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十九日、京から追われる形となった長州藩士が逃亡の際に藩邸に火をつけると言う暴挙をやらかした。
折からの強風にあおられた火はたちまち市街地に飛び火し、蛤御門からもその煙りは見る事ができた。
「まさかこの京で火付けをするとは……」
出身地の近い山崎は、市街地のほうに広がる火事の黒煙を眺めて信じられないというふうに首を横に振る。
「火事と喧嘩は江戸の華とも言うが」
「斉藤組長、それはちがいます。 京では火事を出したら七代近所付き合いが出来ないといわれるくらいに忌み嫌われるものです」
幕府嫌いの京の人間にとって勤王派である長州藩の者たちは親しみのある存在だったが、その彼等が天皇の御所に鉄砲玉を打ち込み、さらには火事を嫌うこの地で逃げるために藩邸に自ら火をかけ、その火が次々と飛び火していったとあっては……。
「長州の評判は一気に下がるでしょう。 市街地に飛び火するだけでも迷惑だというのに、京には歴史ある神社仏閣が多い。それらを巻き込めば取り返しがつかないことになります」
「なるほどな」
山崎の分析に、斉藤は納得の表情で頷いた。
「斎藤、山崎! そっちはどうだ?」
公家御門のほうから戻って来た原田率いる隊の姿を確認して、斎藤は少しだけ口元を緩ませた。先頭に立つ原田は呆れるくらい元気で、槍を担いでスタスタと歩いてくる。
「さきほど、屯所と天王山にこちらの事態は収拾したと使いを出した所だ。 もう少し待てば、近藤さんも戻ってくるだろう」
そう状況を説明して、斎藤は原田の少し後ろにいた
のほうを見た。 その表情がやけに沈んでいるだけでなく顔色も少し悪いような気がして、何かあったのかと声をかけた。
「ああ、何でもありません」
はすぐに表情をいつものそれに戻したが、この調子で何もない訳がない。斎藤は問いかける意味でちらりと原田に視線を流した。
「まぁ、詳しい事は屯所に戻ってから話すわ。 その前に近藤さんと土方さんには報告しなきゃなるまいよ、こいつの弟の手がかりが見つかった、ってな」
そう聞いて、山崎が片眉を上げて驚きを示した。新選組の監察方は決して無能ではないと自負しているが、半年以上手がかりも見つけられないという体たらくだっただけに、随分気をもませていただろうと少しばかり心を痛めていたくらいだ。
「ふがいない監察方ですまんな、五条君。 けれど、手がかりひとつあるならそこからいくらでも……」
探索の糸を広げていくことができるだろう、今までの分まで期待してくれていいと山崎が言おうとしたが、
は顔を伏せて首を横に振る。
「……どうしたんだ?」
「……どうやら、長州がらみの所に身を置いているらしい。 とはいえ、まだそいつが本人かどうか分からないんだが……」
にゃ悪いが、いっそ他人であってくれと思うよと、原田は肩を落とした。
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