◇◇◇◇◇
三日間の謹慎が明けたあとすぐに、
は通常の隊務に戻った。
憔悴している様子も見えず、局長・副長が会津本陣に出かけるとなればキビキビと供回りの仕事をこなし、傷病者が多い中、巡察に出る隊の補填要員として入ってくれと求められれば昼夜を問わず巡察に出る。
休む間もなく働く様子を気づかい、幹部たちの数人が甘味所にでも行かないかと声をかけたがそれも断り、脇目も振らずに働いていた。
土方などは、好きにさせときゃあいいと言っていたが、心配性の千鶴などはその様子を見てオロオロと心配しているし、基本人の良い原田や永倉も、そろそろ強制的になんとかするべきかとコソコソ相談するようになっていた。
その日、非番の重なった原田、永倉、沖田の三人は千鶴を交えて『何とかして
を休ませよう』と知恵を絞りあっていた。
人目につきにくい千鶴の部屋だったが、四人も入るとさすがに狭苦しい。
そこで幹部が頭をつきあわせて話をするのはある意味滑稽だったが、集まった面々は至って真面目だった。
「弟さんの手がかりが見つかった事は良い事なんですよね……なのに、こんな事になっていたなんて」
千鶴がわが事のように肩を落とす。
「君のお父さんだって、まだ手がかりすら見つからないじゃないか。 君ってばお人好しっていうか、悠長だよね」
嫌味ともいえる沖田の発言に、永倉が無言で沖田の脇腹に肘鉄を入れた。
「いいんです。 それぞれ事情だってあるんですし」
「千鶴……お前ほんと、いい奴だよなぁ」
しみじみ呟く永倉の横で、原田もうんうんと頷く。
「とにかく、今は影も見つからない私の父よりも、
さんです。 平気そうにしてますけれど、やっぱり……辛いんだと思います」
「たしかにな。 あのままじゃそのうちぶっ倒れるか気鬱にかかるぜ」
どうしたもんかと原田は視線を落とした。
男だったら、パーっと発散させてしまえと遊廓につれていって太夫でも奢ってやるところだが、相手は外見はともかく、女だ。その手は使えない。
「酒は……駄目だろうしな。 徹底的に自制してやがるから、愚痴を聞いてやりながら酔い潰す、ってのもなぁ」
「そういえば、あの人……飲み会があったときも絶対に乱れたりしませんよね。 さほど飲んでいる様子もないし」
「だろう? まだこっちを警戒してるのかもしれないし、酒に弱いのかもしれないから俺たち以外の連中がいる場所で間違いがないようにしているのかもしれないけどな」
永倉と沖田がそう言いあうが、結局の所酒にさそっても甘味の時と同じように断られるのがオチだろう。よってこの手も使えない。
「たまには女の格好でもさせて、芝居見物にってのはどうだ? 気晴らしくらいにゃなるだろう」
「原田さん、それもきっとだめです。 男の格好が長いと、女の着物や帯なんて苦しくてたまらないって言ってましたから。 身体までしめつけちゃうととても気晴らしにはならないと思います」
千鶴の言わんとしていることももっともだ。原田はダメか、と肩を落とした。
「そう言うなら、千鶴ちゃんにはなにか良い案があるの?」
少し意地悪も含めて、沖田がそう千鶴に水を向けると、千鶴は口元に手をあて、考える表情になりながら慎重に口を開いた。
「……もしかして
さんがあんなに無茶して働いているのって、身体を動かしていればいろいろ考えなくてすむからじゃないかなって思ったんです」
自分も、父との連絡がとれなくなって暫く、不安な心を誤魔化すためにがむしゃらに家事をしたり、小太刀の稽古をしたり……普段あまりしないような庭の草むしりまで徹底的にやったり、それでも時間があいてしまえば父の蔵書を片っ端から読みふけったりしたものだと千鶴は言った。
「身体なり頭なり、くたくたに疲れて夢も見ないくらいに眠ってしまえば、心の澱も少しは軽くなるんじゃないかと思います。 少なくとも、私はそうでした」
嫌な考えばかりがつのり、どうしたら良いかも分からなくなりそうな中……そうして心の澱を払い少しずつ自分がどうしたいのかを確かめる事で、わき上がる不安を自分の中で消化して、『京都まで父を探しに行く』という結論を立てた。
「他の事を考えられないくらいに疲れちゃいたいからあんなに働いてるんだと思います。 けど
さん、下手な男の人より頑丈そうでなかなかそうもいかないんじゃないでしょうか」
「あっはははは、うまいこと言うねえ千鶴ちゃん。 けどそれ、いい案じゃないかな」
沖田は膝を叩いて、一本取られたというふうに邪気のない笑顔を千鶴に向けた。
「そういう事ならそれこそ僕らが適任じゃないか。 とにかく、指一本持ち上げるのも億劫なくらいにクタクタに疲れさせちゃえばいいなら、手っ取り早い方法があるよ」
そう言って沖田は、ヤッと剣を振る真似をした。
千鶴もその意味に気付いて、胸の前でぽんと手を叩く。
原田も永倉も、荒っぽいけど確かに効果的だと、うんうんと頷いた。
「よーし、千鶴ちゃんの案いこう。 ついでだから、何人目まで持ちこたえるか賭けるか?」
「その前に、仕掛ける順番決めなきゃだろう」
「そうだね、じゃあじゃんけんで決めようよ」
話が決まったはいいが、人の難儀にかこつけて賭事はだめです! と千鶴が小さな肩をいからせると、男3人は大柄な身体を竦め悪戯小僧のように次々と部屋から逃げ出した。
庭から聞こえてきた威勢の良い気合の声に、部屋で書類と格闘していた土方は危うく筆を滑らせそうになった。
どうせ幹部の誰かが剣でも振っているのだろうが、何もこちらが頭を使っているというのにそれを台無しにするような場所でやらずとも。
一喝するべく立ち上がった土方は、スパァンと片手で勢いよく障子を開けて大声で雷を落とそうとした。
が、それは寸前で止まる。
庭の土を蹴立てて沖田と
が木刀で打ち合う激しい立ち会いを行い、その様子を永倉と原田が縁側で野次をとばしつつ観戦し、さらにその横ではちんまりと正座した千鶴までいる。
「なんだなんだ、今の声は」
奥の局長室から近藤までが慌てて出てきたのに気付いて、正気に戻った土方は留めていた怒鳴り声を張り上げる。
「何やってんだてめぇらは!!」
額から角でも出ていそうな土方の様子に気付いた原田が、怒鳴り声などどこ吹く風の様子で立ち会いに熱中している二人に声をかける。
「おーい、お二人さん。 ちょっとタンマ。鬼のお出ましだ」
「熱中して聞こえてねぇなふたりとも。 かといってあの間に入るのはあぶねぇしな。 よーし千鶴ちゃんやっちまえ、俺が許す」
永倉が言うなり、ハイッと勢いよく返事をした千鶴が庭におりると、縁の下に置いてあった手桶に入った水を持ち上げて、立ち会い真っ最中の二人めがけて思いきり中身をぶっかけた。
「うわっ!」
「わっ!」
そろって水をかけられた沖田と
はさすがに正気に戻ったか、木刀を下ろすと肩で息をしながら千鶴のほうに向く。
そしてその背後で仁王立ちになっている者の姿を認めて、二人そろって『ゲッ』と潰れたカエルのような声を出した。
「……なかなかやるじゃねぇか雪村。 で、てめぇらは稽古してるのはいいとして、だ……俺の仕事の邪魔したくてこんな場所でやってるわけか、ああ?」
あーやっちゃった、と微妙な顔をしている千鶴の頭をぽんぽんと叩いてやりながら、土方は庭に降りる。
大股に進んで来る土方の額に確かにツノが見えた気がして、沖田と
はジリジリと後ろに下がる。
逃すかとばかりに落ちる特大の雷……お説教は土方に任せ、縁側に出てきた近藤はのんびりと座って様子を見ている永倉と原田に声をかけた。
「これはどういうことなんだ?」
「あー、五条の気晴らしになればと思って誘ったんだ。 気鬱を吹っ飛ばすには、とにかく身体を動かすのが一番、なら立ち会いがいいだろうって」
「ふむ、弟君の一件があってから随分気落ちしていたようだしな……その手も悪くないだろうが、何故ここなんだ?」
説明を求められた原田は、千鶴と一緒に
の気鬱をどうすれば払えるかと相談した結果こういう事になったのと、倒れるかもしれないような激しい立ち会いやら、幹部が数人がかりで一人を徹底的に打つ所など一般の隊士に見せたりはできないからだと説明した。
「つまりは訓練でもない、一種の気晴らし、遊びのようなもんですから。 そういうのを道場に持ち込むのは、いかにもまずいでしょう。 だからこっちでやったんです」
容赦なく炸裂する土方の怒声を脇に、永倉は軽く空を仰いだ。
残暑の空は、秋の透明さを滲ませている。もうすぐ京にも過ごしやすい季節が巡ってくるだろう。
「けどさ……俺、あいつの弟が書き置き一枚残して出ていった気持ちもわからんじゃないんだよ。 あいつ見てると、本当に強くて優しくて、いい姉ちゃんだったって事はわかるんだけどさ」
永倉は一度言葉を切り、何かを考えるようにしてから続ける。
「……男一匹、そういう優しい姉ちゃんの元から離れて、自分の力で何ができるか見極めてみたいっていうかさ。 大体姉ちゃんの事嫌ってりゃ、心配しないでくれなんて書き置きも残しゃしねぇよ」
からどういう状況で弟がいなくなったかはある程度聞いていたから、書き置きの事についても一応は聞いていた。
そんなものを残して急にいなくなられて心配するなと言うのが土台無理だが、大好きな相手だからこそ、いつまでも守られていたくない男としての気持ちも分かる。
「だったらそう、言ってやりゃあいいだろう」
「ばーか。 こういうのは自分である程度気付かねぇと、納得なんてできねぇよ。 ……あいつの中じゃ、弟はいつまでたっても自分が手を引いていた頃のちっさい子供のままなのかもしれねぇしな」
俺たちにできるのは、悩むあいつの気晴らしに付き合ってやるとか、こうして思いっきり身体動かさせてやることくらいだろうと言う永倉の言い分だったが、原田にもそれは少し分かる気がした。
男が大事なもの、大事な人のために強くなりたいと思うのは、ごく自然なことだから。
そして近藤にも何となく、永倉の言い分は理解できた。
「なるほどなぁ。 道場に顔を出しにきたおミツさんにとって、総司が自分の身長を遥かに追いこすほど大きくなっても、小さい弟のままだったのと同じようなものか」
「そうそう、そんな感じ。 総司はあんなんだから、おミツさんの事も上手くかわして心配なるべくさせないようにしてたけれど、そっけないようでいながら『姉さん大好き』が滲み出ていたでしょう?」
「ああ、そういえばそうだったなぁ」
そのほのぼのとしたやり取りを思いだしたのか、近藤はおおらかな笑顔を見せた。
沖田の姉のおミツには一度も言い合いで勝てたことのない近藤だったが、そのたびに沖田が「姉さんがんばれー」などとニコニコしながら応援していたものだ。
勝ち気で口が達者で、おせっかいで優しかったおミツ。
九つの歳まで、体のよわかった母に代わって面倒をみてくれた長姉に、沖田は本当に懐いていた。
「長州に行ったっていうのも、男が信念を持って行ったってんなら、俺たちが姉ちゃんを心配させるなって言う筋合いでもねぇしな。 そのうち姉ちゃんが新選組にいるなんて聞いて奪い取りに来るかもしれねぇけど」
杞憂で終ってくれりゃあいいが、と永倉は視線を
たちに戻した。
説教の合間の言い訳というか事情を一通り聞いたらしい土方が沖田の手から木刀をひったくり、今度は俺が相手だとばかりに構えを取る所だった。
「なぁに、そういう事なら遠慮すんな。 ……俺も机仕事ばかりじゃ体が鈍るんでなぁ」
「……副長。 いえ土方さん……目が据わってますって!」
後ずさりつつ間合いを取ろうとする
からはなれて、沖田は縁側で順番を待つ永倉の元へとかけよった。
「ごめん、ちょっと貸して」
「あーおい、そりゃ俺が……おおい土方さん、順番決まってるんだから割り込むなよ」
土方と二人がかりで
に向かうかと思いきや、沖田は木刀の切っ先を土方に向けた。
「あぁ? どういうつもりだ」
「ほら僕達、立ち会いで疲れてるんですから。 よけいな横やりは二人がかりでも潰しちゃわないと後がつかえてますしね」
あんまりな言い分に、土方はひきつり笑顔を浮かべたままコノヤロウと毒づいた。
様子を見守っていた近藤はこの構図がよほど面白かったのか、呵々と笑うと原田の手から木刀を借り受ける。
「おーい近藤さん、割り込みはないだろ」
「まぁ許せ原田君。 さて、そういう事なら俺が歳に加勢するぞ、どこからでも掛かってこい!」
形成逆転、そりゃあないだろうと悲鳴をあげる沖田と
を相手に、ここ数日机仕事ばかりで鬱憤のたまっていた二人はここぞとばかりに暴れまくった。
結局、沖田も
も、病み上がりであったのと無茶な働きかたをして体力が落ちかけていたのが禍いし、散々抵抗して打ち合ったものの降参する羽目になった。
二人ともふらふらの状態で、近藤と土方に肩を貸されたり半ば引きずられるような感じで『寝ろ!』と連行されてゆく姿を見送りながら、原田と永倉は良い所取られちまったなと顔をみあわせて苦笑した。
---序の破 終---
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