羅刹女 ---21---


 御陵衛士による、新選組局長・近藤勇の暗殺計画。
 これを野放しにしておくわけにはいかないと、新選組は伊東暗殺と御陵衛士の殲滅作戦を決行する事にした。
 袂を分かつことになったとはいえ、かつては同志であった者たちを罠にかけるような汚い作戦に、千鶴は望んで付いて行った。これが、御陵衛士として伊東についていった藤堂を引き戻す最後の機会になるからと。
 伊東の死体を餌に御陵衛士を誘き寄せ、殲滅させる実行部隊は原田と永倉が率いる。
 千鶴も、彼等がついていればめったな事はないだろう。

 近藤と土方は、伊東の接待。
 ここで強かに酔わせて、千鳥足にして抵抗できない所を確実に斬る。
  は伊東に気に入れられていた事もあり、連れていったほうがより油断を誘えるのではないかと近藤が言ったが、 自身がそれを辞退した。

「女だとばらされてまだ新選組から出ていかない人間がのこのこ出ていったりしたら、何の仕返しに来たのかって逆に警戒されちゃいそうで。 屯所で大人しくしてます」

  のその言い分に、そういうこともあるかという事で接待には予定通り、近藤と土方が当たり、 は帰隊した斎藤や他の幹部たちとともに屯所に残り万が一に備える事にした。
 常は幹部たちの小姓として働く の居室は、幹部隊士の個室が並ぶ場所の一画にある。

「伊東さんも、悪い人じゃあなかったんだけどね……」

  は火鉢の前に座りながら、今日命を終えるだろう伊東の事を思い返す。
 癖は思いっきり強いが、何だかんだ言って頭の良い人だったし、論も巧みだった。 そりゃあ多少空気が読めなかったり、なよなよした部分があったが慣れてしまえばそれも味に変わる、妙な印象を持った人だった。
 新選組などに入らず、最初から自分で一つの組織を興していればそれなりの勢力を持ち、もしかしたら新選組とも並んで戦う事もあったかもしれない。
 そこまで考えて、 は自分が伊東をすっかり過去の人として考えてしまっている事に苦笑した。
 それは裏をかえせば、新選組の面々が伊東を討ちもらす事などないと信頼しきっているともいえた。

「最初は殺すだの殺さないだの、そんな話をしてた気がするんだけどね……信じてる、か……」

 弟を探して都に来たはいいが、頼る者も手がかりもなく正直手づまりになりかけていた所で、新選組の『見てはいけない裏事情』に関わってしまい、半ば強制的のような形で留め置かれる事となった。
 そんな状況だったから、取引きをしたとはいえいつ命を取られてもおかしくないような状況だったし、何かあったら何人か道連れにしてでも彼等の思うままにはさせてやるまいと覚悟までしたものだ。
 だが新選組は態度こそアレだったがどこまでも誠実で、約束した事をきちんと守ってくれた。
  自身も、約束を守り、自分たちの信念をかけて戦う彼等の背中を見るうちにだんだんと新選組に抱く印象は変わってきた。

 約束がある以上、使えるなら手駒として使ってもらって構わない。 またむこうも使う事を躊躇わない、そういう関係だったはずだ。
 それが、いつからだろう、互いを頼りにし、信頼するようになっていったのは。
 いや、一方通行の信頼だとしても一向に構わないと思っている自分がいる。
 すでに、あちらが自分を道具として使い捨てる気であっても頼りにしてしまっているし、ここを離れがたく思うのだから末期だ。

 似たような立場にいた千鶴もまた、彼等に信頼を寄せている。
 新選組の変若水づくりにかかわった雪村綱道氏、彼を探すための手がかりとして置かれ、必要がなくなればいつ処分されてもおかしくなかった彼女もまた、ともに過ごした時間の中で新選組に対する見方を変えていっていることにも気付いていた。
 今夜も、敵味方入り交じって乱戦になる危険の濃い戦場に……そしてかつての同志を罠にかけて殺すという非情な現場にも躊躇わずについていった。
 原田や永倉に限ってと思うが、万が一を考えない訳ではなかった。 敵や味方の位置が目まぐるしく入れ代わるような乱戦の戦場はそれほど危険なのだから。
 それだけに、信頼なくして、心を寄せずしてできる事ではない。
 
 けれど、伊東についていった面々も、同じように伊東に心を寄せ、信頼し、そうしてともに歩む道を選んだのだろう。
 そう思と、今回の事は少しだけ心が痛んだ。
 火箸で炭を動かしながら、今夜確実に死ぬだろう人の事を思いだしていると、まるで経でも上げているようだ。
 物思いに耽っている最中、廊下に足音がした。
 夜らしからぬ慌てた様子に、何か起こったかと傍らの刀を引き寄せた。

「五条君、広間に集合してくれ。 どうやら緊急事態のようだ」

 その声に応え、 はすぐに広間へ向かった。
 広間に集まった者は少ない。 今夜の仕事のために多くが出払っているのと、通常の夜間巡察もあるからだ。
 伊東暗殺の現場に、何かあった時の連絡役として出向いていた監察の山崎が、随分と慌てた様子で事を告げる。
 伊東の暗殺そのものはうまくいった、だが、その死体を囮に油小路に御陵衛士を誘き寄せた所へ、何と薩摩藩の介入があったというのだ。
 新選組と御陵衛士双方を包囲する形での包囲だが、永倉、原田と彼等の率いる精鋭たちなら姑くは持ちこたえてくれるだろうと山崎は説明するが、いくら新選組が修羅場慣れしているとはいえ状況は厳しいに違いない。

「早急に援軍を送らなければいけないね。 私と島田君と……」

 私も行ける、と も井上の視線に無言のうちに答えた。

 その時、外で戸板を破るような大きな音がすると同時に、廊下が騒がしくなり島田が顔に激しい焦りを見せ駆け込んできた。

「大変です! 鬼が襲撃してきました!」

 誰もがこんな時に!と思った。
 襲撃してきたのは例の3人組かという井上の問いに、島田は刀を持った細面の男ひとりだけだと言う。

「刀……風間千景か……!」

 また厄介なのが、と呻く山崎、そしてみな一斉に外へと飛び出す。
 そこは、澄んだ冬の空気ではなくまとわりつくような血の匂いと骸の群れが広がっていた。

「これ、羅刹隊じゃないか? ……ほとんどが三太刀以内に仕留められてる。 羅刹を倒すなんて良くも悪くも普通じゃない」
「しかも、これを風間がひとりでやったと……?」

 倒れているのは一人や二人ではない。
  が、新選組にやってきた頃に言われた事を言えば、山崎もまた目の前の骸を見てもまだ信じがたい、そういった様子で零す。

「羅刹隊ということは、迎撃に出たのは山南さんか……彼はどこに?」
「あちらです!」

 井上と島田を戦闘に、激しい剣戟の音がする方向へ向かう。
 そこでは、山南と残り僅かな羅刹がかろうじて踏み止まっているにすぎないという、一方的な戦いの様相を呈していた。
 羅刹が斬り掛かっても、風間はいかにも面倒臭いといった風に攻撃を捌き、もしくは捌きもせずに一刀両断にする。
 その様子さえ、大根斬ってんじゃないんだぞ、と突っ込みを入れたくなるくらいの無造作ぶりだ。
 剣の腕においては、羅刹隊でただひとり山南だけが食い下がっているけれど、それでも相手にすらなっていない。

 何だかんだで、新選組幹部たちの剣の腕は半端ではない。
 山南の腕も、その半端ではない連中が手こずるから相手にしたくないと言うくらいには立つのに、風間はそれさえも子供の相手をするかのようにあしらっている。

「……っていうか、あれだけ袖にされてまだ来るのか!」

 いっそ見上げた根性だと は奥歯を鳴らし、刀の柄を痛いほどに握りしめる。
 千鶴がこちらにいなかったのが不幸中の幸いだ。

「五条君、下がりなさい。 鬼どもはあんたも狙っていることを忘れちゃいけないよ」

 大きな手が、刀を握りしめた右手の上に重なる。
 そのあたたかさにハッと冷静さを取り戻した は、横に立つ井上の表情を見上げた。

「あんたを直接狙っている不知火という鬼の姿は見えないようだが、どこかに隠れているかもしれない。 庇われるなどあんたの性分ではないかもしれないが、今は下がっていなさい」
「井上さん、でも……」
「いいから。 この人手不足の時に、あんたという戦力を鬼どもに引き抜かれたのではたまらんのだよ」

 人間相手の切り合い襲撃なら、逆に私が下がって楽させてもらうんだけどねと笑う井上の表情を見てしまっては、何も言えなくなる。

「……皆さん、ご武運を」

 ひと呼吸のあいだうつむいた は、それだけ言うと屯所の中へと駆け戻る。
 その背中に、風間が意味深な笑みを投げかけた事に、男たちの誰も気付かなかった。





 屯所の中に駆け戻った は、沖田の部屋のほうへと向かった。
 前々から体調の良くなかった沖田は、風が冷たくなるにつれて悪くなっているようで、今夜の仕事についても土方が屯所待機の命を下したくらいだ。
 新選組を手酷く裏切り、一度は盟主と仰いだ近藤の命を暗殺という卑劣な行為を仕掛けてきた伊東を、誰の手にも任せず自分の手で斬りたかっただろうに。
 昼間平気そうな顔こそしていたがその実は調子は悪いらしく、先ほどの集合の時も井上が気づかって寝ていた所を起こさなかったくらいだ。
 ならば自分も、沖田の休息の邪魔をしないように少し離れた位置で様子を見るかと、幹部隊士の部屋がある一画に向かう手前、中庭におりる事のできる廊下の所に位置取った。
 ここから前のほうから斬り込まれても狭い室内で刀を振り回すような事にならないよう、庭に誘い出す事もできるし、奥で何か起こってもすぐに駆け付ける事ができる。

 外の激しい戦いの気配は続いている。ここまで緊迫した空気が流れてくるようだ。
  が庭からではすぐに見えない場所に立ち位置を取りながら警戒を続けていると、突然入り口のほうで大きな物音がした。
 次いで、複数の足音。
 来たか、 は月光と建物の間に出来た影に潜み、刀の鯉口を切る。
 闇に慣れた目に見えたのは、常とは違う金属質の光沢を放つ頭髪の人影が、数人。
 つま先を引きずりながらふらふらと歩くその様は、剣術を覚えた者の体捌きではない。
 羅刹隊の暴走が始まり、止められなかった分がこちらに流れてきたと判断した は、ここから一歩も行かせないとばかりに構えを低くし、迎え撃つ。
 羅刹は四体、つばぜり合いになれば純粋な力はあちらが上、動きを止められればこちらがやられる。
 すでに刀を抜いていながらも構えもせずにふらふらと歩いて来るなら先手必勝、 は駆け出すと一番前にいる一体に向かい問答無用の突きを放つ。
 羅刹を倒すには、心臓か首の骨を一撃で壊すか、頭を粉々にしてしまうことはすでに知っていたから容赦はしない。

 先頭のひとりはそれであっさりと倒れた。
 狭い廊下の事なので一旦間合いを取り、 は後ろに飛び退るが、羅刹たちは完全に暴走しているわけではないのか、仲間の屍を踏み越えて来る。

「なぁるほど、正気を失うにしても段階があるってことか」

 最近酷いと評判の夜の巡察の後は挽肉同然の死体が見つかる事が多いというが、まだこいつらはそこまでするほど狂っているわけではないらしい。
 目の前で生きて動いているものと自分たちに刀を向けるものをまず排除しようとする意志のほうが勝っている。
 完全に暴走でもしていられたら厄介だったが、これなら沖田の元に辿りつかせる前に片付けられる、そう思った時。

「……何ひとりで楽しい事してんのさ?」
「……っ! 馬鹿、出てくるな!」

 沖田が刀を持っておぼつかない足取りでこちらに出てくるではないか。
 いくら本人が戦えると言い張っても、その体はすでに剣を持って戦える状態ではないことくらい、誰の目にも明らかだった。
 けれど沖田の目は爛々と光を放ち、鞘の上から刀を握る手は痛いくらいに握りしめられている。

「酷いなあ、君まで僕をみそっかす扱いするんだ? 新選組一番組組長を?」
「そういう訳じゃ……」

 切り掛かってきた羅刹を、行かせるかとばかりに正面上段から打ち込み頭をカチ割る。
 硬いような柔らかいような嫌な手ごたえに顔を顰める間も惜しいとばかりに刀を引き抜き、沖田を背に庇う形で は廊下の中央に立った。

「あーあ、減っちゃった。 ねえ、庭に出てやろうよ。 それと僕に片方分けて」
「ああああああ、あんたって人はぁあああ!」

 ……何となく、近藤や土方の苦労が分かる気がした。
 冗談か本気か分からん笑顔で爽やかに言うな、そうでなくても喉に悪い冷たい空気の中出てくんな、大人しく火鉢でも抱いて番茶でも飲んでろ! とかなんとか、言いたい事があるのだがこの修羅場ではそれどころではない。

「……これは私のです! 人のお膳に手を出すのは食事どきだけにして!!」
ちゃんのケチ」
「何とでもおっしゃい!」

 千鶴の涙と近藤の困り果てた顔、土方の角と井上の落ち込んだ様子のほうが羅刹よりも鬼よりも恐いと本心から思っている は、三人目と切り結ぼうと前に出る。
 その時だ。
 庭のほうから、何かがひょいと投げ付けられた。
 そちらへの注意が薄くなっていたた は横合いから来たそれを避ける事が出来ず、肩のあたりにぶつかる。
 卵大のずいぶん脆いものだったらしく、ぶつかるなり割れて中から何か煙に近いような細かな粉が飛び散った。
 赤茶けたような色で、鉄錆と妙な生臭さと、さらに数種類の薬を混ぜ合わせたような奇妙な匂いがする。
 それが幽かな夜風に乗って空気中に広がったとたん、 の目の前の羅刹の様子が一変した。

  にぶつかったものの正体に気付いたのは、沖田のほうだ。
 千鶴が血に狂った羅刹に襲撃された日、警戒を強めて裏に回ったあの夜、羅刹隊士と話をしているその時に投げ込まれた奇妙なもの。
 血に狂う事がなけれ普通に話ができる羅刹が、その匂いを嗅いだとたんに発狂して襲い掛かってきた。

ちゃん――!」

 叫びよりも早く、沖田は床を蹴り距離を詰め、 の襟首を掴むなり片腕の力だけで庭へ投げ飛ばす。
 自分の体のどこにこれだけの力が残っていたのかと自嘲する間も惜しい、その動作と同時にもう片手で鯉口を切っておいた刀は、次の瞬間には完全に狂った羅刹の突進を正面抜き打ちで斬り付け、半ば居合いとなったその斬撃は羅刹が刀をふりかざした両手ごと首を斬り飛ばしていた。
 一方沖田に庭に投げ飛ばされた も、そのまま地面に叩き付けられるような事はなかった。
 大きな庭石の影にいた人影がさっと飛び出し、 が体を打ち付ける前に抱きとめたからだ。
 斜になった体勢から見上げたその顔は、自分によく似たそれで。

「姉ちゃん、大丈夫っ!?」
!?」

 驚愕に目を見開く。
 一体どこから入り込んだのか。

「――ごめん!」

 言うやいなや、 は懐から布を取り出し の顔の下半分を被うようにして押し付ける。
 思わず吸い込んでしまったむせ返るような強く甘い芳香を感じたとたん、急激にぐらりと目の前の景色が歪み、腹の奥から込み上げるような気分の悪さが来ると同時に視界が幕が閉ざされるように暗転してゆく。

「沖田さ――」

 手を伸ばす。
 強制的に閉じられていく視界の中、沖田が最後の羅刹を斬り伏せる。
 彼がひゅうと大きく呼吸をした所で、 は頭の奥に痛みを感じそのまま意識を失ってしまった。










◇◇◇◇◇









「え! 嘘っ、ここ屯所!? あ、いたたたたたっ……」

 意識を取り戻した時、 は屯所の自室に寝かされていた。 側には山崎が居て看病をしてくれていたらしく、急に起きるなと諌められてしまった。
 布団にうつ伏せになる格好で、酷い頭痛と胃のむかつきを感じているために手で頭や腹を押さえる の頭上に、山崎の冷静な声が降って来る。

「風間の撤退後、屯所の被害状況を確認するために俺が中に入ったら、庭の所に出る前の廊下で羅刹4体が倒れていた。 さらに庭には沖田さんとあんたが、そしてあんたに良く似た男も倒れていた」
「え……!?」

 どう見ても全員尋常でない様子、特に沖田は放っておいてよい状態ではなかった。
 すぐに松本医師を呼びに走り、診察してもらったが……沖田は大立ち回りのせいでさらに消耗し、起きあがることもままならない状況で床についているという。

「…………何てことだ」
「あんたのせいではない」

 あそこで不覚を取るような真似をしなければ、と敷き布団を引きちぎらんばかりに握りしめる
 山崎はそう言うが、油断があったこと、弱っている沖田を前に立たせてしまったことはくつがえせない事実なのだから。

「あんたも……ほぼ丸一日眠っていた。 松本先生曰く、薬で眠らされたようだから呼吸や体温に変化がない限りまずは安静にさせておけとのことで、寝かせておいた」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「薬は、蘭方医療で麻酔薬として使われる事がある『クロロホルム』という珍しい薬らしい。 珍しくはあるが蘭方医療に関わる者なら持っていてもおかしくはない、との事だった」
「そうだ! 弟が……」

 あの場にいつからいたのか分からないが、あれが何かやらかしたことは確かなのだ。
 山崎は苦笑し、先程から幹部一同が取り調べをしていると教えてくれた。

「様子を見てきたが、すごかったぞ。 副長や永倉組長、原田組長の威圧にもびくともしない。 首筋に刃をあてられても動じない。 あの人たちを手こずらせるとは相当のものだ」

 肚が据わっている、と山崎はうっすらと笑った。
  は片手で頭を押さえながらゆっくりと布団の上に起き上がる。

「……沖田さんがやったんですかね?」
「状況からするとそう判断できる。 彼の体には多少の打撲とタンコブの他は外傷はなかった。 あの沖田さんが侵入者を斬ったりせずに峰打ちで気絶させるに留めたというだけでも驚きだ」
「……」

 あの愚弟、と の口からは呪詛のような呟きが漏れていた。
 現状、沖田は絶対安静、松本医師が暫く付き添ってくれているという。
 そんな状況で詫びを言いにいっても、松本に追い返されてしまうだろう。『病人の枕元に辛気くさい面を持ってくるな』とか何とか怒鳴られそうだ。

「油小路のほう、どうなりました……?」
「鬼と薩摩の面々を撤退せしめ、御陵衛士の半数を倒す事に成功した。 だが……藤堂さんが鬼に手酷い傷を負わされた。 誰の目から見ても致命傷、そう長くはもたないが屯所にかつぎ込まれた時にはまだ息があった」

 ということは、あれから丸一日というなら今頃もう棺桶の手配も済んだ頃か……と目を伏せる
 だが続く山崎の言葉は、驚愕すべき事実だった。
 自分が意識を失っている間に、そんなことになっていようとはと愕然としてしまう。

「藤堂さんは変若水を飲み、羅刹となった。 表向きは死んだことになっているから、そこは君も承知しておいてほしい」
「……」

 淡々と告げられた事実を飲み込むのには、数回の深呼吸を要した。
 説得でこれからも新選組に居てくれることになったのはいいが、羅刹としてという事になるとは。
 重たい石でも飲み込んだように胃のあたりを押さえる を気づかい、山崎が肩にそっと着流しをかけてやる。

「君も薬が抜けるまでは部屋で安静にしていろ。 吐き気や頭痛があるのなら何かしらよくない影響も出ているのだろう」

 後で胃を暖める湯たんぽを作って薬湯をもって来てやるから、と山崎は の横に回り背を撫でる。

「……お言葉に甘えて、もう姑くは大人しくしています。 愚弟のほうは皆に任せて大丈夫ですかね?」
「ああ、多分殺しはしないだろう」
「充分です。 あいつ変若水の研究してたとかだし千鶴ちゃんのお父さんの手がかりでもあるんでしょうし……軽く締め上げちゃって下さい」

 良くも悪くも、やはり は並ではない。
 普通、弟が人斬り集団に首ねっこ押えられているとなればもっとうろたえ取り乱し、命ばかりはと泣いて縋りついてきそうなものだ。
 しかも新選組においての『軽く』がどの程度のものなのか、 だったら知っているだろうに。

「了解した。 では俺はその事を副長たちに伝えてこよう」
「すみませんが、お願いします」

 苦笑しきりの山崎が障子を閉めて出ていくと同時に、 は布団に転がった。
 正直頭痛はまだ消えないし、軽いだるさも残っている。
 手足に残る妙な痺れ、これはゆっくりと消えて行く種類のものだろうが、何にせよ今は大人しくしていたほうが良い体調のようだ。
 大人しく布団にくるまっていると、ややあって山崎が戻ってきたが、手にしている盆には先程言ったように薬湯と口直しのちいさな飴がいくつか乗せられていた。

「あ、薄荷とニッキ」
「少しからいかもしれんが、むかつきにも効くし頭がスッとするだろう?」

 この香り両方とも好きと妙に上機嫌な は、胃を暖める効果があるという薬湯を飲み干したあと薄荷飴を一つ口に放り込む。
 部屋の火鉢の上にある鉄瓶の湯で湯たんぽを作っていた山崎は、手元を動かしながらさっき見てきた庭先の様子を教えてやった。

「……まあ池田屋の時の枡屋のようにはならんだろう」
「あれは凄かったみたいですねぇ、私は現場を見たわけじゃあないけれど、土蔵から裏まで聞こえてきたもの」

 五寸釘に百匁蝋燭がどうのこうのとか、聞こえてきた悲鳴に『うわぁ』、と思いつつ側にいた千鶴の耳を塞いでいたのも新選組で過ごした良い思い出だ。

「さあ、出来たぞ」
「ありがとう」

 布に包んだ湯たんぽを胃の上に乗せて、コロリと横になる。
 腹に内と外からじわじわと温かさが染みて来るのは何とも心地よいもので、抜けきらない薬の作用とは別口で手足が重くなり、心地よい具合に目蓋が下がってくる。

「山崎さん」
「何だ?」
「すみませんが、土方さんたちにもう一つ伝えて下さい。 やっぱり私が叩く分、少しだけ残しておいて下さいって」
「ああ、伝えておこう」

  の体の上に布団をかけ、さらにさきほど肩にかけた着流しも重ねてやる。
 うとうとし始めた の邪魔をせぬよう、山崎は足音をさせないように枕元をはなれた。




 前へ / 薄桜鬼・トップに戻る / 次へ