手あぶり猫の悲劇---山南---
手あぶり猫惨殺(?)事件からすでに十日。
いまだ下手人は上がっていない。
が哀れな残骸を手にした時に部屋に来たのは沖田で、ちょっとこれ部屋に隠しておいて……と、何やら女っぽいクネクネした字が書かれた紙束を預けられた。
何かと思ったが、言われた通りに預かり、文机の引き出しの中に入れておくから後で適当に持っていってくれればいい、という事にしておいた。
「僕が預けたの、誰にも言わないでね? あれ、それ……壊れちゃったの? 僕も気にいってたんだけれどな」
手あぶり猫の残骸を見た沖田の残念そうな口調からして、
は彼が犯人ではないと踏んだ。 ……実はちょっと疑ったりもしたのだが。
それに、残骸からほんのりと香の匂いがする。
沖田もそれに気付いたようで、もしかして、とふたりで顔を見合せてしまった。
が、その時、廊下の向こうから土方の怒り狂った声が聞こえてきて、沖田は肩をすくめ、『じゃあよろしくね!』と言いおいて、部屋を出ていってしまった。
夕食の席でも、何人かに手あぶり猫を壊したのは誰かと聞いてみたが、日頃借りて行く幹部たちと千鶴は、誰も知らないし壊した覚えもないという。
香炉のようにして使ったのなら、下手人は山南なのでは、という意見もでたが、中が上薬をかけていない素焼きのままなので、一度香炉として使うと暫く香りが残る。
なのですぐには山南とは断定できないのだ。
「でも、ここ数日、幹部で顔をあわせていないの山南さんだけでしょ? 活動時間が違うからかもしれないけれど」
「そういや……ほんとに十日くらい顔見てませんね」
沖田の指摘に、言われてみればそうだと頷く。
羅刹は昼夜逆転生活をしているから、これからが活動時間だ。
はここの所、夜の巡察に行く隊と同行する事が多かったから、山南が起きている時間に顔をあわせようにも屯所の外だった。
「……一番荒っぽく扱いそうな永倉さんでもないっていうなら、ホントに誰なんでしょうね」
「
ちゃん……俺みたいな繊細な人間捕まえてそりゃあねえだろ」
永倉の繊細発言に、広間で同席していた藤堂と原田が思いきり吹き出す。
飲み物を口にしていたら、惨事確実の噴出っぷりだ。
「お前が繊細だなんていうなら、俺らみんな神経質すぎて胃にきてなきゃおかしいだろうが」
「だよなーー! 俺らで胃痛なら、土方さんあたりは、とっくに胃が溶けてるって!」
「何おぅお前等! 俺ぁ今年はちゃんと風邪ひいてんだぞ、これが繊細の証明と言わずしてどうするよ!」
そりゃ、何とかは風邪ひかないと昔っから言うが。
それにしたって繊細発言は厚かましすぎだろうと藤堂も原田も遠慮がない。
「はいはい。 千鶴ちゃんも
ちゃんも避難避難。 この分だと、取っ組み合いになるかもだからね」
巻き込まれたら潰れちゃうよと、にこにこと笑う沖田に背中を押されながら、千鶴も首をかしげる。
「ここにいる皆さんじゃないとしたら、本当に誰なんでしょうね。 黙っていれば黙っているほど、
さんも怒ると思うんですけれど」
「そうだよねえ……
ちゃん、下手人わかってもほどほどにね?」
沖田に、あんまり説得力のない笑顔で念を押されて
は苦笑してしまう。
ほどほどじゃなくても別に面白そうだからいいと期待している様子が見えかくれしているのは、困ったものだ。
「努力はします」
私闘扱いにならない程度には……と、
は少し自信なさげに脇差の柄を撫でた。
翌日の夜。
暫く続いた夜の巡察から外れて、一日非番を貰った
は、夕食のあと部屋で寛いでいた。
「……冷えるなぁ」
それなりに重ね着はしているが、今日は底冷えがする。
本を読むにも手が震えてやりづらい。
誰も見ていないのをいいことに、行灯の仕切りを持ち上げ、行儀悪く中の油火に手を翳した。
「五条君……いますか?」
「ひゃっ!?」
廊下のほうから聞こえた低い声に、
は思わず短い悲鳴を上げた。
気配も何もなかった。
驚いた拍子に行灯のフチに手を当ててしまい、危うく倒しそうになって慌てて本体と油皿を押さえる。
倒したりしたら即座に引火、ボヤなど出したらどれだけ怒られる事か。
そんなことにならなくて、ほっと一息ついた後、
は声の主に返事をした。
「山南さんですか、どうぞ」
「失礼します」
音もさせずに障子を引き開けて、山南は室内に滑り込むように入って来た。
山南の手の中には、ずんぐりとした風呂敷包みがある。
灯りのほうへどうぞと勧める
の手を断って、山南は障子の側へと腰を下ろした。
「先日は借り物を壊してしまい、大変申し訳ない事をしました。 もっと早くお詫びに上がるつもりでしたが、何分活動時間の問題で行き違いが多くて……」
「ああ……それは、仕方ない事ですよ」
そういえば、本当に暫く顔も見ていなかった。
「でもこっちが仕方ないかどうかは、理由くらい聞かせてもらえますよね? 本当にお気に入りだったんですから、それくらいはいいでしょう?」
予想通りに山南が下手人というのは何だが、彼が借り物を手荒に扱って壊すような人間には思えない。
山南も、もちろん釈明させてくれるなら喜んで話す、と膝の上においていた包みを畳の上に下ろした。
「かれこれ十日と少し前――その日も、君が夜の巡察隊に加わり留守になるからと、手あぶり猫を借りていったんです」
羅刹隊の部屋に、どうしても籠る血の匂いと、どこか昏い――例えるなら『闇の匂い』とでもいうものを緩和するべく、香でも焚いてみるかと前々から思っていた。
香はよさそうなものが見つかったが、それを焚くものがない。
まさか八木家や前川家の仏壇から線香立てを借りて来る訳にもいかず、欠けた皿でも使うかと思案していたある日、
が手あぶり猫なるものを買ってきた。
これなら使えるのでは、と借りて中で香を焚いてみたところ、中々うまくいった。
さらに香木から出る香しい煙りが、空気穴になっている耳や鼻や尻のあたりから抜けて細く天井に登っていく様子は、ずんぐりむっくりな猫の姿と相まって笑いを誘う。
殺伐としがちな羅刹部屋に時々おいておくには大変良いものだ、と山南も手あぶり猫とそれを香炉がわりに使うのが気にいった。
そうして、
が夜の巡察隊について出かけたあの日も、前々から言っておいたので部屋に入って借り出すと、羅刹部屋の机の上で香の煙りをくゆらせておいた。
「……とまあ、ここからは他の人の釈明になるんですが」
「釈明? じゃあ直接の下手人は山南さんじゃないと」
「ええ、まあ……ですが管理不行届きという点では、私も同罪です」
思いだすと気が重い、と山南は肩を下げて、さらにその時の様子を語る。
羅刹といえども、血に狂う事がなければ普段は活動時間の差こそあれ、人とかわらない。
山南を見てそれを知っている
は、頷いて話の先を促した。
その日、手あぶり猫のおいてある部屋で、二人の羅刹隊士が将棋をさしていた。
山南は別室。 変若水の研究を一通り本にまとめるための作業をすすめていて、部屋の羅刹たちには気を配っていなかった。
そのうち、何か口論が聞こえるなと思って書類を書いていた手元から顔をあげると、はかったようにガシャンという物の壊れる音がして、口論の声がさらに激しくなった。
流石に放っておけずに何ごとかと見に行くと、部屋には将棋の駒が散らばり、将棋板が投げ飛ばされでもしたのか、机の上の手あぶり猫に直撃。
哀れ猫は、首がごろんともげて胴体は粉々。
香をいれておいた灰入れも中身が飛び散って、部屋の中は埃っぽい。
「将棋盤て……投げ飛ばせやしないでしょう、あんな大きいもの」
「いえいえ、五条君の想像するような分厚い板に足をつけたものではなくて、まん中を蝶番で折り畳める板状のものでして。 それをはさんで二人の隊士が将棋をさしていたのですが、待った、待たないで口論になって、激昂してつい盤をひっくりかえして『こんな勝負はなしだ!』とやってしまったようで」
「大方、金銭でも賭けてたんでしょう」
「ええ、その通りです。 盤を勢い良くひっくりかえした方向に、運悪く手あぶり猫があって直撃してしまったらしいのです」
「……」
は思わず額を押さえた。
賭将棋で我を忘れた連中に、私のお気に入りは粉々にされたのか……と思わず小さく首を振る。
「……両者とも、これは私が借りてきたものと知っていながら、やらかしてくれましたからね。 何といいましょうか、それなりに責任は取らせましたので彼等にはこれ以上追求はしないでやってくれますか」
「え? 責任はとらせたって……」
「粉々になった猫さんよりは多少マシな程度に留めておきましたよ? 大丈夫、羅刹は丈夫ですから」
要は、直接の下手人二人をけっこうシャレにならない感じに殴って懲らしめたということなのだろうが……。
ニッコリと微笑む山南に、
はとっさに声が出なかった。
その責任の取らせ方はアリなのかという意味と、恐ろしい事をサラリと実行し報告してくる神経もすごい。
この上、どういうことなんだと詰め寄るなど、気の毒すぎてできやしない。
「そのあと……まったく同じものは無理にしても、それなりに気にいってもらえそうな代理品を探す事にしました。 ですが活動時間に難があって、日中出歩けない私は人に頼んで見つけてもらうしかなかったんです。それで、説明しに来るのが遅れてしまいました」
これが、その品ですよと山南は小脇に置いた風呂敷包みをポン、と叩く。
「私の管理不行届きでお気に入りを壊してしまったのを、お詫びする気持ちです。 気に入るかはわかりませんが、まずは開けてみてもらえますか?」
膝の前に差出されたそれを手にとると、陶器の容れ物が入っているらしく、ズシリと重い。
は包みの結び目に手をかけて、かけてある布の端をほどいていった。
中から出てきたのは――
それを見て、
は思わず後ろに後ずさっていた。
正座から後ろに尻餅をついて膝を立てた格好になりながら、それと山南の顔を交互に見比べる。
広げた風呂敷の上には、『カボチャ』の置き物が鎮座していた。
ツヤツヤした緑色なのは、陶器の上薬なのでもちろん食べられない……が、表面のデコボコまで随分こだわった造りだ。
「探して来る人に、ただの代理では誠意がないので、遊び心と意外性があるようにお願いしたんです。 やっと今日、手に入りまして」
山南曰く、これもまた手あぶり猫の親戚で、ちゃんと上がフタになっていて、そこから小さな火鉢を入れられるようになっている。
空気を逃がす穴もあいていて、中で炭を焚くとカボチャから煙があがるという何とも愉快な眺めということだ。
しかも、置き物にして笑いを取ってよし、膝の上に抱いて据わりもよし、布団の中に仕込んでも転がりづらい重心が下にある設計と、遊び心だけでなく気配りも利いている。
「これは、なかなか」
「多分あなたなら、単なる代理よりもこういうほうが気にいると思いましたよ」
「読まれてますか……」
は姿勢を正して、手あぶり猫ならぬ手あぶりカボチャをしげしげと眺めた。
確かに山南の言う通りで、こういう遊び心のある品は大好きだ。 正確、読まれまくっている。
「では……あらためて、前の猫さんを壊してしまったことは申し訳ありませんが、これで、直接の下手人の二人も、私も……ご勘弁ねがえませんか?」
「はい」
誰がこれ以上責められようか。
山南の穏やかな笑顔を浮かべて立ち去るのを廊下まで見送ったあと、
は室内に鎮座したままのカボチャを眺めた。
「冷え込むことだし……さっそく使わせてもらおうかな」
文机の引き出しから小さい炭を取り出して、行灯の火で端をあぶって火をつける。
ふうふう、と息を吹き掛けて炭の赤い部分を大きくしながら、カボチャの上フタに手をかけた。
「わーー!!」
廊下をゆっくり歩いていた山南は、
の部屋のほうから声が聞こえてきて、思わずほくそ笑む。
冷え込む事だし、早速使うだろうとは思ったが、ちょっと驚いたようだ。
普段はただ借り物をしただけの人に、こんな事はしないが……
「五条君は、ああ見えて可愛い所ありますからねえ。 私なりの気持ちですよ」
今頃一体どんな顔をしている事やら。
ぜひ見物に戻りたいが、それをしては興が醒めるので、山南は小さな笑いを零しながら自分の部屋のほうへと戻っていった。
一方、
は再び腰を抜かしていた。
カボチャの中にはバネ仕掛けのオモチャが入っており、蓋をあけたとたんにピョーーンと飛び出してきたのだ。
竹づくりのバネで紙細工の人形が飛び出す、駄菓子屋で買える子供のオモチャだが、こう来るとは思わなかったので思わず素頓狂な声を上げてしまった。
「あ、あ、あ、あの人は〜〜!」
この状況で、火のついた炭をほうり出さなかった自分は偉い。
そう感心しながら、
はこれ以上何かないだろうなという意味で、膝でカボチャに這い寄って中を覗き込んだ。
「……」
竹バネの仕掛けの間に、飴玉やら可愛い形の小さな干菓子やら、紙につつんで両の手のひらにたっぷり一杯以上の量が入っていた。
「あ……あの人は、どうしてこう……」
妙な所で、お茶目さんなのか。
いやこれが地か。
羅刹になる前の山南の性格はあまり知らないが、ちょっと誤解もしてたのかなあ……と、畳の上でガックリ肩を落としながら思う。
取りあえず、カボチャに火を入れて、お菓子は夜食にさせてもらうか……と
はのろのろと手を動かした。
山南がここにいたら、脱力する
を見て、こう言っただろう。
悪戯なのか、本気なのか分からない微笑とともに――
「何ごとも、お互いの距離を縮める貴重な一歩ですよ」――と。