羅刹女 ---8---


「こんにちわあ」
「ほい、こんにちわ。 壬生村の子かな?」

 門前に十才前後の男の子が二人連れでやってきた。 その日の門番の隊士のひとりがひょいと子供の目線にしゃがんで気安く対応してやった。

「あのな、ここに五条はんていうひと、おる?」
「ん? ああ、いるとも。 用事があるなら呼んでやろうか?」

 子供がうなずいたので、見張りをもう一人の者に頼むとその隊士は奥に を呼びに行った。
 副長室で仕事の手伝いをしていた は、壬生村の子供たちが呼んでいると伝えられて何ごとかと思わず首をひねった。

「ああ、壬生村の子供がきているのか、ちょうどいい。 五条、お前行ってそいつらに『壬生寺に沖田がいたら戻るように』頼んどいてくれ。 ったくあの野郎、手紙や書類とみるや逃げ回りやがって」

 先日から、お前ここの所郷里に無事や状況を知らせるような手紙を全然送ってないだろうから、一通なりとも送るように言ってはいるのだが、あれでけっこう筆無精な沖田はそれを先延ばしにしているという。

「今日という今日は、机に縛り付けてでも書かせてやる。 というわけで五条、行ってこい」
「はい」

 苦笑しそうになるのを何とか堪えて、文箱に墨の乾いた書類を重ねると、 は門番の隊士につれられて門前へと出ていった。

「どうしたんだい?」

 顔を見ると、壬生寺の境内で何度か遊んだ事のある子供たちだった。

「五条はん? これ、そこまで来ていたおさむらいさんから預ったん」
「お侍? そうか、ありがとう」

 これに、門番たちが首をかしげた。 入隊希望や知り合いに会うためなら堂々とくればいいのに、わざわざ子供に手紙を渡して言付けるなど……妙に怪しい。

「坊たち、そのお侍さんというのは他に何か言ってなかったか?」
「ううん、渡せば分かるとしか言うてなかった」

 どういう事なんだろうという門番たちの視線を受けて、 は手紙の裏の差出人の名前を見た。そして、プッと吹き出してしまった。

「『若菜より……』? ああ……心配いらない、女からだ」

 侍に言づてを頼むとは豪気な女だ、そりゃあ確かに女からの手紙の使いッパシリにされたんじゃ正面から顔は出しづらいだろうよと が笑うと、門番たちもそういうことか、不安にさせるなと笑いあった。

「坊たち、ありがとうな。 これでお菓子でも買いな。 あと、壬生寺に沖田さんがいたら、『鬼が角を出してたから早く戻れ』って伝えてくれるかい?」
「沖田はん……? ああ、いてはるよ。 じゃあ、行ってくる」
「悪いな、頼むよ」

 言づての面倒と、届けてくれたお駄賃だと、 は飴玉がひと袋買える程度の小銭を二人に渡してやった。
 門前でそんなやり取りがあり、 が奥に引っ込んだ少し後、永倉が巡察から帰ってきた。

「おぅお疲れさん。 今日も屯所は平和だったかい」

 門番の隊士は、永倉に一礼したあと、実はあのやさ男の五条に女から手紙が来ましてね……そしてその女が侍に手紙を持たせるような豪気な奴でと、ちょっとした笑い話として話してやった。
 永倉はほうほう、そりゃあなかなかと笑いながら聞いていたが、 の事情を知っている身としては笑ってばかりもいられなかった。
 『女』が『女』から手紙をもらってどうするのだろう。
 ここで言う所の『女』とは、つまりは島原あたりの綺麗どころ、『妓』の意味なのだが…… は外見がアレだ。 島原で宴会を張った時にたまたま顔を合せた妓が一目惚れしてしまって、想いつのるあまりに文を出してしまったのかもしれない。
 けれどそういう者なら、店の小者あたりに手紙を持たせるだろう。
 となると町方の女が、『壬生狼の屯所なんて近付くのも恐いから』と、知り合いの強そうな侍に頼み込んで届けてもらったのかもしれない。

「いやあ、面白い話をありがとさん。 暫く盛り上がれそうだ」

 そんじゃメシ食ってくるぜ! と先に行かせておいた二番隊の隊士たちを追って、永倉は屯所へ入っていった。
 が、食事どころではなく、幹部たちのいる部屋のほうへと向う。
 縁側で がもらったと思しき手紙を広げて読んでいるのを見ると、にんまり笑って声をかけた。

「よう ちゃん! 何でもきれいな女から手紙もらったって? こいつぁ角におけないねぇ」
「なっ……」

 思わず手紙を地面に落としてしまった所を、永倉は裸足のまま素早く地面に降りてひょいっと取ってしまった。

「なになに、差出人は『若菜』ちゃんか。 なかなか可愛い名前だねぇ」

 さて、どこの店の子かなーと、文面に目を走らせようとした所で、 の突っ込みが入った。

「れっきとした男からですけど、それ」
「は? 野郎だって?」

 永倉の手から手紙を取りかえし、折り畳んで懐にしまい込む。

「……若菜、は『白縫譚(しらぬいものがたり)』に出てくる姫君の名前ですけれど、『白縫』、の文字を変えると『不知火』になります。 ……つまり、蛤御門で顔をあわせたあの男からなんですよ」
「って、お前ががっくり落ち込む羽目になったあの長州兵からかよ! そんなものが土方さんや近藤さんに見られたらやべぇぞ!」

 内通の疑いでもかけられて、噂がのぼるようなことになれば身の破滅だろう、すぐ燃やせと永倉は の懐に手を突っ込もうとしたが、 は慌てず騒がず永倉の手をペシッと払うと、二人とも承知だと言い添えた。
 話しが通ってるなら良いが、お前良く無事だったなと永倉が妙なものでも見るような顔で言うのを、 も我ながらそう思うとうんうんとうなずいた。

「というか、今の名前の事を説明して……土方さんに開けて中身を確認してもらったんだ。 内通だの脱走教唆のような事が書かれていたら、構う事はないからこの場でたたっ斬ってくれて構わない、判断は任せるって言って」
「お前……度胸良すぎるぞ」

 というか土方さんの性格読んでるよなと、永倉は心持ち青ざめた顔を副長室に向けた。
 覚悟を決めて潔く出られてしまうと、土方は鬼のように見えてもほだされる事も多い。逆に、卑怯者や往生際が悪いのには汚物でも見るような目を向ける。
 含むものも申し開きも何もない、そんな覚悟の上の態度でパシッと開き直られてしまうと、そりゃあ強くは出られないだろう。

「……で、首が繋がったのは良いとしてだ。 弟クンの事が書かれていたのか?」
「ええ、その通りです。 端的なものでしたよ」

 手紙の内容は、渡された簪を見せた所、間違いなく亡くなった母の所持品であり、父親が母の所持品を始末してしまおうとした中から自分がこっそり抜き取って、ずっと持っていたものを、姉が十五の歳に自分が手渡したものだと、しっかりと説明出来たという。

 姉がどういう経緯かは知らないが新選組に身を置いている事までは説明したが、その後の判断は弟の考えに任せる、とにかく自分は伝える事を伝え、確認はしたぞという事だった。
 門の所で『女からだ』と言ったのは、事情が事情だけに他の隊士には気を使わせたくなかったのと、島原あたりからの文はよくあることだから不審に思われづらいと思ったからだ。

「……凶悪そうな性格と外見に似合わず、マメな奴め」

 懐をポンポンと叩きながら遠くの空を眺める は、同じ空の下の何処かで不知火が今まさにクシャミをした事を知るよしもなく、遠く離れた弟に思いを馳せていた。














◇◇◇◇◇











 それから暫く、新選組は隊士募集のために局長の近藤と幹部数人が江戸へと下った。
 新選組の実力もようよう認められ、上からの戦力増強せよとの要請に答えての、今回の東下に先立ち、藤堂がひとあし先に江戸へと向かっていた。
 その藤堂から手紙が届きそれを見た土方がまるで戦に行く前のような顔をしていたのが気にかかったが、 は小姓として、また隊士として忙しい日々を送っていた。
 やがて近藤が江戸から新隊士たちをともない帰京し、新選組は大きな転機を迎える事となった。
 この時入隊した中でも、伊東甲子太郎というのが癖がありながらもなかなかの人物で、論が立ち、頭が切れる上に江戸では道場主をつとめていたということで人当たりも人望も厚く、特別の遇をもって新選組に迎え入れられた。
  も彼の一党を紹介された時に顔を見たが、これが色白の美丈夫で、切れ長で涼しい目許などいかにも女受けしそうな上、東男にありがちな無骨な所作がなくあか抜けている。
 いかにも花街の女たちが放っておかない男ぶりなのだが、これがまた話し方が上手い。人を引き込む話術というのを心得ていて、一度隊士たちの前で尊王というのがどういうものなのかを論じてみたが、そのわかりやすくも引き込まれる話ぶりに、感動して涙すら浮かべた者までいたくらいだ。

  自身は、政治論など気にならないからどうでも良いのだが、巧みな話術で次々と隊士たちの心を掴むその様子を、土方が苦々しい目で見ていたのが気になった。
 そして、伊東の存在は主だった幹部たちに受けがよろしくない。
 伊東が剣にも論にも秀でた人物だという評判を受けて、同じ剣の流派繋がりで話を通し、近藤と彼が話ができるように場を整えたのが藤堂だが、その藤堂まで新選組に来てからの伊東の振るまいには少し閉口させられているようだった。
 隊に派閥ができれば組織は一枚岩とは言えなくなる。その弊害を知っている幹部たちは難しい顔をしている。
 同じ人望でも、井上のような純粋に人柄を慕ってのものとは違う。
 源さんのような形で人の心をまとめてくれるんなら大歓迎なんだがと土方はぼやいたが、井上自身は意識してそうしている訳ではない。
 井上の人柄を慕う者が自然に集まり、結果として結束を生んでいるのであって、誰にでもできる事ではない。わかっているだけにもどかしい。
 そしてその井上といえば、伊東甲子太郎の人柄をこう評した。

「うん、うん。 良くも悪くも癖の強い人だとは思うよ。 けれど悪いだけの人があれだけ人の心を集めるとは、私には思えないね」

 この評に、幹部たちは揃って『源さん人が良すぎ!』と言ったものだ。
 井上以外の幹部の評ときたら、そりゃあ酷いものだったが、実は も概ね彼等に賛成だったりする。
 ある日、 が部屋で刀の手入れをしていると伊東が部屋へやってきた。

「あなたが五条君? ちょっとお邪魔しても良いかしら」
「伊東参謀? はい、どうぞ」

 廊下から入室許可を求めてきた伊東に座ぶとんを差し出して、 は刀を片付けた。

「何かご用でしょうか?」
「ええ、土方君から、生活に必要な細々したものの手配はあなたに頼めばいいって聞いたから。 ほら、江戸からだと荷物になるものは持ってこれないでしょう?」
「はい」
「それで、揃えてほしいものがいくつかあるのよ。 私のものだけじゃなくて、一緒に来た同志たちの分もね」
「わかりました、早急に手配しましょう。 それで、どういうものがご入り用なのです?」
「ええとね、まず……」

 伊東が求めたのは、文具にはじまり、生活に必要な家具や物入れの類い、着物の手配から身だしなみ用品まで幅広く及んだ。

「こんなものかしらね。 ああ、京の冬は江戸暮らしに慣れてると随分きついから、足袋や綿入れは早急に用意してもらえると助かるわ」
「そうですね、私もこちらの冬には大分参りました。 ……火鉢と炭がありませんが、よろしいので?」
「あらやだ、忘れてたわ。 そうね、私達の部屋数分用意してちょうだい。 ふふっ、あなたってばなかなか気がきくじゃない」

 伊東の褒め言葉に如才ない笑顔を向けて、 は会計方に予算を聞いて、なるべく早くそろえるようにすると請け負った。

「じゃ、お願いね。 そうそう、さっきから思ってたんだけれど、あなたけっこう綺麗な顔だちしてるわよねぇ」
「……は?」

 私がですか? と は思わず自分の顔を指さした。

「そうよ。 こんな不精な格好なんてしてないで、ちゃんと髪を小姓風に結って、振り袖を着たらそれはそれは映えるんじゃないかしら?」

 武家の小姓は、ゆったりと豊かな形の髷を結い、男でも振り袖を着る。場合によっては紅を引くなどの化粧もする。 伊東はそのことを言っているのだが、 は御冗談をと笑ってごまかした。

「いーえ、そんなのもったいなくてよ。そのうち私が綺麗に仕立ててあげるわ。 新選組ももう浪人集団ではないのですもの、幹部に付き従う小姓も品性と優雅さを兼ね備えてもらわなくては!」

 あなたなら、会津公の御前に出しても恥ずかしく無い美少年っぷりに仕上ってよ、と伊東は太鼓判を押して来た。
 そんなことを言い切られても嬉しくも何ともないのだが、伊東はどうやらそのうち本気でやる気らしい。

「じゃっ、細々したものの事、お願いね」

 振り袖くらいは私が用意するから心配しなくていいわよと、足取りも軽く部屋を出てゆく伊東を見送る格好になった は、暫くその勢いに押されてポカンとしていたが、やがてがっくりと肩を落とした。

 ……何というか、万事あの調子なのだ。
 ついていけないというか、考えの調子があわないというか、反論の隙がないというか。
 勘定方へ行くのは後にして、刃の輝きでも眺めて心を落ち着かせようとしたとき、隣の部屋の襖が開き、沖田がひょっこりと顔を出した。

「災難だったね、 ちゃん」
「あ〜〜……ええ……なんか、力抜けました」
「ほんとボヤッとしちゃってさ。 あんなに無防備だと僕だったらその間に十遍斬り付けられるよ?」

 ケラケラと笑う沖田の嫌味にも返す気力がない。 伊東にいろいろ吸い取られたような気がする。

「あ〜〜、沖田さんも何か小物頼むんだったらついでに行きますけど」
「ああ、違う違う。 騒がしかったからちょっと覗いただけだよ。」

 いつもの だったらさらりと受け流してくるか、嫌味返しのひとつもするところだったので、大分参ってると察した沖田は自分のほうから降参した。

「というわけで、憂さ晴らしのお誘い。 壬生村の人たちから、あっま〜〜い干し柿もらったんだけど食べない? 僕の部屋にあるよ」
「……」
「その帳面は勘定方に回して、大体どのくらいお金かかるか出しておいてくださーい、って頼んでおいてあとで受け取りにいけばいいじゃない」
「そう……ですね。 お邪魔しても良いですか?」
「喜んで」

 沖田の勧めに従って、勘定方に帳面を回すと は沖田の部屋にお邪魔した。

「ねえ、 ちゃんの耳にも入ってるでしょ? 屯所移転の話」
「ええ、ここも随分手狭になったからってあちこち探してるって聞きました。 けど京の町に新選組を受け入れてくれそうな所なんて、あるのかって思いましたよ」

 ほら、蛤御門の後の町方の反応……と、 は話を繋いだ。
 長州藩邸から火が出て町が焼けたっていうのに、未だに長州人に同情的だし、いつの間にか藩邸に火をつけたのは幕府方が逃げる長州勢に追い討ちをかけるためにやったことなのだという、嘘なのか本当なのかわからない話が聞こえてきた。
 さらには、あの大火の時に政治犯を多数収監していた六角獄舎……先に捕らえた古高もここに移されていたが、これが火事のどさくさにまぎれて逃げ出してしまう事を恐れて、沙汰も決まらないまま『仕方のないこと』として処刑してしまったという。これもまた、町方に不評を呼ぶ原因となっていた。
 幕府の定法では、火事が起こって牢にも火が回る怖れのあるときは、囚人を解放する事になっている。
 ただし無罪放免ではなく、3日の内に戻らなければ手配されたあと問答無用で死刑が確定する。だが大人しく戻れば、たとえ死罪、島流しが確実な罪人であっても罪一等を減じるという措置が取られる。
 今回六角獄舎にいた囚人は政治犯が多く、彼等を逃がした所でこれ幸いと戻るあてはなし、だったら始末してしまえというのが役人の判断だったらしい。

「ああ、あれね。 僕も聞いてる。 誰だって逃げ場のないまま丸焼けなんて嫌だから、慈悲をかけて解放してくれれば、その恩情に感激して大人しく刑に服くするべく戻ってくるだろうって事なんだろうけどさ。 戻った所で打ち首が切腹になるような人なら、逃げちゃうよね」

 ある意味その判断間違ってないけどさ、と沖田は言うが、やり方がまずかったんだよねと続けた。

「いつ火がくるかわからない、じゃあ切腹場を整えて悠長に腹を切らせている時間はないから並べて首を刎ねてしまえならまだいいんだよ。 これが、牢の格子ごしに槍で突き刺して殺したってんだからいかにもまずいよね」

 まずいといいながら、ニッと笑ってみせる沖田。その意見には も全面的に賛成で、まずいも何も最悪だと思う。

 刑罰は身分によりはっきりと分かれている。
 武士、町方に限らず死刑がもっとも重い刑であるには間違いないが、武士の死刑の場合、切腹と斬罪があり、斬罪ほうが罪が重い。
 それでも様式を整え、粛々と行われるべき武士の死に様さえも許さず、ねぐらに追い込んだ獣を為留めるように槍で何度も突き刺して殺したとあっては、理由はどうあれその非は免れまい。
 たとえ町人であってもそのような殺され方をすれば身内も世間の口も黙ってはいるまい。

 そしてなお悪いことに、結局六角獄舎には火は来なかった。

 そういう状況がどこからか町方の口に流れ、たちまち大火で打ちのめされた人たちの間に噂として広まった。

「御所に弓引くような不届きものを成敗したってのに、幕府の評判はガタ落ち、長州には同情的。 ……天子様が今回の事をどう思ってるかはわからないけれど……」
「それなら、相当腹を立てているんじゃなかって思うよ。  ちゃんならどうかな、言うこときかないから自分たちの家へ連れ帰って軟禁して、自分たちがもし失敗したら攫って来たお人形を形代にして『これがぜーんぶ悪いんですよ』ってやられるとなったら」
「二度と面を見せるな、ですかね」
「でしょ? だから今、長州やそれに組した面々は『朝敵』ということになっているわけだしね」

 朝敵、というのを分かりやすくいうならば、この国の至上の存在である『天皇』の名の元に、叩き潰しても良い相手、ということになる。
 朝敵と呼ばれることは、この国において居場所のないことの印であり、あらゆるものを敵に回し、死んでも路傍の石のように忘れられるか歴史の中に大悪人として名を残す事になる、そういう存在に成り下がる、と言う事であった。

「仮にも尊王を掲げておいて、度が過ぎて『朝敵』とあっちゃやりきれませんね、さすがに」

  は手にしていた干し柿を皿がわりの懐紙の上に置くと、前の冬に怪我をした腕を摩る仕種をした。その仕種を見た沖田が少し眉をひそめる。

「腕、痛むの?」
「ん? ああ、これ……ええ、夏場は平気だったんですけど、寒い日は時々」

 ちょっと肌の下が引き攣るような感覚と軽い疼きが出るが剣を振る事に影響はないと言ったが、沖田はひそめた眉のあいだの縦皺を深くする。

「どうして黙ってるの」

 とがめるような口調でありながら、弱くつけていた火鉢の灰の中から炭をかきだし、ふぅっと息をかけ火の勢いを強くした。

「ほら、行儀悪いとか言わないでここに腕のせてあっためて。 本当なら湯につかるのがいいんだろうけど。 あっためたらちゃんと揉み解すんだよ」

  は素直に言われた通りに体勢を崩して寄せられた火鉢の縁に肘を乗せる格好になった。

「……山南さんの腕の事もあるのに、この程度で大袈裟に騒いでいられないでしょう」
「それとこれとは別!」

 沖田はぴしゃりと言って、火鉢の縁にかけた の腕をペシリと叩いた。

「治せるものをきちんと治して手入れをするのと、もう使い物にならないものを比べるのはおかしいよ。 この腕はまだまだ使えるんだから。 刀だって同じでしょ?」
「はぁ……」
「……それにね、あんまり気使わなすぎると、千鶴ちゃんに言い付けるよ」
「それは勘弁」

 今後きちんと日頃の処置はします放置しませんと、 は即座に誓った。 何といってもあの千鶴の目には、弱い。
 あんな目をさせてしまっては、千鶴を何かと可愛がってる面々にも恨まれる事必至だ。

 山南の話が出た事で、沖田はちょっと考えるような表情になり着物の上から温めた腕をさする に問いかけた。

「ねぇ、 ちゃん。 もしその腕が動かなくなったとしててさ……もし、もしもだよ? その動かない腕を治せる、もしくは動かせるようにできるっていう薬や方法があるとしたらどうする? 手を出すかな?」

  は質問の意図をはかりかねて少し驚いた顔をしていたが、そのもしもを考えて慎重に言葉を出した。

「……そうですね、剣の道の他に、生きたい道がないならきっとそうします。 望みがあるなら賭けずにはいられない」
「君は一応、女の子なんだから、誰かの所にお嫁に行って平穏に暮らすって手もあるのに?」
「それでも、ですよ」

 それがどんなに分の悪い賭であっても私ならきっと一縷の望みをかけてしまうだろうと は言った。
 何せ自分はこんな男女だから、今さら世間で言う所の『真っ当な女』に戻って女の役割をこなせるとは思わない。 それなら、命を使い果たす事になっても剣に生きて死ぬ、そういう道を進む事に賭けるだろうと。

「……弟の一件でも思いましたけれど、人はきっとそれぞれに生きたい道があるんでしょう。 その道を理不尽に閉ざされたら、誰だって戸惑って、自棄にしか見えないような行動を取る事だってあるかもしれないでしょう?」
「……かも、しれないね」

 生きたい道と言われてしまうと沖田も何も言い返せなくなる。まさしく自分の生きたい道は、近藤の力となって彼をどこまでも押し上げる……そんな生き方だからだ。
 それにしても、何故そんな事を聞くのかと に逆に聞き返されたが、沖田はちょっと気になることがあってと曖昧に答えを濁しておいた。
 実は話にのぼった山南の事で近頃気になることがあるのだが、 の意見を聞いたことでここ姑くは警戒を強めたほうが良いかもしれないと考える。

 だが、そんな考えを嘲笑うかのように、取り返しのつかない事件が起ころうとしていた。




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