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池田屋の一件で重要人物の多くを失いまたは捕縛された長州藩を中心とする攘夷派は、この恨み晴らさでおくべきかとばかりに続々と京に兵力を集め、今まで以上に京の平穏を脅かしていた。
それに対し、新選組をはじめとする幕府側の勢力は警戒強化することで対策をとっていたが、攘夷派の動きがとうとう抑え難いものとなり暴発するに至る。
後の世に言う、元治元年七月十九日、『禁門の変』の勃発である。
京とその周辺各所に布陣した攘夷派勢力との緊張が高まる中、新選組に正式に出動要請が下された時にはすでに後手に回ったとしか思えない状態だった。
天子のために戦場に出るという大戦への出陣に隊士たちの士気は高く、大いに沸き立っていたが、そんな中で土方はどうせならもっと早く要請をよこしやがれと激しく毒づいた。
「今から動いたって満足は働きができるか怪しいもんだぜ。 ――五条!」
「はい」
が居住まいを正すと、土方は
の瞳を真直ぐ見据えて命令を下した。
「今回お前は前線に出ろ。 命の保証はねえが、そいつを承知して働いてくれるか」
夏負けで病人が未だに多いのと、池田屋の戦いで受けた損害を埋めきれない状況で、お前を後方に控えさせておくことはできないと、土方はどこか苦々しい様子で言う。
命令したあと返事を待たずにちらりと視線をそらしたその表情の変化を
は見のがさなかった。
「私の身の心配なら無用です」
そう
が答える後ろで、今回屯所守備として残る事が決まった沖田と藤堂が顔を見合わせて小さく笑っている。
「……土方さん、素直じゃないから」
「だよなー。 正直に女の子を前線に出したくないって言えばいいのに」
が女だということは隊士たちには秘密だから、彼等に聞こえるような大きな声では話さないが土方の地獄耳にはしっかりと聞こえてしまったようだ。
「てめぇら……聞こえてんぞ!」
「けどよ土方さん。 雪村君みたく後方支援じゃなくて女を最初っから前線に出すってのはいただけないと思うぜ、俺は。 せめて自分でどうしたいか選ばせてやっちゃどうだい」
そんなの、どんな理由があれ男の名折れだろと原田が控えめに口を挟むと、土方もそれは気にしていたのかム……と言葉に詰まる。
珍しく迷っている様子の土方と、それぞれの意見を持ちながらも
が何か言い出すのを待っている様子の幹部たちを見回して、
は軽いため息をつくと、ひたと土方の目を見上げた。
「行きます」
寸毫の躊躇いすらない口調に、そういうことなら仕方がないと土方も笑み返すことで答える。
話がまとまると、出動の決まった幹部たちもそれぞれ急いで戦支度を整えはじめる。
も額に鉢金をつけ、襷をかけた上から浅葱色の隊服を纏うと足拵えをしっかりと整える。
大小の刀を腰の剣帯にさして、急所となる首元を襟巻きでくるりと巻いた姿は、ちょっと見では細身の青年にしか見えない。
隊列を組み壬生の屯所を出動し、新選組は味方との合流地となる伏見奉行所まで辿り着いたが何と門前払いを喰らわされる事となった。
新選組に出動を要請したことが味方に伝わっておらず、合流を拒まれるのは予想外だった。
奉行所の面々では話にならないし命令で来た、来ないを言い合っても水掛け論にしかならないので、新選組は直属の上司である合図藩に指示を仰ぎ、九条河原で待機中の会津藩の部隊と合流することになった。
所がそこでも、新選組が友軍として加わるなどという話は聞いていないし邪魔になるからひっこめとばかりに邪険に扱われて、とうとう一部の幹部が頭に血を昇らせて言い合いになった。
幸い、近藤が絶妙の間をもって会話に入り、取りなしてくれたために刃傷沙汰にこそならなかったが、あちらこちらと走り回された挙げ句にこの扱い、新選組の隊士たちの顔には疲れと苛立ちがありありと浮かんでいた。
結局会津藩兵とともに待機することになったが、何と待機中の彼等は予備兵力との事だった。
「……つまりは用がなければ出てこなくていいって事か……適当なもんだ」
「ったく! 俺等を呼びに来た時には一刻を争うような口ぶりだったくせによ!」
苛立った様子で床几に腰を下ろした土方は、待機が決まったあとに手配して屯所から運ばせた握り飯を口にいれながら毒づいていた。
隊士の皆も腹が減っては戦は出来ぬとばかりに、皆ぺろりと握り飯を平らげて、交代で仮眠を取る。
陣は緊張状態にあったが、いつまで続くとも分からないなら少しでも休めるときに休んでおくべきだ。
「俺は仮眠するから、その間大将や他の連中のほうの世話もやいといてくれ。 半時たったら起こせ」
「はい」
に握り飯の包みを押し付け、刀を鞘ごと抱くようにして体を支えると、座ったまま少し前かがみになって器用な格好で眠ってしまった。
土方の眠る場所から離れると、かがり火に足す薪を持って
は陣幕の外へと出た。 今頃近藤は今頃陣の中の別の場所に腰を落ち着けているはずだ。
煌々と燃えるかがり火が昼間のように周囲を照らす中、戦場となっているだろう京の町のほうを遠く眺める。
戦のせいで家々が灯りを落としているせいか、いつもは遠く眺めても都全体が闇にほんのりと浮かび上がる景色の光がどこか弱い。
あの陰りの中は今一体どんなことになっているのかを思うと酷く不安な気持ちになる。
「らしくもない。 決めたはずだ、戦うって……」
この不安を言葉にする術を知らない
は、かがり火の光をすり抜けて心中に入り込もうとする闇を払うかのようにぽつりと言葉を漏らす。
あの都で嫌な何かに出会ってしまうような……そんな心の疼きが止まらず、
は本当にらしくもないと思いながらも近藤の姿を探した。
あのどっしりとした人の側なら、この漠然とした不安も闇も近寄ってこれない、そう確信にも似たものを感じて
は歩を速めて陣の中を歩いていった。
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