◇◇◇◇◇
「ここまで来れば大丈夫だろう」
「ああ、やれやれ……流石に疲れたぜ」
江戸直前の宿場が見える所まで強行軍を続けて、ようやく後ろを振返る余裕が出来た原田、永倉、
の三人は疲労困ぱいの身を道の端に投げ出すようにして座り込んだ。
先日からの雪が残る地面はところどころでぬかるんでいるが、それを気にしてはいられなかった。
「
……大丈夫か?」
顔を上げる余裕もなく、へたりこんでしまった
を気づかい、原田は脇からそっと声をかけた。
体力的な事なら、食べて寝れば回復する。
だが、ここの所
には精神的な打撃が立続けに襲い掛かっている。
多少の事でへこたれるような根性の持ち主ではないとわかってはいるが、どんなに強固な縄でも柱でも、傷が重なれば脆くなる。
小さな傷が重なるうちに、思いもよらない事で取り返しのつかない事になるかもしれない。
「……大丈夫」
「……なら、いいけどよ……」
短く答える
の表情はうつむいたままなので見えないが、声音からだけでもとうてい大丈夫とは思えない状態なのが分かる。
それは永倉も感じたようで、これは取りあえず体だけでも休ませないといけないと、無言で原田と目を見合せた。
「なあ
ちゃん。 それってもしかして、総司の脇差しだろ?」
「え? ええ……日野で別れる時に預かったんです、これを返しに来るまでは死ぬなって」
永倉の問いに、
はうつむいたまま腰にさした脇差しを撫でた。
「そうか……よっし、じゃあ取りあえずどこかでメシ食って一眠りして、そいつを総司に返しにいこうぜ」
「そりゃあいいな、戦の行方が気になってるだろうしな」
原田も永倉の提案に同意する。
はのろのろと顔を上げて、それはどうかと反論した。
「これ以上ないくらいの負け戦の報告なんて、病状を悪化させそうで」
「このまま蚊帳の外のほうが、あいつにとっちゃ酷い仕打ちになるだろうよ。 それに、脇差しを持ち逃げなんかしてみろ、恨まれるぞ」
確かに自分の脇差しもあちらに預けてあるからおあいこ、という訳にはいかないだろう。
黙ってしまった
の背を、永倉がドンと叩く。
「考えるのは後だ、後! 食って寝て、それからだ! 頑張って宿場まで行くぞ」
近藤の事や、援軍を呼びに行ったまま行き違いになってしまった土方の事も心配だが、甲州の戦場から逃れる事の出来た者たちが、これから続々と集まってくるだろう。
新選組がやられっぱなしで済ますはずがない、また忙しくなるのは目に見えている。
ならば今のうちに休み、できることはしておいたほうが良い。
「わかり、ました」
は、ふらりと立ち上がる。
強行軍を続けてきた足腰の感覚は、ほぼ、ない。
雲の上を歩いているような頼り無い足取りだが、一応の目的を見い出した事で何とか前に進む事ができそうだった。
気になることは沢山ある。
新型羅刹や、江戸で動いている弟の事、千鶴や鬼たち、危機を察して追い掛けてきた不知火と、あの場に残った薫……。
近藤と斎藤の安否、援軍を呼びに行ったまま戻らない土方。
これからどうなるのか、どうするべきなのか、まったく先が見えない。
それでも生きて戻らなければならない理由がある。待つ人がいる。
あの戦場で命を断っていればいっそ楽だったろう。
自分も随分弱気な事を考えるようになったものだと、
は我知らず苦笑する。
もろもろの不安から逃れようとした自分を戒めてくれた沖田の脇差しをそっと撫でて、
は永倉と原田の背をおいかけ歩いた。
前へ / 薄桜鬼・トップに戻る / 次へ