手あぶり猫の悲劇---沖田---


「やあ五条君。 話は聞いたよ」
「近藤さん……」

 足音さえも忍ばせながら部屋にやってきたのは、局長の近藤。
  のお気に入りの手あぶり猫を壊したのが沖田だと聞いてやってきたらしい。
 あの日、一応『自分がやった』と告白しに来た沖田だったが、『僕が悪いんじゃないもん』という言い訳に終始し、その太い態度に もとうとうブチ切れて拳を振り上げる大喧嘩になったのだ。
 隊内での私闘は厳禁、騒ぎを聞き付けた土方によってその場は鎮まったが、両者の感情までも治まったわけではない。
 沖田は、自分が悪いんじゃないという態度を崩さず、 のほうもそれならこちらも知った事かと、以来一沖田とは一言も口をきかない。
 険悪極まるここ数日の様子が、どうやら土方の口から近藤の耳に入ったようだ。

  は、沖田には甘い近藤の事、折れてやってくれんかと言われるものとばかり思っていた。
 ところが、奥へどうぞという の勧めにも関わらず、部屋に入ったはいいが廊下側の下座に座した近藤は、きっぱりと言い切った。

「あれは、総司が悪い。 割った事も悪いが、その後の態度がなお悪い。 武士として……いや男としてあるまじきものだ」
「……」
「こちらからお願いしたい。 あれがきちんと、自分の非を認めて頭を下げるまで、決して許さんでくれ」

 仲裁に来たのだとばかり思っていたから、 は近藤の発言に驚いて、目を丸くしてしまった。
 普段なら、『あいつの口からは憎まれ口しか出てこないから気にせんでやってくれ、俺からきつく言っておく』で済ませそうなものなのだが。

「いや本当に申し訳ない。 五条君のお気に入りを壊した事もだが、ああいう態度に出るとはなあ。 俺は教育を間違ったか……」
「ちょ、近藤さん。 そんなに肩を落とさないで下さいよ!」

 開けっ放しの障子から、ヒュルリと吹き込む冷たい風が余計に哀愁を誘う。
 半ば呆然としていた だったが、肌に触れる空気の冷たさに我に返って、立ち上がって障子を閉めた。

「教育を間違ったかって、それは言い過ぎでしょう。 沖田さんあれでも、一人前の男でしょう?」
「いやいや、身体が大きいばかりでは大人とは言えん。 事に臨んでの態度や、急に際する覚悟、普段に見えかくれする心根……そういったものが成熟してはじめて、本当の意味で一人前だろう」
「……」
「それになあ五条君。 どんな男でも、みんな最初は子供だったんだ。 あれの親御さんたちから預かって、一番大事だろう時期を一番沢山一緒に過ごしたのは、間違いなく俺なんだよ」

 剣ばかりでなく、武士として、男としての心構えもきちんと見せていたつもりだったのだが、ああ情けない……と、近藤は重苦しい息を吐き出した。

「俺で責任を取れる事なら、俺が守ってやるべきなんだろう。 だが守ってやるばかりでなく、駄目なことを駄目だと悟らせるのも俺のすべきことだ。 男は自ら非を認めるなどあってはならんと思い込んでいる愚か者がいるが、それが間違いなのだということ、身をもって分からせねばならん」
「何か聞いていると、喧嘩続行許可に聞こえますけれど?」
「その通りだ。 むしろ総司がいつものタチの悪い冗談や脅しをかけてきたら、遠慮なくトシや俺の名を出してくれていいぞ」

  も弟を持つ身だ。
 もし弟が、他人のものを壊しておいて、こんな情けない態度を取ったら、叱り飛ばすだけでは済まさない。
 なので肩を落とした近藤の気持ちは、よくわかる。

「分かりました。 暫く、空気がギスギスすると思いますけれど、私も折れない方向でいきますから」

 実は近藤に言われるまでもないのだが、喧嘩続行許可があるというなら心強い。しかも応援団までつくという。
 少しは思い知れと、 は心に浮かんだ沖田のニヤニヤ笑いを前に、我知らず拳を握りしめていた。









「こらおまえら。 いい加減、大人気ないんじゃねえか?」
「僕は知りませんよ。  ちゃんの心が狭いのが悪いんじゃないですか?」
「……」

 さらに数日後、朝餉の支度で忙しい勝手場。
 今日の食事当番は、原田、沖田、 の三人。
 支度の最中も、原田とは普通に接するものの、沖田の事は完全に無視をする の態度と、それをことさら挑発するような沖田の様子に、とうとう原田が口を挟んだ。

「ぶっさいくな置き物ひとつ駄目になったくらいでさ。 いつまでも根に持つなんてそれこそ大人気ないよね」

 背後を通りざま、わざとらしい声でそう言う沖田の態度など気にせず、 は淡々と味噌汁の仕上げに入っている。
 小皿に取って味見をして、丁度良い塩梅なのを確かめると、蓋をして鍋を竈から持ち上げた。

「じゃあ、私はこれを広間に持って行きますんで」
「おう……」

 にっこりとした顔で……だが目が全然笑っていない笑みを向けられても、正直困る。
 原田は複雑な顔で勝手場を出ていく を見送ったあと、横で煮物を小鉢に盛り付ける沖田を横目で見た。

「総司……お前もしかして、まだ謝ってないのか? あいつのお気に入り壊したのお前なんだろ?」
「ちゃんと謝りましたよ? その上で僕が悪いんじゃないって説明もしましたし」
「おまえなあ、心から謝る、ってのと、棒読みで『ごめんなさい』って言うのには明らかに違いがあるんだぞ」

 大体何で、あいつのお気に入りだと分かっていて屯所の外に持ち出したりしたんだよ……と、原田は盛大な溜め息をついた。
 けれど、聞く所による理由が、沖田なりの優しさだったものだから、強く言えずに困っている。
 もともと、冬は朝稽古前に手がかじかむから暖めていくのにちょうどいいなどと言って、朝イチで の部屋に押し掛けては手あぶり猫に炭を足していくのが沖田だった。
 そうして暫く手を暖めてから、朝稽古に励む。
 そんな沖田が、 のお気に入りの手あぶり猫を貸してくれと言い出した理由は、壬生寺にやってくる女の子たちのためだという。
  が非番で外に出る日、留守の間ちょっと貸してくれと言って屯所の外に持ち出した。
 彼曰く、いつも遊んでもらっている子供たち……彼等の中の女の子の手が、あかぎれてひび割れていたのを見て、手を暖めさせてあげようと思ったという。
 女の子は、子供のうちから母親の手伝いで家事をしたり、下の子がいれば子守り仕事を一通りやらなければいけなかったりで、どうしても水仕事が増える。
 幼い頃見た母や姉の手が同じように痛そうな事になっていたのを思うと、放っておけなかったそうだ。、
 なので、手荒れや傷によくきく軟膏を女の子たちに贈り、さらに少しでも手を暖めてもらおうと思った。
 どうせならただの火鉢ではなくて和む姿の手あぶり猫を持ち出した。
 女の子たちは大喜びで、あかぎれた手に軟膏を刷り込み、撫でると暖かい猫の背中に手を置いてニコニコしていた。
 彼女たちの笑顔に沖田も嬉しくなり、そして、僕がここに遊びに来る時は借りてくるから楽しみにしててね、などと言ったらしい。

 ここまでは、貸し出す前に も沖田自身から聞いていて、そういう事ならと喜んで貸し出した。
  が、女の子たちの手荒れを可哀想に思って持ち出したいと言うのを渋るはずがない。
 問題は、その後だ。
 女の子たちが珍しいものを抱えて嬉しそうにしているのを見た男の子たちが、僕も僕もと寄ってきて、手あぶり猫は取り合いになってしまったのだ。
 原田には、沖田の口から聞かせてもらったその時の状況が、手に取るように思い浮かぶ。
 最初は、大人気だなあと子供たちの輪の外で眺めていた沖田は、男の子たちが女の子たちから取り上げて自分たちで独占しようとしたので、横から手を伸ばした。

「こら。 手が痛い子のほうが先でしょ、戻しなよ」
「何するんだよーー、沖田のケチ! 僕たちだって……」
「だーめ! 男の子は走ればあったまるんだから意地悪しないの!」
「ちぇ、もういいやい!」

 沖田も覚えがある事だが、男の子というのは、何かにつけて乱暴で手加減を知らなくて、妙な自尊心もあってちょっとした事ですぐにヘソを曲げる。
 男の子は、沖田と引っ張りあう形になっていた猫を両手で力一杯押し付けてきた。
 ほとんど突き飛ばすように。

「うわっ!」

 勢い良く押し付けられた拍子に、背の蓋が外れて中の火鉢の炭が跳ねた。
 着崩している着物の胸元に炭がスポンと入り込みそうになった沖田は、猫を抱えようと腕を中途半端に伸ばしたまま、とっさに身を引いてしまった。
 が、炭に気を取られて、手のほうはしっかり猫を捕まえられなかった。
 スルリと抜け落ちた先は、参道の石畳の上。
 ガシャーン、と鈍い音をたてて、手あぶり猫は粉々になった。
 女の子たちは青ざめたが、男の子たちは壊れた猫を見て、『沖田がちゃんと受け止めなかったのが悪いんだもんね』と囃し立てて来た。
 相手は子供、オロオロする女の子たちに君たちは気にしなくていいよと優しく声をかけてから、押し付けてきた男の子の襟首を捕まえて、一発拳骨で殴っておく。

「何を無責任な事言ってるのさ、荒っぽく使えば壊れちゃうものを投げ付けたのは君でしょ!」
「うわぁああああん、沖田がぶったあああああ!!」

 殴られて泣きわめく男の子を残して、取りあえず手持ちの手ぬぐいに猫の細かい破片をまとめ、大きいほうを手に持った沖田は、屯所へと戻る事にしたという。
 そのあと、外出から帰ってきた に事情を説明しに行ったようだが、一体どんな説明をしたのか、大喧嘩になった。
  は沖田と仕事の事の他は口も聞かず、ギスギスした雰囲気が周囲にも漂ったまま今日に到る。









 これが、千鶴だったら。
 壊れやすいと分かっていて不用意に貸し出した私も悪いんです、とか言ってすぐに折れてきただろう。
 それなら、甘いものを奢ってやったり、壊したものの代わりに綺麗な簪でも見繕ってやって、埋め合わせができるのに。
  は、ガンとして折れない。
 頭を下げるのが嫌な訳でなない。
 むこうから折れてくれれば、こちらだって頭を下げやすいのに。
 その事に沖田は、少しいらついてきていた。

「ねえ ちゃん。 そんなに……僕よりもあのぶっさいくな猫のほうが気にいってたわけ?」
「……」

 広間で朝餉の膳を片付けながら、沖田は の背中にそう話し掛けた。
  の態度は相変わらずそっけない。
 というかこいつわかってないな、と内心で溜め息をつく。近藤には悪いが、まだ喧嘩は続行になりそうだ。
  の心を知ってか知らずか、沖田は値踏みをするような目で黙々と働く を眺めて、言葉を続けた。

「はいはい、わかりましたってば。  僕が悪うございました。弁償すれば――」

 広間には、同じく片づけをしている原田と、この後会議があるので土方と近藤も残っていた。
  は、沖田にそれ以上言葉を続けさせず、二段に重ねて運ぼうとしていた膳を荒っぽく床の上に置くと、近藤たちの目の前で――

 パシン!!

 手を振り上げて、沖田の横ッ面をひっぱたいた。
 叩かれた当人は、勢いで横を向いたまま声も出せない。

「おい、 !」

 様子を見ていた原田のほうが慌て、置いた膳を掴んで大股に広間を出ていってしまった を追い掛けようとした。
 その原田の背に、土方が声をかける。

「追い掛ける必要はねぇぞ原田。 それにこんなのは、私闘にゃ入らねぇ」

 総司を殴る時のあいつの手、見たか?と土方は顎をしゃくる。

「拳骨にすらしてねえ。 ガキを叱るのに武器は必要ねぇからな。 つまり今のあいつは、総司を一人前の男として見ちゃいねぇってことさ」
「な……」

 土方のあんまりな言い様に、沖田も我に返って多摩時代からの兄分を睨み付ける。
 沖田の横の原田は呆れた顔で土方に文句を言った。

「土方さん……あんた、事情わかってんなら仲裁に入ってやればいいじゃないか」
「聞けば聞くほど総司が悪い。 それに普段の五条なら、とっくに刀抜いてるぜ、ああ見えて気が短いからな。 そういう奴がガキに武器は向けられないって徹底してるからには」

 この体ばかりでかくなって刃物を振り回すガキに問題がある、と断言する。
 さらに土方は、それになあ、と息をついた。

「壬生寺に来るガキども、屯所まで詫び入れに来てたぜ。 俺がたまたま、門の前にいた時に来てな、悲壮な顔して面会希望してきた」

 自分で言うのも何だが、ガキどもにとってみりゃ、話し掛けづらいだろう俺に腹決めて取次ぎ頼むって申し出てきたんだから、相当の覚悟してきたんだろうと、土方は唇に薄い笑みを浮かべながら続けた。

「手あぶり猫が五条のだって知ってたし、手荒に扱って壊して悪かったって頭下げて、自分たちの宝物差出すから勘弁してくれって」
「おいおい……まさか の奴、それで許してやらなかったなんて言うんじゃねえだろうな?」
「あいつがそんな事するわけねえだろ。 何も取り上げずに、ちゃんと言い諭して帰したよ」

 子供たちは誠意を込めて謝ったし、他人の大事なものを壊してしまったのだから、自分たちの宝物を取り上げられても壊されてもいいからと、彼等自身で決めて、覚悟して持ってきたのだろう。
 その情を汲めない ではない。
 子供たちの話を聞いて、それまで黙っていた近藤は低い声で『総司』と呼び掛けた。

「ここに座りなさい」
「え……」
「座りなさい!」

 決して大声ではないが、逆らえない厳しく強い口調で言われて、沖田は近藤の前に正座で座った。
 土方の顔をチラリと見た原田は、沖田が運ぶ分の膳も自分の持つ分の上に重ねて、運び出す。
 悪いな、と視線で礼をしてくる土方に、原田も気にするなの意味を込めて微笑みながら軽く頷いた。










 返す返すも腹が立つ。
 近藤や土方の前で、横っ面をひっぱたかざるを得ない発言をしてくれた事もだが、九つの時から大事に育ててきた愛弟子の情けない態度を目の当たりにしてしまった近藤のいたたまれなさを思うと、殴った方の手が痛い。
 近藤も流石に黙っていられなくなったようだが、沖田は今頃どういう説教をされている事やら。
 これでなお、『近藤さんに言われたから』などという理由で来たら、もう一生『男』として見てやるものか、と は痺れの残る手を握りしめる。
 勝手場での片づけを終えて部屋に戻った は、肩にかけた襷を解きながら、もう十日ほど前になるこの部屋での沖田とのやり取りを思いだしていた。
 無惨に粉々のお気に入りの手あぶり猫、それを前にして固まっていた所へやってきたのは沖田。
 あっけらかんとした声音まで耳に残っている。

「あ、戻ってたんだ、お帰り。 あーー……見ちゃったんだね、それ」

 先にこっちに来ておいて、説明しようと思ってたのになぁと言う沖田の手には、勝手場にある火留め壷。
 いちいち火打ち石で火を熾すのは大変なので、灰の中に火のついた炭を完全に消えないように加減して埋めておいて、いつでも火が使えるように保つためのものだ。

「沖田さん……これ、どういうことですか」
「あ? うん、ちょっと壊れちゃって。 悪いと思ったから何か代理になるもの無いかなって探したんだけれど、今こんなものしかなくてさ」

 火鉢がひとつくらい予備があるかと思ったのだが、ここの所の冷え込みで平隊士たちが過ごす広間にも火鉢の数を増やしたので、これくらいしかなかった、と沖田は壷を畳の上へ置く。

「布団の中に入れるのは危ないけどさ、手をあっためるくらいならこれで何とか……」
「そうじゃなくて! どういう理由で壊れたんです! まさか女の子たちがやった訳じゃないでしょう?」
「うん、それはない」

 貸したものを壊されたからには理由を聞く権利があるはずだと言う に、沖田も頷く。
 女の子たちは、いたって行儀良く使っていたと請け負い、彼女たちを責める事がないように先手も打っておく。
  のほうも、見損なうなと肩を落とした。

「手があかぎれてて可哀想だから、ちょっとでもあたためられるようにって持ってったんでしょうが。 あの手の痛さかゆさ、私にだって身に覚えがあるんだ、誰が悪くなんていうものか」
「そう、よかった。 それでね……」

 男の子たちも興味を示して、貸せ貸さないで取り合いになった事を説明する。
 その時に、投げ付けられて受け止め損ね、落ちた先が運悪く石畳の参道の上。

「男の子ってさ、乱暴で加減がきかなくて、すぐヘソまげちゃうから。 君にだって覚えがあるでしょ、なんでこんな事で腹たてるんだって」
「……」
「でもまあ……いちおう、借りていったからには責任僕にあるみたいだし? けど僕のせいだけじゃないからね、投げ付けた方だって悪いでしょ?」
「……」
「その子には拳骨してきたから。 でもまあ、ほら。加減とか、何が乱暴になるかそうでないかがよく分からないし、女の子が楽しそうにしてたら割り込みたいものだし。 許してあげてよ」
「……」
「あれ? もしかして、思ったより怒ってる?」

 畳みの上に座ったままの が口をつぐんで表情を固めているのに気付いて、それまで一方的に喋っていた沖田は体を屈めて下から覗き込むように の顔を見た。

「何だ、泣きそうになるほどお気に入りだったの? ごめんごめん。 何だったら、僕が毎晩通って手足摩ってあっためてあげようか?」

 この時、沖田的には最大限の譲歩と優しさを見せたつもりだったし、 のお気に入りを壊してしまったのは悪かったと思っていた。
 だが、 のほうは沖田の言い分を聞いていて、何とか保っていた堪忍袋の尾がブチンと切れてしまった所だった。



 ---男の子ってさ---


 ---乱暴で加減がきかなくても、仕方ないんだよ---

 ---女の子とは、怒りたくなる部分が違うんだし---

 ---君だって弟いるんだから、そういう部分、分かるでしょ?---

 ---女の子が楽しそうにしてたら、気をひくにはいじめたり乱暴したりするのが一番簡単だしね。 そういう部分、僕は分かるんだよね---

 ---男の子が乱暴したり誰かをいじめたりするのって、自然なことなんだよ? それにすぐに『ごめんね』なんて言ったら、あいつ弱い奴なんだって他の子にも女の子にも馬鹿にされちゃう---

 ---だから、ね。 大目に見てあげてよ。 僕だって、こんなに君に譲歩してあげてるんだし---



 ---僕の事も含めて。 君から折れてくれれば丸くおさまるんだよ、男の子の矜持はそのままでね---



 ペラペラと喋る事を聞けば聞くほど、裏の心が透けて見えて………そっちが折れてくれれば僕も謝って『あげるよ』という上からな態度が腹立たしい。

「沖田さん」
「ん? 僕だけが悪い訳じゃないこと、わかってくれた?」
「そんな言い種で、私が黙って泣き寝入りすると思いますか……?」
「何、僕がこんなに説明して子供たちの分も謝ってあげてるのに、駄目なわけ?」

 仕方ないなぁ、と沖田は考えこみつつ腕を組む。
 どう説明したら分かってもらえるか。
 そんな沖田の内心などお見通しの は、膝の上で握りしめていた拳を解く。
 プチンと切れながらも、もともと子供たちを気づかってやったこと、それに一応上司(?)で新選組の幹部、と、堪忍袋の緒を結びなおそうとしていた だったが、ここでとうとうその作業さえ放棄した。

 こんな相手には、刀はもとより、拳骨すら必要ない!

 すっくと立ち上がり、斜上から目にも止まらぬ勢いで、沖田の横ッ面を平手で張り飛ばす。
 沖田が思わずよろけるほどの勢いで、パーンと景気よい音が響いた。

「駄目……? ええ、そんな説明でこちらがほだされると思っているなら、駄目なのはそちらの心根だ!」
「人がせっかく謝ってあげてるのに、喧嘩売ったね?」

 先に手を上げたのは君だからねと、沖田も立ち上がり刀の柄に手をかけた。
 沖田が刃物に物を言わせようとしても、 は顔を怒りに歪めながらも刀に手もかけない。そのことに余計にむかついた沖田は、ことさらわざとらしく鯉口を切る。

「なあに、そんなに馬鹿にしてるわけ? ほんとに斬っちゃうよ」
「はん。 今の沖田さんに、刀抜く必要なんか感じませんよ。 たとえ殺されてもね」
「いい度胸してるじゃない。 そういう腹の据わった所はすごく好きなんだけどなあ……」

 残念だよ、と沖田が刀を半分引き抜いた所で、 の踏み込みからのもう一撃が降り下ろされる。 ひょい、とそれをかわした沖田は、動きやすい廊下に出ると刀を完全に抜き放つ。
 だが、二人とも声が存外に大きくなっていたようだ。騒ぎが他の部屋まで聞こえてしまったらしい。

「何してやがる! 総司、てめぇ何で刀を……」

 かけつけてきた土方に見られ、沖田はチッと舌打ちをする。 一方の は、刀すら抜いていない。
 理由を説明しようにも、これでは明らかに自分が不利になる。

「二人ともそこに並んで、この状況になった理由話せ! 私闘かそうでないかは俺が判断する」
「……もう。 『 ちゃんのせいで』踏んだり蹴ったりだよ!」

 土方の前で、渋々刀をおさめた沖田は、さきほど にしてみせた説明を一通り土方に聞かせる。
 結果は、喧嘩両成敗ですらなく、沖田が土方から一方的に拳骨を頂戴し、『てめえは説教だ!』と怒鳴られた挙げ句、耳を引っ張られ局長室に引きずられていった。
 去りざま、土方が の肩をポンと叩く。

「おい、五条。 手ぇ、傷めてねぇだろな? ちゃんと揉んでおけよ。 これは近藤さんに引き渡すからあんまり気にすんな」
「あ、は、はい……」

 沖田をひっぱたいた手が痺れていたので押さえていたのだが、土方にそう気づかわれてしまった。
 結局、沖田の行いは土方の口から近藤にチクられ、さらに近藤からたしなめられたようなのだが、何としても自分から折れるのは嫌らしかった。
 廊下ですれ違う時に文句を言ったり、皆の居る前でことさら挑発じみた言葉をかけてきたり、『男を立てない』 がどれだけ悪いか嫌味っぽく呟いたりするのだが、完全に無視。
 そんな事をしていれば、近い場所で生活している幹部たちにも大体の事情は飲み込めてくるから、微妙な空気が漂う事となった。






 さて、この後どう出てくるか。
 猫を壊された事など、とっくに許している。
 許せない事は別の事だと、気付いてくれるだろうか。
 説教の行方が気になるが、あいにくこの後は仕事で、他の隊の欠員補充で巡察の人員に組みこまれる事になっている。
 柱に打ち付けた釘にひっかけてある浅葱羽織を手に取り、刀帯の締りを確かめ、両刀を差して部屋を出た。

「男は頭を下げたら……謝ったら負け……か。 私みたいなの相手に、そんなに優位に立ってなきゃ安心できないのかね、あの人は」

 本当に子供が、気になる相手ほど虐めたり、優位に立って支配したがる様子そのまんまだ。
 だがそんな幼い心理を真にうけて相手にしてやる理由はどこにもない。

「頼みますから、この先『男』として見られなくなるような事、言ってこないで下さいよ」

 かなり本気の祈りを込めて呟いて、 は巡察隊の集合場所へと足早に向かっていった。




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