◇◇◇◇◇
火の粉が飛び、家屋の火が竜の舌さながらに踊り狂う伏見市街を走り抜け、羅刹隊の向かった龍雲寺砲台陣地へ。
敵兵を避けながら迂回したために大分時間を食ってしまっている。
寺の周囲の木立の闇に飛び込んでやっと一息つき、市街地を振り返れば燃え盛る伏見の町が、闇色の布地に炎で輝く模様を描いたかのような様相を呈していた。
伏見奉行所もすでに炎に飲まれてしまっている。
この様子を見れば羅刹隊も山南の判断で戦場を離脱しているかもしれないが、万が一ということもある。
すでに龍雲寺からの砲声は止まり、時折鉄砲を撃つ乾いた音だけが聞こえるが、あれも威嚇射撃のように思えた。
「(血の、におい)」
夜風に混じって、生々しい血の匂いが流れてきた。 風の強さと距離からして、龍雲寺からのものではない。
もっと近くで戦闘があったに違いないと、匂いの元を辿る。
すると、さほど歩かないうちにその正体に行き当たった。
「……羅刹隊?」
地面に倒れていたのは、何と羅刹隊。
多少敵兵もまざっているようだが、様子から察するにここで敵一団との遭遇戦になったはいいが、戦闘の物音で場所が割れ、味方ごと巻き込むような形で銃弾を浴びせかけられた……そんな様子だった。
銀色の髪をした死体に近付き、そっと身をかがめる。
木々の間から差し込む星明かりだけでは確認しづらいが、どうやら銃弾が致命傷のようだ。
「(……おかしい)」
羅刹は、鉛玉の数発では死なない。 頭か心臓に直撃でもしない限り、人間のように簡単に倒れたりしない。
だからこそ、山南はこちらを数の少ない羅刹隊のみで引き受けたはずだ。
だがこの羅刹は、明らかに違う。
心臓、頭以外の場所に銃弾を浴び、なおかつ傷が塞がっていない。着物は先程まで流れ出ていただろう血で染まり、冬の寒さに凍り付きかけている。
倒れている羅刹の数から見るに、ほぼ総崩れ状態だ。
ここで一体何があったのかと身を強ばらせている
の後ろで、小さな足音がした。
「……味方か?」
「藤堂さ……いや、平助君」
平素のようにそう呼ぶ声で
た来たのだと知った藤堂は、身をよせていた木陰からそっと半身を出すと、そこは危ないからこっちへ来いと手招きした。
戦場となった場所から少し離れた、闇の一層濃い場所で、数人の羅刹隊士が冷たい地面に倒れて呻いている。
山南がそこで加減を見ていたが、横顔の表情からしてどうも思わしくないようだった。
「五条君ですか?」
「はい。 新選組本隊からの伝令で来ました」
すでに伏見における幕府軍主力・会津・桑名の藩兵は壊滅、僅かな生き残りは本陣である淀城に向かって移動を始めていること。
新選組もまた、永倉たちの隊が敵本陣への斬り込みに失敗し退却、伏見奉行所もまた敵の砲撃に陥落し、火事と敵兵の包囲で退くに退けなくなる前に脱出し、淀城へ向かった事を伝える。
「羅刹隊も、この龍雲寺砲陣地の攻略は諦め、淀城にて合流をはかってほしいとの事です」
「わかりました」
山南の事だ、土方の采配に嫌味のひとつも言われるかと思った
は、意外そうに目を丸くした。
「大口を叩いて出てきておいて情けないですが、我ら羅刹隊もすでにここを奪い取るだけの力を失っています。 本隊も撤退したとなれば、ここは夜があけるまえに少しでも淀城に近付いておくのが得策でしょう」
我々の失態よりも永倉君たちが失敗した事のほうが驚きですと、山南は肩を落とした。
それに、本隊に合流し急ぎ伝えなければならない事があるという。
「五条君、申し訳ありませんが血を少し分けていただけませんか」
「……え?」
藤堂が止めろと言いかけたが、山南は手早く先程の戦場の惨状が何をもってああなったのか説明した。
敵方は羅刹の回復力を封じる手段を使ってきたと聞かされて、
はそんな馬鹿なと思わず零していた。
山南は懐に手を入れて、何かを取り出す。
僅かな星明かりに煌めくそれは、小さな銀色の粒……良く見ると、銀色の銃弾だった。
「銀の弾丸です。 私もはじめて知った事ですが、羅刹の回復力は銀で傷つけられると発揮できないようなのです。 ここにいる数人は運良く傷が浅く、体に残った弾丸を抉り出す事ができましたが」
傷は一向に塞がる様子もありません、と山南は表情を厳しくした。
肉に食い込んだ銃弾をえぐり出すなど大変な苦痛を伴う。 だがそうしなければ彼等もまた死体になっていただろう。
「彼等はこのままでは歩けませんし、かついで行くにも手が足りません。 ですが羅刹は幸いにして血を口にすれば多少なりとも体力が回復します。 同じ羅刹の血を飲んでもあまり効き目がないですし、体温が残るほど温かい血のほうが効きが良いのです。 ですから、すみませんが」
「わかりました」
の決断は早い。
どのみち自分の足で歩いてくれない限りこの戦場から離脱は無理だ。
死んでしまった者はもう置き去りにするしかないが、彼等はまだ何とかなる。
近くの常緑樹から葉っぱを数枚失敬し、傷をつけても剣を振るうのにあまり難のない左腕の内側に素早く自分の脇差しの刃を当て滑らせて、半寸ほどの傷を作る。
木の葉を軽く曲げて猪口がわりに血を受け止め、それを山南と藤堂に手伝ってもらって負傷した羅刹隊士の口に含ませた。
少量だったが、それなりに効果はあったようで、山南が倒れていた者たちに現状を説明し戦場を離脱することを告げると羅刹隊士たちはそれぞれ立ち上がる。
山南が先頭に立ち、移動が始まった。
と藤堂は負傷者の背後を守る形で殿につく。
「
、これ」
隣を一緒に歩く藤堂の手から差し出された手ぬぐいに、
は思わず首を傾げた。
「傷、押さえておけよ」
「大丈夫だよ、ほんの小さな傷だし」
「小さくたって女の肌の傷なんだぞ、気をつかいすぎってことはないだろう」
藤堂に袖を引っ張られて足を止められ、手当てをしろと言う藤堂の真剣な眼差しに負け、
は観念して袖を捲りあげた。
ほんの浅い、僅かな切り傷。
それを見た藤堂は、まるで肉の飛び散った銃創でも見たような顔になりつつ、二つ折りにした手ぬぐいを強めに巻き付け、止血帯とした。
「……ありがとう」
「おう」
少し隊から離れた二人は、急ぎ足で後をおいかける。
藤堂にしてみれば複雑な心境だった。
生き残った羅刹たちに歩く力を取り戻させるために必要な処置だったとしても、それを言い出したした山南にも、躊躇いもなく血を差し出した
にも、どちらにも心が痛むものを感じる。
「頼むから、あんまり無茶すんなよ」
心配そうな藤堂の言葉に、
は曖昧な笑みで答えるしかなかった。
前へ / 薄桜鬼・トップに戻る / 次へ