羅刹女 ---41---

 宇都宮は官軍の手に取り戻され、旧幕府軍は一旦今市まで落ちた後、日光を経由して会津へと向かう事になった。
会津若松は盆地の中にあるため、日光からそちらに向かうにはいくつかの宿場町を経由して峠を超えて行かねばならない。
 負傷のため今市での応急手当てを終えた後、会津へ向かう道を先発していた土方は、戸板に乗せられて向かう道中で、ふと懐かしい声を聞いた気がして呟いた。

「……勝っちゃん?」

 宮川勝太は近藤勇の幼名だ。
 多摩の川べりで毎日真っ黒になって遊んだわんぱく坊主だった頃の呼び名が、何故か零れた。

「どうかしましたか、土方さん」
「いや……何でもねぇ」

 後ろで戸板を持つ島田の問いかけに短く答えて、土方はまた不機嫌そうに黙り込んでしまう。
 足を撃たれてもはや自分では歩けないくせに、戸板に乗せられて担がれていくというのが恥ずかしくて仕方がないのだ。
 ここに沖田がいたら、江戸から日野へ向かう時の事を持ち出して、僕の気持ちが少しは分かったでしょ?などと意地悪く笑うに違い無い。
 土方が戸板の上から前を見ると、二人で戸板の両端を持って支える隊士の背ごしに、少し先を歩く の姿が見える。その髪に、相変わらず沖田の刀の下げ緒が揺れていた。












 どこかで小鳥が啼いている。
 濃い緑の梢を渡る風はしっとりと土の香を含み、硝煙の匂いで汚れた胸の中を洗い流してくれるようだった。
 山々と森に囲まれた盆地の中にある会津は、落ち着いた雰囲気の美しい町だった。
 京のような華麗さ、艶っぽさ、江戸のような賑やかさとは違う活気があり、とても戦争を間近に控えているようには思えない。

「(綺麗な町だ)」

 全体を見た時も思ったが、町中から眺めても美しい町だ。 落ち着いた佇まいの建物と優雅な鶴ケ城が背後の山の景色に映える。
 流山で別行動を取って会津に先行していた小姓たち数名を連れて、 は生活品の買出しに来ていた。
 会津に着いた新選組は、清水屋という宿屋に腰を落ち着けた。
 が、張ってきた気が弛んだのか、土方が寝ついてしまった。 宇都宮からこちらに来るまで、目を吊り上げて戦の指揮を取り、自ら戦闘の最前線に立って弾の雨に晒されていたのだ。
 本人が思っているよりはるかに、心身の疲れは酷かったらしい。
 さらに悪い事に足の傷が熱を持ち始めていた。
 着いたあと、会津藩の医者がかけつけてくれてすぐに治療にあたってくれていたのだが、医者の見立てによると疲労した身体が祟り、傷に対する抵抗力が落ちているとの事だった。
 とにかく身体を休ませ滋養を取らせ、心労を取除いてやらねば回復は望めない。
 幸いにして、会津の気候は初夏に向かう季節でも京よりは涼しく、真夏のように外からの熱で傷が饐える危険は少ない。
 そうなると、寝ていられるかと動き回ろうとする土方本人を押さえ込み、大人しくさせておけるかどうかが傷の回復にとって一番の課題になりそうだった。

「五条さん? 道はこっちですよ」
「あ、ああ済まない……あとは木綿布だったな」

 こっちです、と小姓の少年に先導されながら歩いていく。
 すれ違う人の中に、武装した兵が多いのはやはり戦が近いのだということを感じさせた。
 それにしても気になるのは、その中に年端も行かない少年たちの姿もあることだ。
 戦況的に、会津はもう後がない。
 奥羽諸藩はまだ戦意盛んだが、会津はすでに喉元に刀をつきつけられた状況になっている。
 宇都宮城はすでに取りかえしようもなくなり、隣の二本松藩・三春藩の戦況もよくない。
 日々追い込まれて行く中でも、会津は穏便に戦を避けるよりは信念を貫くために命を捨てて名を残そうとしている。
 また、新政府軍が会津に対して情けをかけるとはどうしても思えなかった。
 会津と新政府軍、お互い信じたもの、立場が違ったとはいえ、お互いが、お互いを殺し、裏切り、辱めながら積み上げてきた怨念が、この地での戦に集約されようとしている。
 新政府郡がこの地に攻め込んできたのなら、抵抗する人間を最後の一人まで殺し尽くし、生き残った弱者を人とは思えぬ扱いで貶めるかもしれない、そういう憎しみが戦の根底にあった。

「(新選組は会津のために働くのだろう。 ここが最後の戦場になるかもしれないな)」

 道を歩きながら はそう考えた。
 会津藩は、新選組草創期からの後ろ盾だ。会津藩の庇護がなければ、新選組は形になることもなく消滅してしまっていただろうし、近藤・土方も一介の浪士のままであったかもしれない。
 新選組には、命を捨てても返しきれない恩義が会津藩にある。
 土方もすでに、会津のために戦う事を心に決めているはずだ。

「五条さん? もしかして、お加減でも悪いのですか?」
「あっ……いや、そんなことはない。つい、考え事をしてしまって。 でもまあ、加減といえば」

 小姓の声で、考え事から呼び戻された は反射的に顔に笑みを作ったあと、ちらりと視線だけ通りに向けた。

「何か、見られてる気がして加減が悪いな。 洋装がまだ珍しいから見られるのはわかるとして、それ意外の理由で背中がムズムズする」
「それは仕方がありません。 新選組は会津でも有名ですから」

 事に局長や副長、隊長方の評判は凄いんですよと、小姓は顔を輝かせて胸を張る。
 表情を見るに、思わず自慢したくなるような良い評判であるらしい。京の頃は町の人たちに散々こきおろされたものだが、土地がかわれば評判も随分かわるものだと妙な所で感心してしまった。

「それに、五条さんは新選組の中でも珍しいですから」
「それを言われると、何とも言えないな」

  は片手で刀の柄を撫でて苦笑していた。
 姿を洋装に改めてから、佇まいが大分女性のそれに見えてしまうらしく、時々珍獣を見るような目で見られる事がある。
 こんな事もあるから女に見えないように髪を切っておけばよかったと思うものの、何となく切りそびれて今まで来てしまっていた。

「会津の女性には長刀の名人が多いそうです。 いざとなったら自分たちも戦場に立つ心構えの人が多いだけに、五条さんの評判も気になるんじゃないでしょうか」
「ははは……どんな評判なのか怖いな」

 もう、苦笑するしかない。
  は京で男として通していた頃とは違い、今は結構女隊士として知られている。
 ただ、武士の集団に刀を持つ女が居るなど外聞が悪いので、隊士録に の名前はない。
 正式には存在しない隊士ということで、周囲に大目に見てもらっているのが現状だ。

「また甲州に行く前のように、女性たちが入隊希望で押し掛けてきては困るな」

 あの時は、ちょっと参ったと は頭をかいていた。
 戦になど、ならねばよい。
 この美しい城下町が焼け落ちるのも、道を行く人たちが屍となって道ばたに転がるのも見たくなかった。






「ご主人、木綿を一反……」
「失礼、晒木綿、まだありますか?」

  が木綿生地を専門に扱う店に入り、用件を言った時、ちょうど背後から入ってきた人物と声が重なった。

「ああ失礼、お急ぎでしたらお先にどうぞ……」

 こちらの用はこの店で最後ですので、と続けようとした所で、振返った の動きが止まった。

……」
「え?」

  に従ってきた小姓は、状況が飲み込めず動きを止めてしまった二人の顔を見比べていた。
  よりも背が高く、けれど顔は良く似た青年。
 小姓は知らない事だったが、新選組が甲州へ発つ前、江戸で分かれた の弟、五条 その人だった。











◇◇◇◇◇











「斎藤隊長、こちらです」
「ん……」

 夜半近くになって、土方と新選組本隊が会津に到着したと聞いた斎藤が清水屋にやってきた。
 小姓が灯りを持ち、暗い廊下を案内してくれる背中に、斎藤は問いかけた。

「土方副長はお寝みか? 怪我の具合が悪いと聞いたが」
「先程治療を終えてお寝みになられた所です。 斎藤隊長が来られましたら先にこちらにと、松本先生の仰せです」
「松本……もしや、松本良順先生か」
「はい」
「先生がお寝みでなければ、すぐにお会いしよう」

 案内してもらって松本の居る部屋に行くと、松本は明るい笑顔で斎藤を迎えてくれた。
 斎藤も目元をほころばせ、礼儀正しく大小を腰から外して座り頭を下げる。

「御無沙汰しておりました、松本先生」
「斎藤君、いやあ、よく生きてたねェ」

 これが土方なら、自分は鉄砲玉と相性が悪いくらいの憎まれ口は叩くのだが、斎藤は静かに微笑み頷くだけだ。
 新選組が京にいたころからの付き合いで、松本も斎藤の寡黙な性格は知っている。また挨拶よりも、もっと聞きたい事があるだろうからと松本はずばり本題に入った。

「土方君の傷を看させてもらったが、骨は無事だ。今の体の熱と腫れが引けば大事無い、順調に回復するだろう」
「そうですか……」

 今具合が悪いのは、精神的・肉体的な疲れがここに来てドッと出ているだけだから、しっかり休ませれば問題ないという。
 ほっと、斎藤は心からの笑みとともに安堵の息を吐き出した。
 正直、あの人が二度と戦えない身体になったらどうなるのかと、心配で心配で仕方が無かったのだ。

「逆に言やあ、今無理をさせれば二度と歩けなくなる可能性もあるってことだぞ。 しっかり見張り付けて、騒ぐようなら寝床に縛り付けておけ」
「はい。 仰せの通りにします」

 微笑み、素直に頷く。
 斎藤は、松本のさばさばした口調や直接的な物言い、が好きだった。
 幕府の御典医、将軍の身体に直に触れて脈を取れる、この国の医者の最高位にいる一人だというのに、まったく飾った所がない。
 医術の腕もさることながら、人斬り鬼の集団に関わる事になっても動じない肝の太さや、誰に対してもズケズケ物を言う裏表の無さも好ましく思っていた。
 土方の傷の話が一段落したので、斎藤は少し気にかかっていたことを口にした。

「しかし松本先生は、どうして会津に? 会津は近い将来戦場になるでしょう、危険です」

 松本は、幕府軍全体の医者を束ねる立場にある。 また、和漢洋の医術に通じた名医でもある。
 仮に江戸に留まっていて捕虜となったとしても、新政府軍といえどもこれほどの人材、そう粗末には扱わないはずだ。
 ところが、松本は危険は百も承知だというふてぶてしい顔で、ニヤリと笑うではないか。

「俺ぁ医者だよ、斎藤君。 信じたモンのために、医者は医者の戦いをするまでだ。 それにまだ心の折れてねえ奴等が、必死に戦おうとしてるってのに、医者が江戸でのうのうと座り込んでいて、何の役に立てるかってんだ」

 俺ぁ最後まで、心の中の幕府を守ろうとする連中と一緒に行くぜと、松本はドンと胸を叩いた。
 胸のすく威勢の良さに、斎藤はおみそれしましたとの敬意を込めて軽く頭を下げる。
 その後、斎藤は背後の襖のむこうから足音がふたつ近付いてきたのに気付いて正座していた足を軽く浮かしながら脇の刀に手を添えた。
 ここ、清水屋には味方しかいないとわかっていても、日々戦場にいるせいで些細な事にも警戒する癖がついていた。
 慎重に振り向きかけたとき、襖のむこうからよく知った声がかかった。

「松本先生、お客様でしたか?」

  の声だ。

「おう、五条君たちか。 構わんよ、入りな」
「失礼します」

 声の後、すらりと音もなく襖が開いて現れたのは、流山で別行動を取り近藤・土方の側に残った と、見覚えのある青年だった。

「……斎藤さん!」

 自分の顔を見て、パッと表情を明るくした の様子を少し嬉しく思いながらも、ひさしぶりだなとぶっきらぼうな返事を返して斎藤は座って居た場所をずらして が入る場所を作ってやる。
 その後、後ろの青年に視線を移した。

「………その節は、どうも」
「弟…… だったか」

 昨年の冬、 が新選組に居る姉を取り戻そうと、鬼の襲撃に乗じて乗り込んで来た時以来だ。
 あの時はこの弟を捕らえ、襲撃の手段が悪かったせいで が死んだと狂言をうち、姉の死に絶望した彼から様々な情報を引き出した。
 斎藤も彼に刀を突き付け、姉の黄泉路の道連れになるかと脅した事がある。

「姉弟の再会、喜ばしい事だと言いたい所だが、あんたがここに居るということはすでに長州の手の者が入り込んでいると見るべきだな」
「俺はもう新政府軍とは縁を切りましたよ」

 斎藤の懸念はもっともで、 本人が否定しようと信用できないといった顔をしていたが、松本が口添えした。

君はもう戻れない、と言ったほうが正しいだろうよ。 新型羅刹を使って江戸の町を火の海にしようとしてた綱道さんを止めた時点で、叛意は明らかだ。 その上綱道さんを始末するのに手を回していたとあっちゃ、言い逃れはできまい」

 綱道が死んだ今、彼の元で研究をしていた の知識は新政府軍にとっても欲しいもののはずだ。 
 新政府軍が羅刹を利用するつもりであった以上、捕らえられても殺される事はないだろうが、人間的な扱いはまず受けられないだろう。

「俺は、江戸で鬼と名乗る連中にこいつを頼むと託されたのさ。 あいつら、新選組とは浅からぬ縁だって言うじゃねえか」

 確かに浅からぬ縁、というかくされ縁だと斎藤と は思わず顔を見合わせた。

「放っておけば新政府に狙われる、かといって自分たちの元に置いておいたら、いつ目を離した隙に自害してしまうとも限らないから、つまらん事を考える暇がないように俺の所でコキ使えとさ」
「自害?」

 斎藤は に疑わしげな目を向けた。
 姉大事で新選組屯所まで乗り込んできた男が、あっさり命を捨てるような軽率な振る舞いをするとは思えなかったからだ。
 しかも、この弟は羅刹とそれをつくり出す変若水をこの世から消すという目的で動いていたはず。

「千鶴ちゃんのお父さん……綱道さんさえ居なくなってしまえば、彼の研究知識を受け継いでいるのは自分だけだから、自分も居なくなればこの世から羅刹を運用する方法は消える、そう考えたらしいのよこの馬鹿は」

 姉にギロッと睨まれて、弟はいたたまれない様子で小さくなってしまう。

「仕方なかったじゃないか……」
「黙らっしゃい!」

 なぜそういう考えに辿り着いたか、いずれとっくりと話を聞かせてもらおうじゃないと、殺気じみた気配で脅してくる姉に、弟は両手を挙げて降参の意を示した。
 どうやら、すでに姉にこってり絞られた後らしい。
 小さくなる の横で、松本は呵々と笑ってみせた。

「こっちも幕府の医者として、変若水とは無関係じゃないからな。 その繋がりとあっちゃあ断れまいと引き受けてみたら、これが実に使えてな。 綱道さんの所で医者の真似事もしていたらしくて、助手として申し分ねえ」

 刀傷や鉄砲傷の処置、基本的な薬や養生方法など一通り知識がある上に、血や腸が飛び出したようなけが人を見ても動じない。
 おまけに剣や銃も多少使えるから、最前線の救護に組み込まれても身を守りつつ働く事ができる。

「責任取って命を断つ覚悟があるなら、変若水を作るために犠牲にした人の分だけ人を助けてからくたばれってな。 まあそういう訳でだ、姉さんには悪いがもう暫くこいつは俺が預からせてもらうぜ」
「ええ、もう存分に。 こき使ってやって下さい」

 にこやかな姉の表情から、まだ怒りが抜けていないのを見て取った は、姉に気付かれないようにそっと溜め息をついた。
 会津は必ず戦場になる。忙しくなりそうだ。

「そうだ、斎藤さん。  が持って来た情報なんですけれど」
「ん?」
「千鶴ちゃん、無事だそうですよ」
「……!」

 驚き、次に来たのは喜びだ。
  も優しい笑みを目元に滲ませている。
 新選組が京を離れて、伏見奉行所で戦った混乱の中、行方知れずになってしまった千鶴。
 父・綱道の身を心配するあまり、か弱い女の身で動乱の京都まで出向いてきたあの子。
 新選組に関わったばかりに、父の安否を確かめるにも不自由をさせ、平穏な暮らしとも縁遠くしてしまった。
 千鶴の名を思いだす時、いつも浮かぶのは自分にできる事を精一杯しようとしてちょこまか動き回っている姿と、精一杯の笑顔、時折見せる諦観を滲ませた憂い顔。
 人斬り鬼と化け物の巣窟で健気に生きていた彼女は、父と無事に再会できたのだろうか。

「…… の話だと、綱道氏とは決別せざるをえなかったようです。 その後、千鶴ちゃんに迫っては袖にされていたあの鬼……風間が側についているみたいなんですけれど」
「大問題ではないか」
「そう、思いますよね」

 私が千鶴ちゃんの親なら、あんな男、絶対に近付けたりしないわと呆れを滲ませて弟を睨みなおす
 斎藤も同じ視線を に向けた。

「大丈夫だと思うよ、口説き方が悪いんじゃないかって一言風間さんに言っといたから。 あとは千鶴さんがどうするかだよ」

 俺が江戸を離れる前の様子だと、千鶴さんはとても立ち直っていたようには見えなかったからちょっと心配だけれど、風間さんはああ見えて弱っている女の子には手を出さないと は言う。
 それに対して、京にいたころ何度も屯所に千鶴を略奪に来ていた風間の態度を知っている と斎藤は、『信用できない』と零した。
 とはいえ、千鶴はここにはいない。
 手の届く所にいない以上、守ってやることもできない。
 無事に生きていたことを素直に喜びたいが、参っている所を側に居る『あの』風間に任せなければならないとは、何とも歯がゆい上に腹の立つことだ。

「今度千鶴ちゃんに会った時に泣かせたりひどい真似していたりしたらタダじゃ済まさない、三枚卸しにしてやる」

 物騒に拳を握りしめる 。斎藤も頷いて、喉元まで出かかった『全く信用できん』という言葉を飲み込む。
  も斎藤も、 ほど風間を知らない。
 よって信用もできないが、仕方が無い。 こうなっては、千鶴がこの先も無事でありますようにと祈る事しかできなかった。





 土方の事は医者たちに任せ、斎藤は とともに別室に移るとここに来た本来の目的を話した。
 土方が動ける状態なら、指揮官として会津のでの戦いに加わってもらうつもりだった。
 だが、今の様子だと無理をさせたら後に響く。

「土方さんには治療に専念してもらい、俺が続けて指揮を執るしかないだろう」
「そうですね……」

 会津には羅刹隊もあわせて先行していたが、彼等は昼間の戦いに向かないという弱点がある。
 どうしても全体の指揮は、京都時代からの幹部であり、昼間も普通に動ける斎藤が執る必要があった。

「すでに会津公から白河城攻略を命じられている。 新政府軍の進撃の早さを考えると、土方さんの完全復帰を待っている余裕はない」
「……もしかして、思っていたよりも会津の形勢、悪いですか」

 病人には聞かせられない程、心労の嵩む内容かと視線で斎藤に問いかけると、斎藤は無言で頷いた。

「新政府軍は、三方から会津を包囲し、なだれ込むつもりでいる。 すでに南の宇都宮は押さえられた」

 斎藤は軍服の内側から、会津と周辺諸藩の地図を取り出し、畳の上に広げた。
 主要な防衛拠点、城塞、それらを繋ぐ街道や補給経路などがつぶさに書きこまれている。
  たちが通ってきた、宇都宮・今市・日光・田島のある街道も印されていた。

「宇都宮から続く街道、日光を押さえられたのは痛い。 もともと日光参拝目当ての旅人や大名の道行きを考えて、大きく発展した街道だ。 大軍も問題なく通せる」

 地図上で街道を押さえていた斎藤の指が、今度は会津から南東に位置する場所をくるりと回った。
 棚倉藩、守山藩、三春藩、二本松藩など、奥羽としてまとまるか、新政府軍に組するか迷っている藩がいくつもある。

「これらの藩に、奥羽地方から離れ、新政府郡への帰順を促す使者が積極的に送られているという話も聞こえてくる」
「結束をバラバラにしようという腹ですか。 えげつないが有効的ですね」

 斎藤は頷く。
 そういう噂が『聞こえてくる』という時点で大問題なのだ。 すでに会津の町にはそういう噂を流して関係者の不安をかきたてる心理戦が始まっている。
 それに実際、帰順を促す使者は行っているだろう。
 新政府軍のやりかたに義はあらず、という考えは共通しているので、表面上協力体制は結んでいるものの、仙台・会津・米沢といった大藩と違い、小さい半は単独では戦力として弱い。
 その弱さを自覚しているから立ち位置が決まらぬのだろうし、今は逆に立ち位置の弱さを突かれて帰順を迫られているのだろう。
 いざ追い詰められたら大藩こそ自藩安堵が大事、同じ奥羽の仲間だからと援軍を当てにしていても容易く裏切られて捨て石にされるだろう、そうなる前にこちらに帰順し会津への路を譲るなら悪いようにはしないし、賊軍の汚名も受けぬように取りはからおうと、使者が誘惑している様が目に見えるようだった。

「山南さん曰く、何藩かは応じるだろうということだ」
「新政府軍も帰順した藩兵をさらに戦力に組み込めば、無傷で現地で人員補給もできますものね」
「こういう状況で、戦力を遊ばせておくほど新選組には余裕がない。 本来なら土方さんの側についていて欲しいが、あんたは白河城攻略に加わってもらうぞ」

 土方の護衛に数人の隊士、また世話役として小姓数人を残し、流山での逃走や宇都宮戦から無事に逃げおおせて参集してきた新選組隊士は、動ける者は連れて行くと言う。

「ああ、それは構わない」
「……厳しい戦いになる」

 白河は会津へ続く要砦のひとつだ。
 白河城を北に進むと、会津若松に続く二本の道の分岐点がある。
 白河城を押えられることは、敵に防衛拠点と補給点、さらには会津若松へ続く二本の道までも押さえられる事を意味していた。







 土方の病床を訪れてから数日後、新選組の指揮を取る事になった斎藤は、隊士を率いて会津公に謁見し、激励の言葉と軍資金を賜った。

「……お帰りなさい。 謁見、どうでした」

 武装はしているが女であるゆえに登城は控える、と自ら謁見辞退を願い出た は、門の横の建物で斎藤たちを待っていた。
 戻って来た隊士たちは貴人から直に言葉を賜った興奮に浮き足立っていたが、斎藤の様子がどうもおかしい。
 石でも飲み込んだような、何か重たいものを言うべきか言わざるべきか……、そんな顔をしている。
 他の隊士たちに聞かれないように、側に近付くとそっと声をかけた。

「何か、ありましたか」
「ああ……うむ……」

 斎藤は、背後の隊士たちと を見比べた後、隊士たちに先に城外の集合場所に行っているように指示を出した。
 隊士たちとの距離が充分に離れたあと、斎藤はぽつりと呟いた。

「近藤局長が、亡くなられたそうだ」





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