりさせる永倉に、 は悪戯っぽく微笑みかけた。

「原田さんと平助君か巻き上げた二両で、永倉さんが新しいの選んで贈ってください。 道具屋に、他にも手あぶり猫はありましたから」

 それで、この話は手討ちにしましょう、と はトン、と手を叩く仕種をする。

「な、なんだ、そんな事でいいのか? もちろん喜んで付き合うぜ!」

 賭にも勝って、 にも嫌われずに済んだようだ。
 もしかしてこれって、最良の結果ってやつか?と、永倉は何度か目をしばたかせたあと、歓声を上げた。
 一気にぱぁっと表情を明るくした永倉の様子に、 も眉を下げる。

「いよっし、そうと決まったら早速あいつらから巻き上げてくるぜ、待ってろよ ちゃん!」

 そしたらすぐ出かけるから、格好そのままな!と永倉は爽やかな笑いを残してドタバタと廊下を駆けていった。
 嬉しそうなその様子に、帰ってきたばかりで疲れてるんだけれど……とは言えず、 は微笑みを苦笑に変えて、一旦脱いだ外出用の羽織を肩にかけなおした。




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