羅刹女 ---40---

「うわっ!?」

 パンパン、と軽快な音を立てて、城壁に儲けられた矢狭間から鉄砲玉が飛来する。
  は、自陣の最前線に立てられた畳盾の影に飛び込み、尚も打ち込まれる鉛玉から身を守った。
 味方の幕府軍も銃撃・砲撃をかけているのだが、相手が城に篭城していては効き目は薄い。
 固く閉じられたあの門を、何としても破らなければ。
 畳の影からちらりと顔を出した鼻先をまたも鉄砲玉が飛んでゆき、 はゾッと背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
 鉄砲玉に嫌われている自信はあるが、やはり心臓に悪いものだ。

 目の前にそびえ立つ、宇都宮城。
 この城を攻めているのは、旧幕府脱走兵が集まった一軍だ。伝習隊、桑名藩兵、回天隊などの諸隊とともに、新選組も加わっていた。
 新政府軍に義なしとして、個人で参加してくる猛者もおり、宇都宮城攻撃前にはかなりの数が集まっていた。
 旧幕府軍の目的は、会津藩を中心とする奥羽烈藩と合流し、対新政府軍の戦力をより確かにすることだ。
 また、将軍が恭順し、江戸城も無血開城という形で新政府軍の手に落ちた今、旧幕府軍が心を寄せる事のできる場所は会津しかない。
 新政府軍に恭順している宇都宮藩を攻め落として会津へ進む足掛かりとする事が決まった。

 旧幕府軍は、先鋒軍、中軍、後軍に分かれ進軍した。
 土方は、旧幕府軍総督・大鳥のたっての願いで、先鋒軍の参謀として戦っていた。
 残りの新選組は、中軍・後軍に編入されている。
  は土方の希望で、ともに先鋒軍で戦う事になった。
 宇都宮城攻めは、先鋒軍だけで行っている。
 総督・大鳥は全軍が揃ってから攻めたほうが良いと主張したのだが、土方がこれに対して、先鋒軍だけで速攻で攻めるべきだとこれまた強硬に主張した。
 宇都宮藩は官軍の威に伏しただけにすぎない。
 ならば官軍以上の力を見せつけてやれば、あっさりと掌を覆すだろうと踏んでの主張だった。
 大鳥は、なおも中軍・後軍が追い付いてくるのを待つべきだと言ったが、宇都宮城に官軍の増援が入るよりも早く落せばこちらの勝ちだと言い張り、しかも夕方までに落してやると大言まで吐いた。

 だが実際攻めてみれば、予想以上の弾丸の雨に晒される事になった。
 宇都宮藩の武器が旧式のために、撃ってくる鉄砲の射程が短く命中精度が悪いのが救いだ。

「伏せろ!!」

  は後続の兵に向かって叫ぶ。 対峙している城兵の陣地からの一斉射撃が一気に頭上を通り過ぎた。
 畳盾にも弾丸がバシバシと当たり、吹き飛ばされそうな勢いで揺れる。
 旧幕府軍からも銃撃をしかけるのだが、城からの援護がある宇都宮城兵のほうがどうしても有利だ。

「土方さん!! いい加減進むなり退くなり決めて下さいよ!!」

 射撃音と怒号と悲鳴の入り交じる喧噪の中、 が少し離れた隣の畳盾の後ろにいる土方に怒鳴ると、土方はちらりと視線をよこし、小さく頷いた。

「……げ」

  は土方の視線を受けて、小さく呻いた。
 目が据わりきっている。
 土方がこの目をしている時は、ろくなことがない。

「いつまでもこうしていても埒があかねえな……そろそろ突撃する頃合か」

 やっぱりそう来るか、と は天を仰いだ。

「ああもう、はいはい……で? どこ斬り崩して来いって?」
「やるんならあっちの陣地だ。 城の矢狭間からほぼ死角になって、援護射撃が届かない。 あそこを取れれば、城の門を破りやすくなる」

 問題は、土方が指さしたその陣地に斬り込むまでに、雨あられと銃弾が飛び交っている事だ。
 修羅場に慣れた にしてみれば、裏の畑から大根抜いて来いと言われたのと同じようなものだったが、幕兵たちはそうはいかない。
 今の旧幕府軍は、良くも悪くも寄せ集めだ。精強な兵もいれば、戦場に立つのも初めてという者もいる。
 戦の様子を伝え聞くのと、実際の場に立つのは雲泥の差だ。 目の前で人の身体が切り裂かれ、銃砲の弾で千切れて吹っ飛ぶ生々しい様子は、嫌でも恐怖を掻き立てる。
 さらに敵陣との間には、銃弾で打ち抜かれた死体がごろごろと転がり、ぐったりと伸びた骸の下には赤い水たまりが出来ている。
 その骸の上に、飛来する銃弾がさらに当たり、骸がビクリと跳ねるのだ。
 無理に突撃すれば、自分たちもあの骸と同じようになる。
 突撃と聞いて、兵たちの口から引き攣った声がこぼれたのを、土方は聞き逃さなかった。

「合図したら、そこの奴から前に進め」
「じょ、冗談じゃない! あんな場所に誰が出ていけるか!」

 幕兵が上ずった声で反論するが、土方は彼等の恐怖を鼻先で笑い飛ばした。

「お前ら、ここに何しにきてんだ? 戦争しに来てるんだろうが。 だったら死ぬ覚悟くらい持ち合わせてるはずだろうが」

 それに、鉄砲玉の一発や二発、当たった所ですぐに死ぬわけじゃあねえと言ってのける。
 幕兵たちは恐怖におののきながらお互いの顔を見合せ、どうするよと囁きあっている。

「俺は、嫌だ! こんな所で死にたくねえ!」

 逃げるに逃げられない雰囲気がどんどん高まる中、一人がとうとう恐怖に耐えかねたか弾かれたように立ち上がり、味方を押し退けて逃げだそうとした。
 土方が素早く立ち上がり、大股に歩をすすめその幕兵の背に追い付くと、腰の刀を抜き放つ。
 肉厚の刃が、ぎらりと陽にきらめいた。
 ふりかざした一刀を、躊躇いなく逃げた幕兵の背に浴びせる。

「ぐ、がはぁっ!!」

 突然背中から身体を断ち割られ、逃げようとした幕兵はほとんど即死で地面に転がった。 飛び散った血が地面と、運悪く近くにいた他の兵の上に降り掛かる。
 土方は流れ出した血を踏み、周囲を睨みつける。

「ど、どういうことだ、味方を斬りやがったぜ!」
「あ、頭がいかれてやがるのか……?」

 周囲のひそひそとした呟きに、 は思わず額を押さえた。
 残念ながら、どこまでも正気だ。

「他にも敵前逃亡してえ奴はいるか? 逃げたかったら逃げてもいいんだぜ? ただし!」

 土方は、血に濡れた愛刀を軽く振り、

「逃げようとした奴は片っ端から、この刀で斬り捨ててやる。 俺に斬り殺されるか、弾丸の雨の中を突っ切っていくか、好きな方を選べ」

 笑みさえ浮かべ、さあどうすると周囲を見回す。

「お、鬼だ……あの人は鬼だよ」
「ぶつくさ言ってんじゃねえ! てめぇら本気で斬られてぇようだな!」

 そこ動くな、と刀をふりかざした土方の足下から、転がるようにして逃れた幕兵の一人が、情けないようなやけくそのような声を上げて敵にむかって突入し始めた。
 一人が駆け出したのを見て、押しながされるように幕兵たちが敵陣へと突貫する。
 どの兵の顔も、恐怖にひきつっていた。

「……無茶させちゃって!」

  も幕兵たちの後に続いて飛び出した。
 勝てる勝負しかしたくないと思うのは人間の常だ。自分の命がかかっていればなおさらのこと。
 だが同時に、戦は気合い、心の持ちようである所も大きい。
 武器が劣っていても、ある程度までなら士気の高さで補える。
 逆に、数がどれだけ多く武器が良かろうと、気合いの入って無い烏合の衆では役に立たない。
 普通にやっていたら負ける戦を戦を勝ちに変えるには、恐怖を踏み越えてゆくしかない。
 そのことを土方も も、鳥羽伏見や甲府での戦いで思い知った。
 宇都宮攻めにあたって土方の指揮下に戻った島田が、少し離れた所から大声で呼び掛けてくる。

「土方さん!! あと少しで門が破れます!!」
「おう、頼んだぜ! 信用してるからな、島田ぁ!!」

 巻舌ぎみの江戸弁で威勢良く応えながら、土方は横合いから斬りかかってきた敵を一刀で斬り倒す。
 近くにいた はその血飛沫を浴びてしまうが、それを気にしている余裕はない。陣に踏み込まれながらも鉄砲を撃とうとする城兵のまっただなかに飛び込み次々と斬り付けた。
 五人の腕や胴をたちまち傷つけ戦闘力を奪い、銃を彼等の手元から蹴り飛ばした は、鉄砲玉の雨をくぐり抜けて陣に殴り込み、半ばやけで刀を振るう幕兵に向かって叫ぶ。

「距離を取らせるな、押せ、進め!!」

 土方も も、指揮官とその補佐の身でありながら前線に出て敵を斬りまくった。
 土方が、敵と味方、双方の血に濡れた刀を城門に向ける。

「怯んでる暇ぁねえぞ、城に籠ったネズミを追い立てる仕事がまだだ! 門を開ける連中を狙わせるな!」

 陣地を一つぶんどっても、息をつく暇もない。
 最前線では門を守る城の守備兵と味方の桑名藩兵が両者一歩も退かずの戦闘を繰り広げている。
 土方が指揮する隊も、桑名兵の援護に飛び込んだ。
 いよいよ門が危ない、となると、桑名兵や島田の隊に城内からの集中砲火が浴びせられる。
 前に展開した桑名藩兵と門を守る城兵が押し合いになり、桑名兵が徐々に門の位置から城兵を押し退けていく。
 島田の隊は大砲を持っているので、そうして隙が出来た所に門めがけて大砲をぶち込む。
 旧式砲なので狙いがつけにくく、何度も狙いを外して手前の地面や土塀を吹っ飛ばしてしまう。
 鉄の雨に撃たれても、桑名兵は一歩も退かず、門の前から引き剥がした城兵を戻らせまいと押しまくる。至近距離で鉄砲に狙われ、すぐ隣では斬り合いになり、僚友が倒れても、味方の血を浴びても怯む事なく攻め立てる。
 島田の隊も、一刻も早く門をこじ開けようと、こちらも鉄砲に狙われ鉄の雨に晒されながらも砲弾を放つ。
 そしてついに、砲弾がまともに城門に命中し、中の頑丈な閂が吹っ飛び立て付けが弛んだ。
「よし、丸太を出せ! 一気にぶち破るぞ! 銃砲隊、援護してくれ!」

 島田の声に応えて、兵が後ろに用意してあった丸太に幕兵が飛びつく。
 門を破るために、近場から切り出してきた木に縄をかけたものを数人がかりで抱え、勢いをつけて走って門にぶつける。
 半壊した門ならこれで一撃だ。
 敵兵が進路上に立ちはだかってくるが、勢いそのまま跳ね飛ばす。
 ドカン、というひときわ激しい破壊音のあと、勢いをつけてぶつけられた丸太に吹っ飛ばされた城門は片側が完全に吹っ飛んだ。 両開きのもう片方も斜に傾いている。

「やったか!」

 幕兵の雄叫びで城門が開いた事を知った土方は、間髪いれずに全軍城内へ突撃の命令を下す。
 一ケ所でも門を突破してしまえば、攻める側には一気に弾みがつく。
 宇都宮城攻めは城の三方を包囲して行っており、土方隊が門を突破したのとさほど間を置かずに、別方向を攻めていた隊もそれぞれ門を突破した。
 城内はたちまちにして、敵味方入り乱れての狂乱の渦に叩き込まれ、敵味方どちらのものともわからぬ銃砲の響きが間断なく耳を打ち、怒号と悲鳴が空気を切り裂く。
 宇都宮は敗色濃しと見るや、それまで自分たちが守っていた城に火を放った。
 火はたちまち燃え広がり、まだ各所で戦闘の続く城内を熱気に巻き込んでいく。
 火事になったと分かった時に側を離れた が駆け戻って来たのを見て、土方は軽く頷いた。

「土方さん、武器庫と食糧庫への延焼は食い止めた! 金庫は……場所がわからない、持ち出されたかもしれない」
「おう、御苦労」
「しかし派手に燃やしてくれちゃって! これじゃ、寝泊まりは無理ですね」
「城を落としておいて野宿になるたあ、俺も予想外だったよ」

 そこの所は少し参ったなと、先程まで大暴れしていた土方は溜め息をついて周囲を見渡した。
 燃えた場所から巻き上がった煤が汗ばんだ顔に付いて、二人の顔も薄黒く汚れている。

「さて、残った城兵を追い出さなきゃならないから、もう一働きしてきます」

 流石にちょっと疲れた、とぼやきながら肩をさする
 くるり、と背を向けた拍子に首の後ろで束ねた髪が揺れた。
 装束を洋装にあらためるときに、髪も男たちに倣って切ろうとした だったが、周囲が揃って止めたので長いまま残している。

「(ん? ありゃあ……)」

 束ねた髪の根元にかけた結い紐に、見覚えがあった。
 いつも彼女が使っている紐ではないそれは、どうやら刀の鞘に巻く下げ緒のようだ。

「おい、それは……」

 声を掛けたが、戦の喧噪にまぎれて聞こえなかったらしく、 はまだ剣撃が続いている一角に小走りに走っていってしまった。










◇◇◇◇◇











 夜。
 まだあちこちが燻る宇都宮城は、あちこちにかがり火が焚かれ戦勝の宴の真っ最中にあった。
 とはいえ、会津にむけて行軍中なので贅を尽くした宴というわけにはいかない。
 それでも城を攻め落とした兵士たちには酒、城の備蓄庫から接収した米や干魚が振る舞われた。
  は騒々しい宴の輪がある広場から離れて、自分の分の食べ物を確保して人のあまりいない石垣の前に陣取っていた。

「……こんな所にいやがったか。 探したぜ」
「土方さん」
「横いいだろ、あっちは騒がしすぎて辟易してんだ」

 仮にも戦地だってのに羽目を外しすぎだと土方はぶつくさ言いながら の横に腰を下ろした。

「大鳥さんも、城が落ちて嬉しいのはわかるけれどよ……」
「あんなに反対していたのにね。 土方さんは、自分の手で城を落として嬉しくないんですか」
「嬉しくねぇはずがねえだろ。 けどよ、はしゃぐのは時と場合によるって言ってんだ」

 今、新政府軍に奇襲をかけられたら、間違い無く壊滅する。

「それになあ、あっちにいると大袈裟に持ち上げられちまって居心地悪くてしかたねえんだ」

 あっちに座ってると尻がムズムズして仕方がねえから逃げだして来たようなもんだと言う土方に、 はとうとう小さく吹き出した。

「鉄砲玉でも逃げ出さない人がですか。 そいつはいい」
「茶化すな」
「私は見慣れてますが、あの人たちにしてみれば軍神のように見えたでしょうよ」
「鬼だの軍神だの、勝手にいろいろ言ってくれるぜ」

 実際、味方を斬ってまで退路を立ち、無茶な突撃を促した事さえも、『味方を背水の陣に追い込むことで士気を高めた』と賞賛されている。
 旧幕府軍全体を束ねる、総帥の大鳥からすると、将でありながら前線に立った土方の行動は愚策中の愚策であるらしい。
 けれど賞賛は主に実際に戦った末端の兵たちから出ているので、土方の行動を彼等の前で頭ごなしに貶す事もできずに、言いたい事も飲み込んで苦い顔をしていた。

「所で五条、そいつは何だ? 髪を束ねてるの、いつもの紐じゃねえだろう」
「ああ、これですか」

 どこかで見覚えがあるんだが、と首をかしげる土方の前で、 は背に流した髪の束を肩ごしに前に回した。
 そうすると結い紐が首の横あたりに来る。

「沖田さんの、刀の下げ緒です」
「な……」
「私だって驚きましたよ、荷物に入ってたんですから。 いつの間に、って考えてみたんですけれど、近藤さんの助命嘆願の合間、江戸を離れる前に会いに行った時だと思うんです」

 甲府から返ってきてあそこに居た時にはそんな形跡なかったから、あの時しか考えられない。
  は、溜め息をつきつつ下げ緒を撫でた。

「『連れていけ』って言われている気がしまして」

 最後に会ったあの日、沖田は洋装を着込んで元気なフリをしていたが、相当病が進んでいる事は見た目にも明らかだった。
 沖田も薫と戦った時の事は一切話さなかったし、 も沖田が気を失っている間に山南が枕元で話した事を口にはしなかったが、やはり、変若水を使う気はないようだった。
 近藤さんは元気にしているか、と心配そうに聞いてきたが、土方も も真実を沖田に教える事はできなかった。
 沖田の中で、近藤は常に皆を引っ張っていく新選組の局長であり、幼い頃から自分を導いてくれた親にも勝る存在だ。
 その彼が、自ら新政府軍に投降したなど、どうして言えようか。
 言ったが最後、沖田は躊躇わずに変若水を煽り、羅刹となっただろう。
 薫が言っていた事が本当なら、羅刹は好いた人の血ほど美味いと感じ、本能的に求める。
 変若水を飲んでしまったら、自分が敬愛する近藤の血を求めてしまうだろうことを恐れて、沖田は病が進んで遠からず死を免れない身となっても、羅刹になる道を選ぼうとはしなかった。

  は、薫が告げていったことを土方に知らせていない。
 山南・藤堂、山崎のたっての願いで、近藤と土方には言うなと口止めされたからだ。
 山南も薫の言っていたことは真実だと言う。
 羅刹は血に対する味覚があり、美味いか不味いかの判別もできる。
 京に居た頃、市中警備のついでに口にした浪士の血は、可もなく不可もない味だったと山南自身が言っていた。
 羅刹が好いた者の血ほど美味と感じ、本能的に求めるなどと知れば、羅刹の業の深さでさらに頭を悩ませてしまう事は必定。
 投降してしまった近藤がいつ帰るかもわからず、それでも新選組を背負っていかねばならずに神経をすり減らしている土方に、よけいな心配はかけたくなかった。

「つれてけ、か……。 お前はどこまで付いて来る気だ?」
「何を言ってるんですか。 人手不足でコキ使う気満々なくせに、妙な仏心出したって滑稽なだけですよ」
「可愛くねえ事言いやがる」

 実際、新選組の人手不足は深刻な問題だ。
 京以来の同志はすでに数えるほどだし、新規募集した隊士たちは訓練や心得が浸透していない。
 かつて十人いた小隊長も、残っているのは会津に先行している斎藤のみ。
 部隊指揮の取れる者は貴重だし、土方にしてみれば多忙な自分の補佐ができる人間も側に置いておきたい。
  は土方の複雑な想いを見抜いてか、

「こうなったら腐れ縁です。 行きつく所まで一緒に行きますからね。 大体、たった一人の身内も独立した今、故郷に何が残っているわけでも、待つ人が居るわけでもないんですから」

 一抜けたなんかしたら、その後の人生、新選組の事が気になって気になって普通に生きていけそうにないとぼやく の横顔を、土方はどこか安堵した様子で見つめていた。
 その視線に気付いた は、思わず状態を土方から反らす。

「なに見て……っていうか、何て目をしてるんですか」
「お前が男の葛藤ってもんをさっぱりわかっていねえからな。 ここは突き放すなり、お前のほうから去っていくようにしむけるべきなのに……どこまでも腹据わってやがる」

 逃げた所で道などない、前を向いても道などない。
 ならば、切り開くしかない。
 それを心から理解している目だった。
 なので土方も、己の内にかかえたものを吐き出す気になった。

「近頃俺はどうかしてるんだよ。 新選組に縛られてきたお前に、自由になって欲しい、女の幸せを見つけてこの先の未来を生きて欲しいって願うのと同じくらい、このまま俺たちの行く場所へどこまでも一緒に行ってもらいてえって願ってる」

 背中を石垣に預けて、土方は空を見上げた。
 開放的な夏の夜空に、火事の後でまだそこかしこで燻る煙りが薄く流れていく。

「いい加減、刀と鉄砲弾の届かない所へ行かせて、新選組の事も忘れて、誰か良い男を見つけてそいつと一緒になって、子供こさえて末は幸せなバアさんになって欲しいだなんてよ。 散々アテにしておいて、男も足が竦むような戦場に引っぱりだしておいて、何都合の良い夢見てるんだこの甲斐性無しはってよォ……」

 そんなこと考えていたのかと、今度は が土方が想像もしていなかった顔をしてしまった。
 戦埃が落としきれずに薄汚れた顔の中で、きょとんと大きく見開かれた目がその驚きの大きさを示している。
 片手に握り飯を持ったままというのが、さらに呆けっぷりを強調していた。

「どうした、俺ぁ何かおかしな事でも言ったか?」
「ええ、思いっきり」

 明日雨、いや槍が降りますかねと は天を仰いだ。
 握り飯を一旦包みの上に置いて、

「土方さん、甲府に行く前の事を覚えてますか。 ほら、多摩の夕暮れを見せてくれた時の事です」
「ああ」
「本当に嬉しかったんですよ、あの時。 あなたがずっと大事にしていたものを分けてもらった気がして。 私なんかが一緒に見て良いものなのかって思いましたけれど、同時にこの人の見る景色をこの先も一緒に見てみたいって思ったんです」

 あれは土方にとって特別な景色だった。
 子供の頃は意識すらしていなかったが、故郷を離れて歳を経るにつれて、忘れ難く懐かしく、そして愛おしさが募る光景。
 宝箱の中に綺麗な色の石を大事にしまっておくような、他愛も無い感傷だとしても、同じものを に見せてやりたいと、いつしか思うようになっていた。

「それが、天の高みでも、地獄の底でも。 私がそうしたいと思って新選組やあなたに付いていくんですから、何も思い悩む必要なんてありません。まして私の未来なんて」
「けどよ。 このまま俺たちと一緒に来たら、女の幸せ完全に逃すぞ? どう転んでもこの先落ち着いた暮らしをさせてやれそうにねえ」
「だから、それが余計な気遣いなんですよ」

 私は落ち着いた暮らしを望んでいる訳でも、世間で言う所の女の幸せを求めて居る訳でもない、ときっぱり言った。

「流されている訳でも、いやいや進んでいるわけでもない。 私が選んだ道を歩いているんです。 土方さんが気を回す必要なんてないんですよ」
「けれど、それは」
「ああ」

  は土方の視線に気付き、自分の髪を纏めている下げ緒に手をやった。
 総司の奴が余計な重荷を押し付けやがった、そう思っている顔をしている土方に、これは『ついで』であって、あの人も重荷を押し付けた気なんてないだろうと断言した。

「……あ、もしかしたら、沖田さんに頼まれたから仕方なく付いてきてるって思ったりしてました?」

  の眉がぴくんと跳ね上がるのを見て、土方は慌てて否定した。
 ただ沖田は、心を許してもいない相手に、一緒に行きたいだの、後を頼むだの、そんな我がままを言う性分ではない。
  に下げ緒を託したのも、沢山の意味を込めての事なのだろう。
 それだけ に心を許していた、信頼を寄せていたという印が、彼女の髪に揺れている。

「土方さん、ここに来る道中も零してたじゃないですか。 新選組は近藤さんと土方さん、二人のものなんだから、独りで支えるのは重すぎる、って」
「……忘れろよ、そんなグチ」
「グチでも何でも言って下さい。 土方さんの行く場所で、同じ景色を見る事をこれからも許してくれるなら、それくらいは役に立たせて下さい」
「……」
「近藤さんの代わりにはなれなくても、多少の荷物を持つくらいはできます。 ほら、こんなになっても付いてきてあなたを見放さない人だっているんですよ」

  は指に絡めた下げ緒を揺らした。

「信じていたもの、頼っていたものを無くして道に迷ったならば、自分でもう一度見つけだすしかないんです。 どんなに道が暗かろうと、手探りであろうと、自分の身体や心が納得する道は、他の誰かには決して見つけられないんですから」

 土方は の瞳の色の深さに、ハッと息を飲んだ。
  もまた、道に迷っている最中なのだ。
 自らが守るべきものを失い、初めて自らの為に生きる事を問われている。
 自分で言った事を、誰よりも実感しているに違いない。

「他人から見て、不幸に見えようが馬鹿らしく見えようが、自分が納得できる事に向かっていけるのなら、どんなに手探りでも茨道でも、かならず一筋の道になる……そう、思いますよ」

 髪と下げ緒に指を絡め、星明かりに縁取られた の横顔に、土方は暫し見蕩れていた。
 埃と煤で汚れていても、今までに知るこの女のどんな表情よりも、美しかったから。








 落城の翌・四月二十日。
 宇都宮の南・壬生に新政府軍が集結しているとの知らせが入り、これを散らすべく旧幕府軍は出陣した。
 一度は行軍で疲弊している新政府軍の隙を突き、壬生まで攻め込んだものの、新政府軍の兵員が予想以上の速度で次々増し、ずらりと並べた最新式の銃砲で逆にいいように狙い撃たれる羽目になり、旧幕府軍は宇都宮へと撤退した。
 その後宇都宮城で開かれた軍議では、諸隊が宇都宮城を捨ててなるべく無傷のまま会津へ入るべきだという論と、宇都宮を前線基地として戦うべきだという論でまっぷたつに分かれ、喧々囂々の言い合いになった。
 結局は、新政府軍がこれ以上大きく膨れ上がる前にすぐ後ろの今市・日光まで退く事に決まったのだが、軍議に時間をかけたのがいけなかった。
 四月二十三日。
 新政府軍は、旧幕府軍が負傷者や物資の搬送を行っている最中に追撃をかけてきたのだ。
 旧幕府軍は負傷者や物資の搬送を急がせたが、彼等を無事に行かせるためには誰かが盾になる必要がある。
 戦える者たちは、自分たちで攻めてぼろぼろにした宇都宮城を盾に戦わねばならない羽目に陥った。
 城の四方を諸隊で固めて抗戦するも、新政府軍の銃砲の火力と、次々増員される戦力に押されていく。
 土方も第一大隊とともに城の西側を守ったが、攻め込んできた薩摩兵は尻に火のついた牛のような勢いで突撃を繰り返し、旧幕府軍が浴びせかける銃弾をものともせずに柵や堀をこえて肉迫してきた。

「頭下げろっ!!」

 パンパン、と軽く響く音に反射的に身体を伏せざま、 は隣に居た兵の頭を掴んで地面に引き倒していた。
 かなり乱暴だったにも関わらず文句が出なかったのは、盾にしていた畳を鉛玉が何発か貫通していったからだ。立ったままなら身体に穴があいていた。
 限界まで身体を伏せたまま、 はちらりと畳盾の影から敵影を望む。

「くそ、まだ三町(約310メートル)は距離があるってのに……」

 薩摩・長州の主力武器は、土方が宇都宮戦の時に、射程の長い化け物銃と評したミニエー銃だ。
 これだけ距離が開くと、こちらの銃はろくに当たらない。
 闇さえあれば鉄砲などものの役にはたたないのですぐにでも敵陣に斬り込んでやれるのだが、今はまだ午前中、闇など当分望めない。
 相手もそれを分かっているから、ここぞとばかりに撃ちかけてくる。
 顔のすぐ横で、地面にあたった銃弾がビシリと跳ねて土を散らし、跳ねた石に頬を強かに打たれて は顔を顰めた。
 陣営の中の兵は、地面を這いながら の指さした土累のほうへと移動する。こちらも大分撃たれまくっているが、畳盾のように簡単に貫通はしない。
 旧幕府軍の中には、誇り高き侍が地面を這いつくばって逃げねばならない屈辱に目に涙を浮かべる者もいる。
 薩長の持つ銃を武士道にそぐわぬ卑怯の武器と誹るが、逆に銃の前に刀がどれだけ無力か自分で再確認するようなものだ。

「慌てるな、限界まで引き付けりゃあ斬り込める。 あちらさんだってこちらを落とすには遠くから鉄砲ばかり撃ってるだけじゃ駄目って分かってるんだ、嫌でも近付かなきゃならねえ」

 土方も一兵卒と同じように、地面に這いつくばり頭を下げた格好を取っている。

「今は我慢比べだ。 城を落とした時みてえな突撃しちゃあ勝てねえ敵だぞ、皆、鎮まれ」

 伏せた格好のまま、土方は刀を握りしめている。

「あと少し我慢すりゃあ、好きなだけ芋侍どもを斬らせてやる。 逃げるなよ、辛抱しろ」

 華麗な軍装を、秀麗な面を土と煤まみれにして敵を睨み、味方を鼓舞する新選組副長の姿に、周囲の兵は何も言えなくなる。
 昔ながらの武者なら、鉄砲ごとき卑怯者の武器恐るるに足らずと何度も突撃を命じる局面だ。
 城攻めの時は無謀かと思える突撃を命じた人がだが、意味のない突撃は命じない。
 指揮官が無謀な突撃をさせないと分かると、兵たちも踏み止まる気概が出て来たようだ。
 隣の者が覚悟を決めてしまうと、同じように腹が据わるのか、ごくりと唾を飲み込んでガチガチに固まりながらも必死に身体を伏せ、頭上を飛んでいく銃弾をやり過ごそうとする。

「……敵さん、大砲は持って来てないみたいで。 よっぽど急いで来たんでしょうかね?」
 
 鉄砲では撃ちくずせない土累陣地でも、大砲なら吹っ飛ばせる。
 なのに弾が飛んでこないのをいぶかしみ、 は首を傾げていた。

「結構な事じゃねえか。それとも俺らを豆鉄砲だけで片付けられると鷹くくってきたのかもしれねえな。 だとしたらその考えが甘いってことを思い知って貰わなけりゃな」

  の隣まで来て、土方は、

「五条、引き付けたら先陣任せる。 派手にやって来い」

 お前が派手にやれば、後が続くとぼそりと呟く。
 言ってることが昨夜と矛盾していることを本人も分かっているのか、表情はちょっと複雑だ。 だが、戦において有効な手駒は叶う限り有効に使わなければ勝機は掴めない。
 土方個人としての私情と指揮官としての戦略、相反する心情が手に取るように分かってしまったので、 は何も言わずに頷くだけに止めた。
 新政府軍との彼我の距離、一町(約100メートル)。
 ミニエー銃の命中精度は、この距離ならば何と九割近く。 威力も凄まじく、小さな弾丸でも、まともに当たれば骨も砕ける。
 空気を裂いて飛来する弾丸がピシリ、ピシリと鋭い音を立てて地面で跳ねるのを青ざめた顔色で横目に見つつ、皆が土方の号令を待った。
 鳥羽伏見の時は、弾丸の雨に阻まれてあと半町の距離が進めずに撤退を強いられた経験がある。
 土方は、慎重に、慎重に敵兵との距離を測った。 背後では味方の銃兵が弾の装填を終えて待機している。
 旧幕府軍の使う銃でも、引き付ければ命中精度はそれなりに上がる。彼等が一斉射撃をしかけたその直後、敵兵の動きが硬直するだろう僅かな隙しか、斬り込める好機はない。

「まだ、まだだ。 耐えろよ」

 あと半町、敵兵、さらに進むこと二十歩。
 こちらがあまり銃を撃たない事で、戦意喪失と見て相手も斬り込みを仕掛けようとしているらしい。
 敵兵の半数が銃を下ろし、刀の柄に手をかけたその瞬間を、土方は見のがさなかった。

「斉射!!」

 よく響く、張りのある声が命じると同時に、銃兵が土累の上にサッと銃を固定し、一斉に引き金を引いた。
 かん高く小気味良い音と、むわりと広がる硝煙の匂い。
 敵兵の悲鳴が聞こえるよりも早く は抜刀し、ならんだ銃兵の脇をすりぬけ、ヒラリと土累の上に舞い上がるやそのまま猛禽が獲物を狙うような速度で駆けてずらりと並んだ新政府軍の正面に斬り込んだ。
 味方の放った銃弾に驚いて動きを止めた一人を、目にも止まらぬ速度で切っ先にかける。
 切り上げから横凪ぎに繋ぎ、たちまち二人目の胴体からも血飛沫が上がり、口から絶叫がほとばしった。
 土方、すかさず土累の上に上がり、叫ぶ。

「斬り込み、続けぇ!!」

 愛刀・兼定をぴたりと敵陣に向けるや、自らも の後を追って敵に襲い掛かる。
 今まで銃弾の雨の中、地面に這いつくばり頭を上げる事もできなかった旧幕府兵たちは、その鬱憤を晴らすかのように閧の声を上げて白刃を抜きつれ、我先にと突撃した。
 味方陣地から敵陣後方を狙った援護射撃が飛び、銃を使える距離を取らせまいと畳み掛ける。

「し、新選組だ!!」

 早くも三人目の兵を斬り殺した の袖に翻る袖章を見て、新政府軍の兵の中から悲鳴じみた声が上がった。
 四人目が破れかぶれに銃底で打ちかかって来るのを、振り上げた腕の隙間からひと突きに心臓を突いて仕留めながら、 はこんな場にも関わらず苦笑してしまった。
 京の頃に売れた名は、こんな所でも有効らしい。
 だが新政府軍の兵には、その笑みがことさら無気味に見えたようで、得体のしれない恐怖に押されて上ずった声があちこちで上がった。
  が四人目を突き離した頃には、後続の斬り込み人員が追い付いてきて、白刃を振り上げて突入してきた。
 たちまち血煙が上がり、敵味方入り乱れての大乱戦に陥る。
 こうなってしまうと、銃撃よりも斬り込みが本職という者が多いだけに、旧幕府軍は強い。 新政府軍の下仕官の装備は白刃を阻むものもない軽装のため、それこそ斬り放題だ。

「思い知れ、芋侍が!!」
「恥知らずの変節漢どもめ!!」

 この場の新政府軍は、薩摩の兵だ。
 あちらこちらで、恨みの籠った罵声が聞こえる。新政府軍に江戸の地を追われた恥辱を晴らさんとするばかりではない。
 幕府に従う姿勢を見せながら裏では長州・土佐と手を組み土壇場で裏切った薩摩のやりかたを憎む者は多い。
 なますに斬っても飽き足らぬ思いが旧幕府兵の振るう刀をより苛烈なものとしていた。
 だが、この場の指揮官は土方が思っていたよりも有能だった。
 混乱激しい最前線を切り捨て、まだ腰がひけていない最後方の銃兵を素早く横合いに移動させて至近距離から発砲させた。
 人数にして二十名足らずの銃撃だったが、恨み骨髄で斬り込みに集中している旧幕府兵にとっては急に横っ面を叩かれたような一撃となった。

「ぐっ!」

 その一発が、運悪く土方の足を撃ち抜いた。

「副長っ!!」

 がくりと身体が崩れた土方の様子に、近くにいた新選組隊士が悲鳴を上げた。
 横手からまたも銃弾が飛び、何人かが身体を跳ねさせて倒れる。
 隊士はとっさに土方の盾になり、がばりと彼の頭を抱え込んで庇った。その肩に銃弾がかすり、鮮血が飛び散った。

「俺に構うな! 行け、斬り崩せ!」

 かばってくれた隊士を押しやり、土方は指揮と切り込みを続けようとする。だが土方の足下にはどんどん血だまりが広がる。
 傷は本人が思っているよりも深いはずだ。 このまま動けなくなって狙い撃たれ続ければ、土方は蜂の巣になってしまう。
 背後に異常を感じていたが、 は戻れない。
 先頭にいる自分がとって返せば狙われるだけでなく、敵によけいな立ち直りの隙を与えてしまう。そうでなくても敵指揮官に手痛い一撃を食らわされたばかりだ。
 敵兵の頭ごしに見える後方の様子では、早くもまた十数名が体勢をたてなおして銃を構えているではないか。今は味方の背中があるから打てないだけで、あれをまた別方向に動かされたら致命的だ。
 その時だ。
 敵兵のさらに向こう、旗を押し立てて向かってくる部隊がある。
 すわ、敵の援軍かと思ったが、旗を確認して は大声をあげる。味方を鼓舞し、敵の士気をくじくために。

「後ろに味方の援兵だ!! 挟み撃ちだぞ、押せ、押しまくれェ!!」

 どんどん近付いて来る旗が見えたのか、味方が勇ましい雄叫びを上げた。無防備な横から打ち込まれる鉄砲玉をものともせずに刀を振り上げる。
 逆に慌てたのは新政府軍だ。 いかに有利な鉄砲を持っていても、斬り込みで陣型を崩された上に挟み撃ちにされては流石に勝ち目はない。
 新政府軍側の指揮官は引き際に際しても優秀だった。
 退却合図のラッパを吹き鳴らすや、たちまちまだ無事な者をまとめて退却してしまった。
 犠牲が大きくなるので、負傷者を回収するような事はしない。負傷のせいで逃げ遅れた新政府側の兵は、助かりそうな怪我であっても容赦なく斬り殺された。
 だとしても戦場においては、捕虜として人道に外れた扱いをしたり、怪我を放置して苦しんで死なせるよりはよほど恩情のある措置だ。

「呆れた逃げ足の早さだ」

 損害を最低限に押えるためとはいえ、負傷者を見捨ててスタコラ逃げた新政府軍に、 は少し感心してしまう。
 周囲の旧幕府兵たちは、勝利の鬨の声を上げて斬り捨てた薩摩人の血を踏み付けていた。
 勝利に酔う彼等の間をすり抜けて、 は後方に引き返す。

「土方さん!!」
「馬鹿、大袈裟に、さわぐな……」

 土方は数人の新選組隊士に守られ、地面に膝をついた格好で顔に脂汗を浮かべていた。
 彼の足下にたまった出血の量から、本人に任せておいて良い傷ではないと判断した は、すぐさま土方を城の中まで下がらせるように指示した。
 この戦場には島田も出ていたので、隊士のひとりに頼んで彼を探してきてもらうと、事情を話して城内に連れ帰ってくれと頼んだ。

「何を大袈裟な事言ってやがるんだ。 走れはしなくても指揮はとれるだろうが」

 俺が戦場を離れてどうするんだ、と土方は駄々を捏ねたが、島田は の味方をした。

「あんまりぎゃあぎゃあ言うようなら、戸板に縛り付けて日光に搬送して下さい!」
「了解しました。 ですが、城に下がるのはあんたもですよ。 撃たれてるじゃないですか」
「え?」

 斬り込みに夢中で気付かなかったが、 の軍装にも血が滲んでいる。
 腕の甲が大きく裂けて血が滲み、さらに肩の後ろにも大きな出血がある。
 どちらもまともに当たった訳ではなく、擦っただけのようだが、浅くとも範囲は大きい。縫い合わせるか、包帯できつく押さえたほうが良い傷だった。
 今気付いた、という様子で自分の身体を見回す に、島田は言う。

「ちょうど良い、手当てのついでに副長が無茶をしないように見張ってて下さい」
「おい、島田……」
「二人ともあまり我がままを言うようなら、担いで持っていきますよ?」

 すでに自分一人の身体ではないこと、わかっているのかと隊士たちと島田に並んで睨まれ、土方も も白旗を上げて降伏するしかなかった。





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