羅刹女 ---18---


 揉めはしたが、千鶴の身柄はこれまで通り新選組預かりとなった。
 千鶴の意志を尊重したいと言うお千の言葉に偽りはなく、それでも何かあったら自分を頼ってくれて構わないと言い残して、君菊とともに屯所を去っていった。
 さて、一悶着あったが寝るかと皆が部屋に戻った直後、表がにわかに騒がしくなった。
 鋼と鋼のぶつかる音と怒号が聞こえ、袴の帯を解きかけていた も刀を持って千鶴の部屋へと駆け出した。

「千鶴ちゃん!」

  が部屋に飛び込むと、そこには千鶴の姿はなく、柱の根元に崩れるようにして監察・島田の巨体が倒れているだけだった。
  は島田の元に駆け寄ると、容態を確かめる。
 揺すっても頬を叩いても意識が戻らないが、呼吸はしっかりとしている。
 ならばひとまずは大丈夫だろうと、体を安定した形に寝かせてから、今だ騒ぎが続いている庭へと飛び出した。
 あそこに千鶴がおらず、島田が倒れている。
 彼の体を横にするときに気付いたが、畳に土がついていた。まるで外履で上がり込んだ時のように。
 綺麗好きの千鶴がそのようなことをするとは思えない、ならば、侵入者があり、島田を昏倒させ千鶴を連れていったと考えるのが妥当だ。
 そうなると、今続いてる騒ぎは千鶴を連れて行った誰かが、追っ手をかけてもおいつけない距離に逃げるまでの時間稼ぎとしか考えられない。

「局長、副長! あの子はここにはいない、こいつらただの時間稼ぎだ!」

 言いざまに刀を抜き放ち、鬼たちを包囲する幹部の輪の中に加わる。
 風間と不知火、彼等は幹部たちに囲まれながらも余裕の笑みを崩していなかった。

「それが分かった所でどうする……? 容易く追っ手をかけさせてやる事を許すと思うか?」

 嘲りに満ちた風間の声、構えた剣先も誘っているかのように僅かにゆらめいている。
 その挑発には乗らず、土方がすぐに指示を飛ばした。

「山崎、五条! お前等が行け!」
「御意」
「承知!」

 躊躇う事もせずに、山崎と が動こうとするが、闇夜を劈く轟音とともに の足下の土が弾けた。
 不知火の構えた銃から白い煙がたなびいている。

「素通りは無いだろ、姉さんよ」
「ちっ……」

  は山崎と一度だけ目をあわせると、自分は不知火のほうを向き直る。
 山崎は心得たとばかりに、すぐに闇の中へと姿を消した。
  を行かせるのが困難だと判断した幹部たちは、すぐに彼女の壁になる形で陣形を整える。

「丁度よかった、あんたにもちょっとこっち側へ来てもらうぜ」
「行く必要はねえ!」

  の一番側にいた原田が槍を構えたまま少しずつ間をつめて、背に庇う位置になる。 その動きに不知火が不快そのものの顔を見せ、銃口を原田に構えなおした。

「またてめぇか、原田! よくよく縁がありやがるな」
「男相手の腐れ縁なんぞ、ご免こうむるがな」
「それについちゃ、同感だぜ。 けどよ、後ろの女にゃちと用があるんだよ」

 力づくでも、こっちへ渡してもらうと、立続けに銃を放つ不知火。
 一発でも当たれば骨が砕け肉が飛び散る弾丸を正面から受ける訳にはいかない。 原田は左右に素早く動く事で不知火の照準を定まらなくする。
 銃の弱点は、殺傷力の範囲が狭く、いちいち狙いをつけなければならない事だ。
 撃ったときの反動が少なからずあるために、つけたはずの照準はブレてしまう事が多い。
 その弱点を克服するために数を揃え、銃列を組み、単体では単純な直線攻撃でしかないそれを鋼の雨に変える。
 よって単体なら間合いを崩すか、これなら確実に当たる! という距離でもない限り、実はそう恐れる必要はなかったりする。

 そしてもう一つの弱点、照準をあわせている間や撃っている間、本人の動きはほぼ硬直状態にあるということだ。
 その硬直を狙い、原田の槍が一閃する。
 不知火は鬼ならではの超人的な反応速度で、身を逸らせてそれを避けると、踏み込んで来た原田の胴体に狙いをつける。

「させるか、よっ!」

 横合いから車斬りに刀を振るった永倉が、力強い一撃で不知火の胴を薙ぎ払おうとした。
 ところが不知火はこれも大きく横に動く事で軽々と躱してのけた。
 風間の動きは近藤と土方が押さえ込んでいる。永倉はわざと風間から不知火を引き離せる方向から攻撃を仕掛け、鬼が互いの助太刀に入れないように上手く引き離していた。
 不知火が横に飛ぶのをまるで読んでいたかのように、 が原田の体の影から音もなく飛び出し、独特の伸びのある太刀筋で不知火の腿を狙い刀を振るう。
 新選組の最も得意とする闘い方は、こうした白兵での集団戦法だ。

 ざくり、と固い刃が肉に食い込む感触。
 骨まで届かなかったかと は舌打ちしたが、行動不能にできるだけの深手は負わせた。
 普通の人間なら、これでほぼ戦闘不能、あとは倒れた所に止めをさせば良いだけだ。
 殺ったり、不知火囲む三人がそう思った時、目の前で信じられない事が起きた。

 大きく開いて血を流した傷口が、あり得ない速度でみるみる塞がっていったのだ。
 目の前で血が止まり、傷が両端と奥のほうからたちまちくっついて肉が馴染んでしまった。
 人間なら普通一ヵ月以上かかるだろう回復の過程が、ほんの数呼吸の間になされて、跡形も傷跡など残らない。
 開いた口が塞がらないといった体の人間たちの前で、鬼は不敵にもたった今斬られたばかりの足を見せつけるかのように軽く揺すってみせさえした。

「おいおいおい、何だ今の反則は! 手妻か? それとも ちゃんしくじったか?」
「絶対にちゃんと斬ったって!」

 まっ先に正気に戻った永倉は、そう言う の刀を見る。
 確かに、血が滴っている……確かに斬ったが、今目の前で起こったこともまた確かだ。

「俺から見れば、てめぇら人間のほうが……」
 
 おかしいと言おうとした言葉を遮るように、今度こそちゃんとぶった斬るとばかりに が凄まじい速度で間合いを詰めて切り込んできていた。
 禁門の変の時にもみせた、刃を外側に向けて、素早い踏み込みをツバメが地面すれすれを飛ぶように流れる動きに繋げた、低い位置から流星のごとく放たれる伸びのある一撃。
 避けたと思わせて、凄まじい間合いの伸びを見せる の剣は、半端な避け方では胴体を輪切りにされるのがオチだ。

 普通は避ける、または獲物を持っていればそれを盾にする。
 だがこの時、不知火はどちらもしなかった。
 銃を構える手をわざと上げ、脇腹をがら空きにして大きく一歩踏み込む。

「なっ……!?」

 放たれた一撃は止まらない。
 踏み込まれたせいで一番切れ味の鈍い刀の手元近くがもろに不知火の脇腹に食いこんだ。
 目の前で真っ赤な血が飛び散る。
 ばしゃりと顔にかかり、腕を、胸を濡らす返り血まみれになりながら、わざと踏み込んできた不知火の意図が掴めず は刀を引き戻そうともせず意表をつかれたまま動きを止めていた。

「おお、痛ぇ」

 引き締まった脇腹に銀の刃を完全に埋めながら、不知火は笑っている。
 銃を持たない反対側の手が拳の形に握りしめられるのを見て、 はやっとその意図に気付き、とっさに刀から手を離した。
 鳩尾めがけて繰出される不知火の拳。 それがまともに、腹にめり込む。

「がっ……!!」
「何っ!?」

 だがこんな状況でも、沖田や斎藤が一目置いた の修羅場での判断力は健在だった。
 刀をつかんでいた手を離し、不知火の一撃がよけられないと分かるやそのまま腹で受けて、逆に拳の威力を借りて当たった瞬間思いきり地面を後ろへ蹴り後方へ飛び退る。
 ただ拳の威力が予想外で、吹っ飛び間合いを大きく取れたはいいが、もんどりうって倒れて背中まで打ち付け、起きあがれなくなってしまう。
 不知火にしてもこう出られるとは予想外で、多少の事では気絶なんぞしてくれそうになかったので、確かに普通の女よりは強めに打った。
 普通そのまま倒れこんで来るだろうに、わざと後ろに吹っ飛び間合いを空けるとは。
 傷がすぐに治る身であるのにまかせて刀ごと絡め取り動きと止めたまではよかったが、まさか相手が瞬時にこれだけの事をやってのけるとは。

 倒れてきたらそのまま担ぎ上げて逃げてしまえばよかったのだが、これではもう無理だ。
 すでに を庇う位置に原田と永倉が割り込んできており、再び突破するのはさすがに手間がかかる。

「不知火、退き時だろう」
「ちっ、てめぇにそう言われるとはな!」

 風間の低い声にそう言われて、不知火は無造作に腹に食い込んだ刀をひっこ抜くとその場に投げ捨て、風間とともに人間ばなれした跳躍力で塀を飛び越えて退却していった。

!」

 永倉と原田が、倒れたまま動かない の側に駆け寄る。
 側に味方が来た気配に気付いて、 は『大丈夫だ』と投げ出していた掌だけを上げて応えるが、男たちのだれも素直に『大丈夫だろう』などと受け取りはしなかった。

「あの、やろ……」
「ばか、喋るな!」

 片手だけかろうじて持ち上げて、強かに打たれた鳩尾を押え、せめて横向きになろうと体を捻ろうとしたとたんに、軽く咳き込み口から血を吐く。
 原田は の背に腕を回し、そっと静かに上半身を斜に持ち上げる。

「おい、どっちだ!」

 永倉が言うのは、口の中を切っただけか、内臓に支障が出ているかということだ。
 腹部に強い打撃をうけたり、あばらが折れて肺などに刺さっての出血なら早急に医者に診せなければ危ない。
 開腹手術ができる設備などないこの時代、内臓が破れて腹腔に血が流れ出せばそれだけで様々な症状を引き起こし死に至る率が上がる。
  は、手だけで口元を指して『こっち』と示した。
 倒れた拍子に切ってしまったのだろう。口の中が血なまぐさくて仕方が無い。

「……運の良い奴……ってか、無茶しでかしてんじゃねぇよ馬鹿!」

 倒れてなかったら、拳骨を振り下ろしてきそうな永倉の剣幕と苛立った顔、常は穏やかな微笑を浮かべる原田が無言のまま渋い顔をして見下すのを視線だけで交互に眺めて、 はぽつりと呟いた。

「ごめん」

 そして本当に大丈夫だからと笑みを作る。

「けど……皆がいてくれたからあの無茶も出来た。 ありがとう」








 市中にある南雲薫の借宅に戻って来た風間と不知火は、先に戻って来ていた天霧の手元に目的の娘の姿がないことを見て驚き、どういう事だと訝しむ。
 天霧ほどの手練が、小娘ひとりあの騒ぎにまぎれて攫ってこれないはずはないのだから。

「思わぬ邪魔が入りました。 あれは確か、御陵衛士」
「あ? ああ今坂本の件で接触取ってる連中か」

 そいつらがどうして邪魔に入るんだと不知火が眉を寄せると、天霧は対照的に表情を変えないまま、遭遇したのは多分本当に偶然だろうが、雪村千鶴に個人的な面識を持つ者だったらしく、行く手を阻まれてしまったと説明した。

「今我々が御陵衛士と刃を交えるのはまずい。 藩の方々の作戦は今しか出来ませんが、我々は彼女をいつでも連れに行く事ができます」
「フン……確かにな。 あの男に舞台から無事降りてもらえるまでは、騒ぎを起こすのはまずいということか」
「諸方面の関係をこじらせれば、微妙な関係の上に成り立つ薩摩・長州・土佐の均衡はたちまち崩れるでしょう。 今、それはまずい」

 風間は、人間どもとは面倒なことよと大きなため息をついた。












◇◇◇◇◇










 あの夜、千鶴は斎藤に助けられて天霧の手から逃れた後、屯所に駆け戻ろうとしているのを山崎が発見し、無事戻って来る事が出来た。
 その際、千鶴はとんでもない情報を持って来た。
 斎藤と少し話をし、別れ際彼がぼそりと言ったのは、『あれの弟が伊東に接触している、伊東の前で『姉』と言っていた』と。
 内容に驚いて振り返ったが、斎藤はさっさと立ち去ってしまいそれ以上の事を聞き出す事はできなかったが、斎藤が新選組の事を気づかってくれるような事を言ってくれた事は、千鶴の中でささやかな希望になっていた。
 志が違えば昨日の味方とて今日の道は分かれるものなのだと、手厳しい別れ方をしたけれど。
 あの人たちは、やっぱりどこかでまだ新選組と繋がっているのではないかと。

 鬼に不意打ちを喰らって倒された島田のほうも大事なく、多少の打ち身程度で済んだという。
  も多少腹に違和感は残るが、翌日からすぐに隊務に復帰した。
 そして、早速竹刀を握って道場に出ている。
 千鶴はいろいろな意味で心配になって、そっと道場を覗きに行った。
 壬生の屯所時代に作った建物を移築してきた道場は、隊士たちが毎日稽古に使い一日たりとて威勢の良い声が絶える日がない。
 入り口の影から覗き込むと、丁度 が竹刀をふるっている所だった。
 すでに数人ぶちのめされた後らしく、入り口近くの壁のあたりに転がっている者がいる。
 道場の中は情けないだの目にもの見せてやれだの様々な声が飛び交っているが、それらの声は に微塵の動揺すら与えていないようだった。
 どうなるのだろう、とハラハラしながら千鶴が見守っていると、その肩に後ろからポンと手を置く人があった。
 悲鳴をかろうじて飲み込んだ千鶴がおそるおそる後ろを振り向くと、そこには笑みを浮かべた沖田の姿があった。

ちゃんなら大丈夫そうだよ。 それより中を見るならもっといい所があるから、こっちにおいでよ」

 沖田に案内されて道場の裏側に回る。
 明かり取りのために高い位置に付けられている格子つきの横長窓があり、男の背丈のさらに半分近く高い位置にあるそこからでは、普通覗く事はできない。
 どうするのかと思っていると、沖田は裏に生えている木の根元に転がっている木箱やら板やら壊れかけた竹刀立てやら縁のかけた壷やら、始末しないまま誰かが転がしたままにしてあるガラクタ類を動かすと、窓の下でササッと組上げ、たちまち二人が並んで窓を覗ける台を作ってしまった。

「これで見れるよ」
「もしかして、時々こっちから見てたんですか?」

 初めてではないだろう手際のよさにそう思っただけだが当たりらしく、沖田はにんまりと笑って千鶴を手招きした。
 そして台の上から手を差し伸べてのぼるのを手伝ってやる。

「僕たち剣術師範が見てる時と見てない時じゃ、動きや真剣さが違ったりするからね。 時々こっそりこっちに来ては様子を覗き見てたってわけ」

 だから、隊士の皆には内緒にしておいてねと沖田は顔の前で人さし指を立てる。
 沖田も手慣れたもので、千鶴が乗る部分には自分の場所よりも一段高くして、階段状に作ってある。
 千鶴がそこへ乗り、僅かに足りない分を背伸びすると道場の中がよく見えた。

「沖田さん、ありがとうございます。 すごく良く見えます」
「どうしたしまして。 ほら、 ちゃんがやってるよ」

 一対一の打ち合い、 は自分よりも大柄な男の打ち込みを尽く躱すか受け流して殺してしまっている。
 沖田はその様子を見て、くすりと苦笑を漏らしていた。

「だめだあれ。 全然本気じゃない」
「ですよね……」
「ふうん、どうしてそう思うの?」

 千鶴の呟きに、沖田はいじわるな問いかけを返した。 だが、千鶴は道場の中に目を向けたまま、

「あれ、真剣の時の動きじゃありません。 実際に刃物であんなことしたら……躱したとしても相手の刀が水平になって棍棒みたいに打たれるかもしれないし、受け流したら絶好の反撃の機会なのに、手元が刃筋を立てる動きをしてません」
「うん、よく見てる。 すごいよ」

 沖田は千鶴の観察眼に、半ば本気で賞賛の言葉を贈った。
 伊達に幹部たちの巡察に付き合ったりして実際の斬りあいを間近にしたり、幹部たちの稽古を眺めている訳ではなかったようだ。
 それらの見取り稽古は相当千鶴の目を肥えさせていた。

「……何ていうか、 さんが相手の竹刀の芸に付き合ってるみたいな感じです」
「うん。 ほんと、千鶴ちゃんの言う通りだよ。 ああほら、やられた」

 受け流しからの切り返しの間を計り、 はスッと懐に入り込むと足払いを喰らわせ、相手の姿勢が崩れた瞬間に体を押して転ばせてしまう。
 そして手に持つ竹刀を勢いよく相手の首の横スレスレに突き立てた。
 この時代の剣術は型通りに打ち込むばかりのものではない。 体術もあわせかなり何でもありだ。

「そもそも、何で ちゃん相手に一対一でかかるかなあ。 数人で取り囲んじゃえばいいのに」
「ありなんですか? そういう稽古も」
「もちろんだよ。 多人数掛けは切り合いの時にも見てるでしょ? 逆に自分がそう言う状況におかれたらどう抜け出すか、こっちが追い詰める場合には、味方を巻き込まずいかに確実に相手をしとめるか。 闇雲に剣を振るってちゃ、勝てる相手にも勝てないからね」

 沖田の言いたい事は、千鶴にもよくわかる。
 実際の戦いにおいては、どんな状況におかれるか……ありとあらゆる場合を想定しなければならない。

「相手が確実に自分たちより強いのに、律儀に一対一で向かってるでしょ?  ちゃんが女の人知れちゃった上であれをやってるもんだから、 ちゃんも馬鹿馬鹿しくて本気なんて出せないわけ」
「あの……『女に負けては男がすたる、ましてや大人数でなんてかかれるか』というやつですか?」
「的外れもいいとこ……っていうか認めたくないんだろうね。 強いっていう事実の前に、男だ女だなんて関係ないのに。 ああ、またやられた」
「何人抜きしてるんでしょうね。 まだ余裕ありそうです」
「そりゃ、体力馬鹿の新八さんと木刀で散々打ち合いして『ああいい汗かいた』ですませる人だよ? あれくらい軽い軽い」

 目の前の相手が強い事が何より問題なのであって、それを確実にしとめるためにはどうすれば良いかくらい分かってるはずなのに。

「一君がいれば任せるんだけれど……」
「沖田さん?」
「ううん、こっちの話。 そろそろ降りようか?」
「はい」

 ここから時々幹部が見ている事を知られてはまずいので、踏み台作りのために使ったものはまた元通りに散らかしておく。
 二人でがらくたを移動させながら、沖田は千鶴にちょっと聞きたい事があるんだけれどと話を切り出した。

「何ですか?」
「唐突だけどさ、女の人の幸せってさ、何だと思う?」

 千鶴ちゃんの考えを聞かせて、と言われて、千鶴は思わず手を止めた。

「ええっと……お嫁に行って、可愛い赤ちゃんを産む事でしょうか」
「千鶴ちゃんはそれが幸せ?」
「……以前はそう思っていたんですけれど、最近少し疑問に思います」

 だよねえ、と沖田も頷いた。 何せ、求婚相手があれだ。
 いや、求婚ともいえない、あんなのはただの略奪だ。

「まるで、その事が全てのように言われてしまうと、私の血だけが必要なのであって、そこに幸せがついてくるかどうかは、二の次、三の次になる気がするんです」
「うん。 それって、すごく腹がたつよね」

 まるで、千鶴ちゃんが千鶴ちゃんのまま、 ちゃんが ちゃんのままじゃ、『そんなの正しい幸せじゃない』って勝手に周りが決めつけてるみたいだと沖田は言った。
 女という性別だけで、型にはめようとする。
 強い、という事実の前に男も女もないのと同じように、本当の幸せの前にもまた、男も女もない。正しい形もない。s そう沖田は思う。

「沖田さんは、今、幸せなんですか?」
「もちろん」

 千鶴の問いに、沖田は自信を持って頷いた。

「この世で一番尊敬する人の剣になって生きる事ができる、こんな幸せなこと他にないもの」
「……そう言いきっちゃうのって、すごく沖田さんらしいです」
「千鶴ちゃん。 さっきの質問に戻るけれど、女の人の幸せって、何だと思う? 周りが決めたんじゃない、君自身が一番幸せになれる形」

 沖田の問いかけに、千鶴はもう一度己の心に問いかける。
 自分が、望む幸せの形を。

「『心から好きな人』の側で、一緒に生きていけたら素晴らしいと思います。 嬉しい事も辛い事も悲しい事も全部全部分け合っていけたら、どんなにいいでしょう。 ……お嫁さんになったり、子供が……っていうのは、それがあってこその幸せのひとつの形なのかと思います」
「うん」

 沖田は、満足そうに微笑んだ。

「幸せなんて、性別で決まるものでもなければ、誰に決めてもらうわけじゃないもの。押し付けられたって迷惑なだけだよ」
「そうですね、そう思います」
「男だから、女だから、なんて些細な理由だよ。 僕はね、千鶴ちゃんも ちゃんも今のままでいてほしいな」

 よいしょ、と重たいガラクタを動かす沖田の背中を、千鶴はまじまじと見つめてしまった。

「周りの雑音や悪口なんて気にしないでさ。 二人とも今のままで、一番の幸せを探して手にしてほしいと思うよ」

 男でも、女でも。
 強さでも、幸せでも。
 その本質は変わるものではないし、決して型どおりに押し付けられて決まるものではないと、沖田は言う。
 千鶴が人とは違う生き物であること、それゆえに迷惑をかけてしまったと気に病んでいること、 もまた、一部の平隊士たちから掌を返したように『女の紛い物』と陰口を叩かれていることを知っている沖田なりの、精一杯の励ましともいえる言葉は酷く心に染みるものだった。

「沖田さん……ありがとう、ございます」

  にもきっとこの言葉と想いを伝えよう。
 そう思う千鶴の目元は、かすかにうるみを増していた。




 前へ / 薄桜鬼・トップに戻る / 次へ