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戦況は幕府軍にとって不利、いや圧倒的に分が悪かった。
人数が遥かに少ない薩長連合軍だったが、軍隊としての練度は並でなく、また装備している銃砲の火力も半端ではない。
大砲・鉄砲の射程は恐ろしく長く、命中率も良い上に、鉄砲に至っては連発の利く最新式だ。
装備も幕府軍の戦国武将さながらの重装備に比べて、洋装で統一した薩長軍は身軽で、幕軍が銃撃の合間に切り掛かろうとしても素早く撤退し、また刀の届かない離れた位置から銃撃を仕掛けて来る。
重装歩兵が主力の幕府軍は、追い縋る間にも次々と銃弾に貫かれ倒れてゆく。
新選組の陣取る伏見奉行所にも、隣の高台にある龍雲寺の薩摩軍陣地と、本陣・御香宮からひっきりなしに砲弾が飛んで来て、建物を破壊し地面を抉る。
伏見市街にも次々と砲弾が着弾し、建物にも火がつく。
大砲がただの鉄の玉を飛ばしてくるだけなら被害はさほどではないのだが、中に火薬を詰め込む炸裂弾、火で赤々と熱してある焼弾も打ち込まれてくるからたまらない。
炸裂弾は周囲に破片が飛び散って被害を拡大させ、焼弾は破壊力が強いだけでなく火花をまき散らし、水をかけた程度では簡単に熱は取れない。燃えやすいものの上にでも落ちたら即・火事だ。
「火を消すんだ! 水がなければ砂でも土でも被せろ!」
屯所に残った幹部として指揮を取る井上の声が響く。 屯所固めとして残った五・六番隊の隊士だけでは手が足りず、屯所に残った少年たちも必死に駆け回り火を消し止めて回っている。
陽が落ちた時に火事になっていれば、高台にある敵陣から奉行所の場所がまるわかりになってしまうだけでなく、炎に照らし出される格好でこちらの行動もいちいち筒抜けになってしまうだろう。
「龍雲寺からの砲撃がやまないな……皆、たどり着けなかったか」
本陣までは距離もあり敵兵の配置も厚い。 せめて高台から好き放題に打ち込まれる状況だけでも止め、ついでに大砲ぶんどって来てくれようと出ていった土方率いる主力は、まだ戻ってこないばかりか砲撃も止まない。
この時間になっても駄目だということは、失敗したし被害も相当出たなと、井上を手伝っている
は彼と同じ方向を見上げる。
「うわっ、また焼弾か!」
「あちらさんも、陽が落ちる前に火事にする気満々だね」
ほどなくして焼弾が着弾し、建物のどこかにぶつかったらしく雷が至近距離に落ちたような激しい炸裂音が響いた。
耳を劈く音にも慣れてしまい、顔をしかめるよりも早く
を含め数人が手に持った桶やら土の入った袋やらを持って音のした方向へ駆け出す。
その時、見張り櫓の上に居た隊士が出撃していた土方たちが戻ってきたと大声で知らせてくれた。
それと同時に、薩摩兵らしき一団が彼等を戻らせまいと進路に向かっていることも。
さらには、伏見奉行所の門前にも薩摩兵が移動してきている。
どちらも出撃隊の帰還を阻み、門前を占拠するつもりらしい。
「五番隊、屯所門前に来ようとしてる一隊をたたっ斬りに行くぞ! 副長たちの帰還を邪魔させるな」
を戦闘に、五番隊十数名が屯所の門を飛び出した。
五番隊はかつて武田が率いていた隊だが、今は武田が死に隊長不在となり、普段は井上が六番隊と一緒に率いているのだがここでは
が預かる事となった。
正面から行ったのでは相手は銃を持っているので近付く前に蜂の巣にされてしまう。五番隊は薩摩兵の進路の脇の民家の影に入り待ち伏せ、近付いてきた所を横合いから一気に切り掛かった。
接近戦に持ち込めば新選組のほうが圧倒的に強い。
薩長の兵は皆銃撃戦を前提としての軽装なので、近付いてしまえば斬り放題だ。
率いる五番隊はたちまちにして自分たちの倍以上の人数を斬り伏せ撤退させ、そのまま今頃帰還を阻んでいる隊と接触しているだろう出撃部隊への援護に回った。
駆け付けた時、伏見奉行所に続く道を塞ぐ形で土方を戦闘とした出撃部隊と、数十名の薩摩兵が交戦状態に入っていた。
「副長! 無事ですか!」
「五条!?」
薩摩兵を挟み撃ちにする形で出撃部隊と合流した五番隊は、銃を使わせてなるものかと薩摩兵の背後から切り掛かる。
新選組の出撃部隊は負傷者も多く、出撃した時よりも随分数も減っている。
実質斬りあいができそうなのは今居る半数にも満たないボロボロの状態だ。
「負傷者を先に行かせろ! 奉行所は無事なんだろうな!」
「何とか雨風しのげる程度には!」
土方の声に、
も大声で答える。
実際は屋根は砲弾で穴だらけ、庭はボコボコ、随分風通しがよくなり冬場の暮らしには向かなくなっているのだが。
無事な隊士達に守られるようにして後ろについていたけが人と、彼等を庇う数名が薩摩兵の脇をすりぬけて奉行所に戻ろうとする。
もちろんそんな動きを許すかとばかりに薩摩兵が彼等を阻み死体に変えようとするが、五番組が背後からそれを阻み行かせない。
怪我人たちは次々脇をすり抜けて奉行所に達し、まだ動ける出撃組と合流した五番組も薩摩兵に鉄砲を使う暇を与えず押し包んで斬り伏せ、後をおいかけた。
中にいた井上が門を開けて皆を引き入れ、全員が入った所で急ぎ門を閉めて頑丈な閂をかける。
その直後、またも焼弾が飛んで来て物置きのある辺りに落ちたが、出撃した者たちにしてみれば自分たちの拠点の門の中に入れたという安堵のほうが大きい。何とか戻ってこれたと、門の中に入ったとたんにへたり込んでしまった者たちもいた。
土方をはじめ幹部たちは、散々砲弾を打ち込まれた奉行所の惨状に低いうめきを漏らしたが、命からがら戻って来た隊士たちに、まとめて砲弾に吹っ飛ばされないように、闇が降りてむこうの狙いがつかなくなるまで分散して身を隠していろと指示した。
「……おかえり、トシさん」
「すまねえ、源さん。 土産は、なしだ」
本当なら大砲の一台でもブン取ってきたかったが、龍雲寺陣地に近付く事すらままならなかったという。
「広間の屋根はまだ無事だから、そっちへ入ってくれ。 隊士の諸君も、それぞれ屋根のある所を探して休んでいるといい」
幹部たちも、隊士たちの前ではまだ立っていられたが広間に入るなりそれぞれ床に転がったり壁を背に座り込んだりと疲労困憊の様子を隠せなくなった。
小姓たちがぱたぱたと足音をさせながらやってくる。
は広間の障子を開けて顔を出し、彼等に『何か飲むものと盥や鍋に水、あと手ぬぐい持ってきて』と指示を出した。
本当なら湯で血や泥、煤にまみれた顔だけでも拭わせてやりたいのだが、大きな火を焚いていられる状態ではない。
冬場の冷たい水でこびりついたものを拭うのは辛かろうが、酷い戦場から戻ってきた男たちからはそれを気にするだけの余裕は失せていた。
それでも土方は男たちを見回し、きっぱりと言った。
「闇を待つ。 あの砲撃を止めさせなきゃ勝ち目はねぇ」
高台からこちらの本陣にも突撃隊にも好き放題打ち込まれ、刀をふりかざして斬り込む前に薙ぎ倒される。
ともに斬り込んでいった会津兵たちも重装備で坂をかけあがるのをいい的にされ、次々と鉄砲の餌食になる。
勇猛な会津兵が味方の死体を乗りこえて突撃を敢行しようとしても、薩摩の使っている銃は元込め式で連発が利くので、その暇すら与えてくれない。
だが、鉄砲も大砲も照準を付けるのは人間だ。
ならば闇がおりれば周囲は見えなくなる。鉄砲の命中率も落ちる。そこに賭けるしかない。
負傷兵の数が多く、龍雲寺と御香宮に分散させることはできない。 なので森に囲まれ少数の兵なら身をひそめて接近しやすい龍雲寺陣地のほうは、羅刹隊に任せる事になった。
彼等であれば銃弾の一発や二発では倒れないし、夜間ともなればそれぞれが普通の人間の数倍もの力を発揮する。
出陣を乞われた山南は、得たりと頷いて穏やかな表情の中、目だけに底冷えのする狂気じみた光を宿らせる。
「薩長の者たちが夜が来るごとに我ら羅刹隊の恐怖に怯えるよう、心胆寒からしめてやりましょう」
「じゃあ、突撃のほうは俺に任せてもらおうかい」
敵陣にまっ先に突っ込む突撃隊の先頭は、永倉が志願した。 彼は、病が重く大坂で療養中の沖田に代わり一番組もあわせて率いている。
さらに土方は指示を出し、一番〜四番隊を突撃隊、五、六、番隊を屯所の守り、七〜十番隊を銃や敵陣脇からの挑発攻撃など突撃隊援護に回した。
やがて闇が降りて、銃声も砲撃も一旦止む。
「動ける者を集めろ、打って出る!」
めちゃくちゃになった庭に集まった隊士たちに、闇に乗じて敵陣まで辿りつければこちらに利がある、斬って斬って斬りまくれと激を飛ばす土方。
未だ士気衰えぬ新選組の面々は、意気揚々と奉行所から出陣していった。
「では、私たちも行って参ります。 五条君、源さんと一緒に留守を頼みますよ」
「銃や大砲ぶん取って来るとかしなくていいですから、無事に帰って来て下さいよ」
裏口から出陣する山南たち羅刹隊を見送る
はそう声をかけると、それが冗談に聞こえたのか、山南は小さく声を立てて笑い、腰の刀の柄をポンと叩いた。
「大丈夫、我々を何だと思っているんですか? 不死身の羅刹ですよ」
「……行ってらっしゃい」
闇にするりと溶け込むように消えていく羅刹隊十数名の背を見送り、
は不安の混じったため息を零した。
……何か嫌な予感がする。
予感はするが、守備を任されたからにはきっちり働かなくては。 出撃していった者たちの戻る場所を無くしてしまう訳にはいかないのだから。
奉行所内には身動きが取れない負傷者もいる。彼等だって守らなければならない。
まずは消火用の水や土を用意するべく、
は奉行所の中に取って返した。
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