◇◇◇◇◇
結果的に、作戦は大成功だったと言えるだろう。
あの場にいた浪士十八名のうち 十二名斬って、二人に重傷を負わせ、残り四人を捕縛。
新選組の被害は、
が多少身体や顔に痣を作った程度だ。
包囲を抜け出してきた者を捕らえるために、数名を率いて後に詰めていた永倉も容赦なかった。
結果的に十八名中だれも取り逃がす事なく新選組の手のうちにおさめたのだから、上出来すぎるくらい上出来の結果となった。
そう、怪我もしたし、女の格好で随分不自由もしたが、作戦としてはいい結果に終わったと
は思う。
だが、幹部たちはそうでもないらしい。
「女を殴る蹴るしていいように扱おうとした馬鹿どもにゃ、きっちり思い知らせてやらなきゃなあ。 この俺様が女の扱いってもんをとっくりと説教してやる」
「あはは、一番説得力ない人が何言ってんですか新八さん。 一人じゃ手間でしょうから僕もそのお説教係りに混ぜてもらいます」
とかなんとか言って、浪士を放り込んだ倉に、永倉と沖田が壊れた竹刀や何に使う気なのか判らない道具を持って笑顔で向かっていったり、
「打ち身によく効くから、嫌がらずにちゃんと飲むんだ。 こらっ、逃げるな」
……と、斎藤が逃げ回る
を捕まえて例の土方家家伝・石田散薬を飲まそうとしたり、
「俺もすげえ腹立ってるし、総司たちに混ざりたいけど、今お前も大変だしな、ほっとけないよ」
藤堂が、乱暴された時に壊れたものの代わりにと、櫛や簪を買ってきたり、一着は持っておけと女の着物を新しく見繕ってきたり、打ち身が落ち着くまで動くなと細々見舞ったり世話を焼いたり気を回す。
それから事の後に開かれた幹部会議の席で、
は今回の一件、鬼の不知火が絡んできて、あちら様も様々な事情で過激な下っ端を始末したい都合上、何かとこちらの動きを見て見ぬふりをしてくれたのだと話した。
結果としてああいう複雑な事になってしまい申し訳ないと皆の前で頭を下げる姿に、聞いていた原田のほうが複雑かつ何とも情けない表情になり、
「あのヤロウがお前にちょっかい出しにこないとも限らないからな。 俺が見張ってるから、大変な任務だった分、夜はしっかり休めよ」
夜になると原田が
の部屋の前で槍を抱えて番についたりと、暫く騒々しかった。
そんなこんなでドタバタしていたが、数日後には尋問の成果か浪士の口からさらに過激派の名前とその動きが割れ、大収穫だと土方は喜々として隊士を率いて自ら出動していった。
そこからさらに数日。
白粉を圧塗りにしてもとうてい誤魔化せない顔の痣も大分引いた頃、
はもう一度『妾宅』へ向かった。
あの事件の後、何かと忙しくてまだ荒らされたまま放ってあるというから、掃除くらいはするかと思い立ったのだ。
「……誰か居るんですか」
うなぎの寝床と称される京の町家の作りは家全体の奥行きが長く、入り口からは奥にいる人の気配が読みづらい。
が勝手に入っていくと、座敷のむこうの縁側に、日を浴びてぼんやりと座る人の背を見つけた。
「土方さん」
ここは彼の休息所だから、居てもおかしくはないのだが。 今日は公用で出ていったにしては屯所への戻りが遅いと思っていたら、こんな所にいたとは。
「
か」
土方は大きく伸びをして、まあ座れと自分の隣を指さした。
散らかった部屋の中は取りあえず見て見ぬ振りをしてそれに従った
は、土方の視線の先を共に眺める。
「なあ、妾の振り、もう少し続けねぇか?」
聞き落としそうなほど小さい声だったが、しっかりと聞こえてしまった。
はわざとらしい溜め息をつくと、あえて土方のほうを見ないまま答える。
「本気で決闘申し込まれたいんですか?」
「いっ、いや、そうじゃなくてだなっ……! あれだけ入れ込んでたのを急に通わなくなったんじゃ、平隊士どもに怪しまれるだろうが」
「ええ、確かにね。 でも今回のような事がああるから里に返したとでも言えば問題ないのでは?」
は容赦ない。
土方は口の中でもごもごと言葉を探している様子だったが、仕事ならともかく私情でなら不愉快だと追い討ちをかける。
が、土方も引かなかった。
「せめて、その痣が消えるまで、ここに居て欲しいんだよ」
「別段問題ありませんよ」
「お前は任務だから覚悟の上だったかもしれないが、俺やここに来ていた皆の男としての矜持がこれを許せねえ」
見るからに痛々しい、変色した痣。治りかけとはいえ不様なまだらになった顔や身体。いかに日頃男装していて腕っぷしも強いとはいえ、男の向こう傷とは訳が違う。
こんなものを作らせておいて、完全勝利などと言えるものか。
まさか堅気の女に手荒な真似はするまいと思っていたのに、『幹部憎けりゃ関係者まで憎い』にまで高まった新選組への恨みの深さと不逞浪士どもの狂暴性を読み違えたばかりにこんなことになった。
土方は手を伸ばし、頬骨のあたりの痣、口元の傷をそっと指先でなぞる。
痛ましげに眉を寄せる土方の表情に、
も流石に少しきつい言い方だったかと反省した。
なので言葉を選び、もう一度気にするなと言い直した。
「役に立てたなら、本当にいいんです。 いずれ消えるものをいつまでも気にしないで下さい」
むしろ、ちゃんと女に見えていたからああいう目にあったと思えば、年増にはなったがまだ捨てたもんではないと笑う。
あっけらかんとした
の笑みに、土方はほとほと呆れてしまった。
もしかしてこの女、自覚無しだというのか。
「ちゃんと女に見えたどころか、それぞれの好みの部分を引いてもかなりの美人だってことわかってねえだろ。 化粧も、女物の着物も、髪結い上げたのも似合ってた」
土方の口からぽんぽん飛び出す褒め言葉に
は驚き、目を丸くしてしまった。
そんなことを面と向かって言われたのは、人生二十年は過ぎたがこれが初めてだった。
しかもそれを、花町の綺麗所にもてまくりの色男が言うものだから、驚きも倍増というものだ。
「ここに通ってた連中、任務半分、半分はお前と過ごすのを楽しみで来てたろうよ。 あいつら何かと普段と態度が違っただろうが」
「あー……」
そういえば日頃、邪魔になったら斬るだの殺すだの煩い沖田までも、過ごしやすいお古の帯を持ってきたりと考えてみたら妙な行動をいていた。
「俺もあいつらも、あと少しの間でいいんだ。 このまま終わらせたくねえんだよ」
「……わかりました、ほんとに痣がもう少しマシになるまでですよ」
こうなったら腹を据えて休ませてもらいますと
がいつもの笑みを見せると、土方もようやく固かった表情をほどいてほっと肩を落とした。
着物の下にもいくつもの痣を作ってしまった
の肩をそっと抱き寄せて傍らに寄せると、頭抱いて自分のほうに軽く引き寄せる。
「たまには、ままごとじみた事だって悪くねえだろ?」
「随分手のこんだままごと遊びじゃありませんか?」
家つき、着物つきとは遊びの範疇を出ているとおかしそうに微笑む
に、土方もつられて微笑んだ。
「いいんだよ、たまにやる分には凝ったって」
「どういう理屈ですかそれは。 じゃあ、ままごとといえども舞台をそれなりにしなきゃ様になりませんから、掃除手伝って下さい」
「おう。 あーあ、それにしても連中、荒らしてくれやがったなあ」
畳は泥だらけ、 調度品は壊されたり倒されたり、襖は破れ柱にも何かをぶつけたあと。
家を空けている間に、台所の野菜類もすっかり駄目になり、中にはすでに生ゴミと化して臭うものまであって被害甚大だ。
襷があったなと、倒れた棚を起こして襷を取り出すと二人してしゅるりと袖をからげる。
せっせと働きながら、土方は時折、盗み見るように
の後ろ姿を目で追い掛ける。
「(時間は稼いだが、頭が痛ぇぜ)」
そう。
切っ掛けは任務のためだったとはいえ、
の女装とままごとのような妾宅の時間は、思いのほか幹部たちに好評で、何とかもうちょっと時間を引き延ばせないかと本人に聞こえない所で都合をつけようと密かに話がまとまっていた。
続けるかどうかは最終的に
の選択に任せ、無理強いはしないつもりだったが……こうなってくると手強い『恋敵』どもがあの手この手で任務中はできなかった事を仕掛けて来るだろうから油断できない。
おまけに、不知火とかいう鬼も
にちょっかいをかけていたし、まだ続けている事が知れたらどんな行動に出てくるか知れたものではない。
「(あいつは、まるで花だ。 けど花のほうに自覚なしと来た)」
野に咲く花のように、自らが人の目を引き付けると知らぬまま美しく咲く、そんな女だと思う。
凛と咲く花は幾人もの鬼を引き付けつつも、自身はそうと知らぬまま無心に花開く。
花を手折り己のものだけにしたいと思う鬼が幾人もいることなど、夢にも思うまい。
もいつかは任務でもままごとでもなく、女物の着物を当り前に着て、愛する男のために髪を整える、そんな日が来るかもしれない。
その日を見てみたいような、見たくないような、複雑な気持ちに捕われつつ、土方はそっと溜め息をついていた。
-----終-----
以前募集した、読んでみたいシチュエーション上位『女装ネタ』です。
島原潜入とどちらにしようかなと迷ったのですが、あえて『任務+幹部のお妾』にしたら男どもがドギマギするというよりも、任務優先に……。
色艶のある話を書くには修行が必用だなあ……いつか芸者か遊女ネタでリベンジしたいもんです。
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