◇◇◇◇◇
「え! 嘘っ、ここ屯所!? あ、いたたたたたっ……」
意識を取り戻した時、
は屯所の自室に寝かされていた。 側には山崎が居て看病をしてくれていたらしく、急に起きるなと諌められてしまった。
布団にうつ伏せになる格好で、酷い頭痛と胃のむかつきを感じているために手で頭や腹を押さえる
の頭上に、山崎の冷静な声が降って来る。
「風間の撤退後、屯所の被害状況を確認するために俺が中に入ったら、庭の所に出る前の廊下で羅刹4体が倒れていた。 さらに庭には沖田さんとあんたが、そしてあんたに良く似た男も倒れていた」
「え……!?」
どう見ても全員尋常でない様子、特に沖田は放っておいてよい状態ではなかった。
すぐに松本医師を呼びに走り、診察してもらったが……沖田は大立ち回りのせいでさらに消耗し、起きあがることもままならない状況で床についているという。
「…………何てことだ」
「あんたのせいではない」
あそこで不覚を取るような真似をしなければ、と敷き布団を引きちぎらんばかりに握りしめる
。
山崎はそう言うが、油断があったこと、弱っている沖田を前に立たせてしまったことはくつがえせない事実なのだから。
「あんたも……ほぼ丸一日眠っていた。 松本先生曰く、薬で眠らされたようだから呼吸や体温に変化がない限りまずは安静にさせておけとのことで、寝かせておいた」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「薬は、蘭方医療で麻酔薬として使われる事がある『クロロホルム』という珍しい薬らしい。 珍しくはあるが蘭方医療に関わる者なら持っていてもおかしくはない、との事だった」
「そうだ! 弟が……」
あの場にいつからいたのか分からないが、あれが何かやらかしたことは確かなのだ。
山崎は苦笑し、先程から幹部一同が取り調べをしていると教えてくれた。
「様子を見てきたが、すごかったぞ。 副長や永倉組長、原田組長の威圧にもびくともしない。 首筋に刃をあてられても動じない。 あの人たちを手こずらせるとは相当のものだ」
肚が据わっている、と山崎はうっすらと笑った。
は片手で頭を押さえながらゆっくりと布団の上に起き上がる。
「……沖田さんがやったんですかね?」
「状況からするとそう判断できる。 彼の体には多少の打撲とタンコブの他は外傷はなかった。 あの沖田さんが侵入者を斬ったりせずに峰打ちで気絶させるに留めたというだけでも驚きだ」
「……」
あの愚弟、と
の口からは呪詛のような呟きが漏れていた。
現状、沖田は絶対安静、松本医師が暫く付き添ってくれているという。
そんな状況で詫びを言いにいっても、松本に追い返されてしまうだろう。『病人の枕元に辛気くさい面を持ってくるな』とか何とか怒鳴られそうだ。
「油小路のほう、どうなりました……?」
「鬼と薩摩の面々を撤退せしめ、御陵衛士の半数を倒す事に成功した。 だが……藤堂さんが鬼に手酷い傷を負わされた。 誰の目から見ても致命傷、そう長くはもたないが屯所にかつぎ込まれた時にはまだ息があった」
ということは、あれから丸一日というなら今頃もう棺桶の手配も済んだ頃か……と目を伏せる
。
だが続く山崎の言葉は、驚愕すべき事実だった。
自分が意識を失っている間に、そんなことになっていようとはと愕然としてしまう。
「藤堂さんは変若水を飲み、羅刹となった。 表向きは死んだことになっているから、そこは君も承知しておいてほしい」
「……」
淡々と告げられた事実を飲み込むのには、数回の深呼吸を要した。
説得でこれからも新選組に居てくれることになったのはいいが、羅刹としてという事になるとは。
重たい石でも飲み込んだように胃のあたりを押さえる
を気づかい、山崎が肩にそっと着流しをかけてやる。
「君も薬が抜けるまでは部屋で安静にしていろ。 吐き気や頭痛があるのなら何かしらよくない影響も出ているのだろう」
後で胃を暖める湯たんぽを作って薬湯をもって来てやるから、と山崎は
の横に回り背を撫でる。
「……お言葉に甘えて、もう姑くは大人しくしています。 愚弟のほうは皆に任せて大丈夫ですかね?」
「ああ、多分殺しはしないだろう」
「充分です。 あいつ変若水の研究してたとかだし千鶴ちゃんのお父さんの手がかりでもあるんでしょうし……軽く締め上げちゃって下さい」
良くも悪くも、やはり
は並ではない。
普通、弟が人斬り集団に首ねっこ押えられているとなればもっとうろたえ取り乱し、命ばかりはと泣いて縋りついてきそうなものだ。
しかも新選組においての『軽く』がどの程度のものなのか、
だったら知っているだろうに。
「了解した。 では俺はその事を副長たちに伝えてこよう」
「すみませんが、お願いします」
苦笑しきりの山崎が障子を閉めて出ていくと同時に、
は布団に転がった。
正直頭痛はまだ消えないし、軽いだるさも残っている。
手足に残る妙な痺れ、これはゆっくりと消えて行く種類のものだろうが、何にせよ今は大人しくしていたほうが良い体調のようだ。
大人しく布団にくるまっていると、ややあって山崎が戻ってきたが、手にしている盆には先程言ったように薬湯と口直しのちいさな飴がいくつか乗せられていた。
「あ、薄荷とニッキ」
「少しからいかもしれんが、むかつきにも効くし頭がスッとするだろう?」
この香り両方とも好きと妙に上機嫌な
は、胃を暖める効果があるという薬湯を飲み干したあと薄荷飴を一つ口に放り込む。
部屋の火鉢の上にある鉄瓶の湯で湯たんぽを作っていた山崎は、手元を動かしながらさっき見てきた庭先の様子を教えてやった。
「……まあ池田屋の時の枡屋のようにはならんだろう」
「あれは凄かったみたいですねぇ、私は現場を見たわけじゃあないけれど、土蔵から裏まで聞こえてきたもの」
五寸釘に百匁蝋燭がどうのこうのとか、聞こえてきた悲鳴に『うわぁ』、と思いつつ側にいた千鶴の耳を塞いでいたのも新選組で過ごした良い思い出だ。
「さあ、出来たぞ」
「ありがとう」
布に包んだ湯たんぽを胃の上に乗せて、コロリと横になる。
腹に内と外からじわじわと温かさが染みて来るのは何とも心地よいもので、抜けきらない薬の作用とは別口で手足が重くなり、心地よい具合に目蓋が下がってくる。
「山崎さん」
「何だ?」
「すみませんが、土方さんたちにもう一つ伝えて下さい。 やっぱり私が叩く分、少しだけ残しておいて下さいって」
「ああ、伝えておこう」
の体の上に布団をかけ、さらにさきほど肩にかけた着流しも重ねてやる。
うとうとし始めた
の邪魔をせぬよう、山崎は足音をさせないように枕元をはなれた。
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