花と知らず ---1---
「新選組の土方が女に溺れて骨抜きにされちまったって話、聞いてるか?」
島原のとある揚屋、長州系の浪士を中心とする宴の席。
宴もたけなわを過ぎて、お開きも近くなっている。
宴席の端でちびちびと酒を嘗めていた不知火は、耳に入って来た意外な言葉におや、と耳をそばだてた。
新選組の土方と言えば、流れている血は鬼か蛇かと言われるくらいの情なしの癖に、見目が良いものだから色里の女たちがこぞって目の色変えているというあれか、と頭の中で人物像を反芻する。
宴に出ていた者の大部分が酔いつぶれた中、まだ盃を持っている飲んべえ数人がその話題に乗っている。
「何でも、家を買ってそこに女を住まわせて、三日と開けずに通いつめているっていうぞ」
「そりゃあ凄い。 どこの女だ?島原か?祇園か? それとも大坂新町か?」
「何と、落籍するほど惚れ込んだのか」
「いやいや、素人の女だって話もあるぞ」
鬼と評判の男にも人並みの情があったというのも驚きだが、鬼を骨抜きにした女もどんな尤物か拝んでみたいものだと話に花が咲く。
拝んでみたいというあたり、それは確かにと不知火も思った。
評判を聞く限り、同じ隊の同志にさえ規則を破れば容赦なく過酷な罰を下す男が女に溺れるなど考え付かない。
体面も悪かろうに、男にそれを忘れさせるほどの器量良しというなら是非とも花のかんばせを見ておきたいというもの。
「なあ、その女の家、わかるのか?」
「おう、珍しいな不知火。 気になるのか?」
「まぁな。 俺だって男だ、美人にゃ弱いよ」
暫く話に付き合うと、西本願寺屯所からそう遠くない所に町家を一件借りてその女を住まわせているという事が分かった。
翌日、早速聞き出した場所へ足を向けてみると、土蔵つきの立派な借家を一件丸ごと借り切っている。
土方は居ない時間らしく、裏の土蔵の影からひょいと塀を乗り越えると、音もなく庭に着地した。
土蔵の影に隠れて覗いてみると、庭を挟んだ座敷にちょうど人がいるようだ。
件の女かと、不知火は建物の影から気配を殺して中を伺った。
着物の裾を引いて縁側へ出てくる人影がある。
地味だが仕立ての良い小袖を纏って胴にキリリと帯を締め、髪は京の女があまりしない形に結い上げている。
肌にうっすら白粉を乗せた化粧は江戸風というものだろうか。
所作も裾を捌く様子もキビキビとしていて、地味な着物も薄化粧も何故か様になる女だ。
顔だちも、上方にはあまりいない風だが目元が涼やかで悪くはない。
傾城、というほどの女ではないが、なかなかの美人と言える。だが、
「(悪くはねぇが、どこにでもいるような女だな)」
というのが、正直な所だった。
けれど、姿が凛と咲く野の花のように妙に目を引き付ける。
「小間物屋さん、こっちへ。 裏に回って下さいな」
不知火は女の声を聞いて思わず物陰から飛び出しそうになってしまった。
へぇ、という返事が聞こえて、建物の横の通り庭を歩いて来る足音がする。
他に人がいる、というとっさの判断で物陰から出るのは思い留まったが、あの声は。
「……拓人の姉さんか!?」
小間物屋が縁側に荷物を置いて、櫛やら簪やらのこまごまとした商品を見せる横に座り、女は商品を手にとって品定めをしている。
商売話ににこやかに応じている顔をよっく見てみれば、いつも見ている顔に良く似ている。
装いを変えただけで何故今まで気付かなかったのか。
そもそも、男として新選組にいるはずの
が何故こんな所で妾の真似事などしているのか。
疑問は幾つも出てきたが、来た時のように足音をさせないよう動いて塀を乗り越え見つかる心配のない所まで行ってから、不知火は思わず首を傾げていた。
新選組幹部を狙う暗殺計画があるという知らせが齎され、その中心が長州の過激派浪人であるということが監察部の調べにより明らかになった。
ただ、誰を狙っているかというのは明らかになっていない。
むしろ幹部であれば誰でもよさそうなくらいの杜撰な計画ということも考えられる。
「由々しき事態ではあるが、日々のつとめもあれば巡察もある。 閉じこもって身を守っているというわけにも行かん。 現状、それぞれに気を引き締めてもらうしかない」
知らせを受けて開かれた会議の席で、近藤はそう締めくくった。
それまで発言しなかった土方が、ちらりと近藤に視線を向ける。
「む、何だトシ、暗殺を防ぐいい案でも浮かんだのか?」
二人は、子供の頃から一緒に故郷の河原や土手を走り回って遊んだ幼馴染みだ。
長い付き合いのせいもあって、土方のこの笑みが出た時は周囲がアッと言うような事を思い付いた時だと近藤は知っていた。
多摩の河原での隣村の連中との喧嘩の時しかり、京に来てからの浪士狩りの日々しかり。
「また、ろくでもない事じゃあないだろうね?」
近藤と土方よりも年長であり剣の同門の井上は、昔から二人が度の過ぎた悪さをする度に怒鳴り付ける役割だった。
今回もやんわりと釘をさしてみたが、土方は妙に穏やかな笑みを崩さず、
「心配いらねぇよ、源さん。 可愛い悪戯をするだけさ。 ちぃと、あいつを協力させるのが難だが……」
と、悪ガキそのものの様子で言うものだから、井上もため息しか出てこない。
面白い事になりそうだ、と止める気がまったくない様子の沖田が隣に座る永倉にそっと囁いた。
「土方さんのあれが出た時って、大概ろくでもない作戦なんだよね。 こっちもきっと作戦の頭数に入れられてますよ、拒否権もナシかな」
「マジかよ……猛烈に嫌な予感がするぜ」
「その予感、当たりだと思うよ」
永倉の言う所の猛烈に嫌な予感、広間に呼ばれなかった
もまたそれを感じて居た。
広間で土方立案の『ろくでもない作戦』が説明されていたころ、ちょうど自室で刀の手入れをしていたのだが、打ち粉を吸い込んでしまったわけでもないのにクシャミが一つ出た。
顔を背けて刀に息がかかるのは防いだが、何やら首筋までムズムズゾワゾワとした妙な感覚がする。
「嫌だな、風邪かな」
刀を仕舞い、時間もあいたし手習いでもするかと硯と筆を取り出す。
そこでまたもクシャミが出てしまい、いよいよ風邪を疑ったが、この時は自分が妙な事に巻き込まれる事になろうとは思っていなかった。
それから数日後。
手早く作戦の下準備を済ませた土方が、行李を抱えて部屋にやって来た。
長州系の浪士による新選組幹部の暗殺計画があることを説明され、それを阻止しまた一網打尽に片付けるために動く、そう言われて
は分かったと頷いた。
「で、私の働き所は?」
「お前の仕事は、これだ」
部屋の奥に座った土方は、持ち込んだ行李をポンと叩いた。
行李は竹づくりの大きなふた付の籠で、軽くて丈夫、運びやすい。
風通しが良く防虫効果もあるために主に着物の収納に使われる。
土方がその中から取り出したのは、女物の着物や着付けの小物一式だった。
「お前にゃあこれを着て、俺の妾の役回りをしてもらう」
「はぁ!?」
思わず素頓狂な声を上げてしまった
を、誰が責められようか。
とんでもないことを言っているのはわかっていたので、土方も何も言わなかった。
のほうでも、おかしいのは自分の耳か、いや土方の頭かと疑う顔になっている。
「私の耳が確かなら、『妾』って聞こえた気がするんですけれど」
「おお、いい耳してるじゃねえか。 その通りだよ」
「正気ですか」
「至って正気だ」
開き直って腕組みまでしている土方のふてぶてしい面を暫し無言で睨み、
は諦めをつけたかのように大きくため息をついて肩を落とした。
「つまりさっきの作戦説明とあわせて考えると、『新選組の鬼副長が女ひとりに骨抜きにされて妾に囲って、三日と開けずに通い詰める溺れっぷり』を演出して、暗殺するなり襲ったりするなら絶好の機会ってやつをわざと作ろうって事ですか」
「理解が速くて助かる」
ついでに言うなら、下手をすれば人質に巻き込まれたり、浪士どもに一緒くたに斬られたりするかもしれないので、堅気の女をたてることはできない。
「人質に取られようが修羅場に巻き込まれようが、目の前で人が斬られてハラワタがぶちまけられる有様になろうが下手に動じない、場合によっちゃ相手の刀をもぎ取るくらいはする、そういう女のほうがこっちもやりやすいんだよ」
「そりゃあ、こんなむちゃくちゃな作戦で人をひとり庇いながら戦うのは無茶ですね。 女を最初から餌に見立てて捨てるならともかく」
土方さんなら色町のお姐さんだろうが堅気の娘さんだろうが口説き落としてよりどりみどりなのに、こう来ますかと剣呑な視線を向けると、土方はバツが悪そうに視線を逸らした。
「この作戦のためだけに女口説いて囮にするなんて外道な真似できるか。 それなら最初っから適任の奴を当てたほうがいいだろう」
「ええ、堅気の女を巻き込んだなら本気で軽蔑する所でした」
遠慮なくそう言いきって、
は広げられた着物を手に取った。
「作戦で行くなら、普段綺麗所に浮かれている面々よりも、モテるくせに堅物で通った鬼副長のほうが意外性と噂の真実味も両立するし、『餌』に食らい付いてくる率も上がるってわけですか」
「お、おう」
「問題がひとつありますよ。 ……私、女物の着物の着付けも出来ないし髪も結えません」
何せ、男の形で男として過ごす時間のほうが多かったんですからと言う
に、土方のほうが怪訝な目を向けた。
「……やってくれるのか?」
「約束でしょう、人さがしを手伝ってもらうかわりに、私の力を生かせる事があるなら好きに使ってくれて構いませんて。 仕事としてやるなら文句なんてありません、島原で遊女に化けて床入りまでだってやりますよ。 これが本気で妾になれとか言ってきてるんだったら、決闘申し込みますが」
あまりの割り切り具合に、土方のほうが言葉に詰まった。
確かに、京にでて一旗あげるのだと田舎を飛び出してしまった
の弟を探す手助けをする代わりに、
の剣の腕なり何なり、使えるものは使うという約束になっているが、体を使っての仕事に回しても構わないときっぱり言われてしまうと何ともいえない。
少しは嫌だと言ってくれたほうが男としては安心できるものだ。
「と、とにかくだ。 家はもう用意したし、あとは数日かけても良いから女の着付けと、一種類で良いから髪を結えるようにしてくれりゃあ……料理やら家事やらは一通りできるんだろ?」
「針仕事は苦手だけれど、他はそれなりに」
「よし。 着付けと髪結いについてはすぐに手配する。 噂のほうもお前が家に入った翌日くらいから広まるようにするから」
「承知しました」
じゃあ頼むと言い残し、どこかぎくしゃくとした足取りで部屋を出て行く土方を見送って、
は小さなため息を零す。
土方は自分の命を的に敵を引き付けようとしている。
そんなむちゃくちゃをやろうとする馬鹿をひとりで行かせるなと、後生が悪すぎるというものだ。
それから数日後、屯所出入りの賄い屋の女房に頼み、女の着付けと髪の結いかたを教えてもらい練習を繰り返し、
は何とか町家の女に化ける事に成功した。
そのまま土方が買いとった、彼の『休息所』となる町家に向かうと、どういう訳か幹部たちがずらりと待ち受けていた。
「おお、こりゃあ見違えた。 さあご新造さん、こちらへどうぞ」
出迎えてくれたのが人の良い井上でなければ、その場で後ろを向いて退散していたかもしれない。
他にも、近藤以下、試衛館派の幹部たちが揃っているものだから、正直、この暇人たちは何をやっているんだと頭を抱えたくなった。
「ふぅん? ちょっと背が大きすぎる所があるかもだけれど、まあ、見られるほうなんじゃない?」
「……その喧嘩、高く買った」
にやにや笑いながら眺め回してくる沖田の言葉にカチンと来て、思わず刀に手を伸ばしたが……無い。女の格好なんだから当り前だ。
わかっていてからかったらしい沖田が耐えられずに笑いを吹き出すのに、『豆腐の角に頭をぶつけてくたばっちまえ』とおおよそ女らしからぬ暴言を投げ付けておいて、畳の上に膝を揃えて座る。
「……自分では何ともいえませんが、普通の女に見えますか」
「ああ、うん……どうせなら、娘の髪型でも良かったんじゃね?」
それまでぽかんと口を開けて
の女姿を見ていた藤堂がそう言うと、
はそれはさすがに、と苦笑した。
「流石に、二十歳過ぎた年増が娘の髪型結うわけには。 それにあんまり若い扮装しちゃうと、土方さんが幼妻好みの変態って噂もつけないとならなくなるでしょ?」
「おい」
何てことを言うんだと顔を引き攣らせる土方に、
はギロリと剣呑な視線を向ける。そもそも誰の発案でこういう事になったのか考えてみろ無言の脅しに、土方は二の句がつげない。
仕事と割り切ってはいるが納得はしていない、そういう態度だ。
「それとも何ですか? 新選組副長はいい歳こいてひと回りも年若の小娘に入れ揚げて目の色変えて通い詰めてます、って噂でも良いなら。 世間の嘲笑に加えて変態趣味の噂も大いに立つでしょうねえ」
「てめえ、その背丈と迫力で『十六夜の月も羨む十七つ』とか言い張る気じゃねえよな? 面の皮の厚いのも大概にしやがれ」
あまりの言われように土方も流石に頭に来て、普通の女に言おうものなら平手打ちを食らっても文句の言えない暴言を吐く。
そもそも普通の女にこんな事は口が裂けても言わないが、相手が
だと思うとどうしてもこういう口が出る。
「ま、まあまあまあ、トシもそのへんにしないか!」
「
もよせって! せっかくの美人が般若になるなんて笑えねえぞ」
近藤と原田が止めに入らなければ、そのまま手が出て乱闘になっていたかもしれない。
「しかしまあ、本当に五条君かね? ……いや、世が世ならそれが本来の君の姿なんだよなあ」
「……よしてください」
おなじようにしげしげ眺められても姿に疑問をもたれても不快感もなければ腹も立たないのは、やはり近藤の人柄というやつだろう。
普段男装している姿を知らなければ、充分普通の女で通る。
地味目の小袖も、うなじを見せて結い上げる女髪も、薄い江戸風の化粧もなかなか様になっているし、これなら充分『ご新造さん』で通る。
「こんなに綺麗な女が待っている家なら、毎日だって帰りたくなるぜ。 保証する。 なあ新八」
「お、おう……女ってな、着物と髪型でこうも化けるもんなんだなあ……」
素直な原田の感想と、どこか惚けたような永倉の感想にも、不思議と腹は立たない。
やはり人柄と日頃の行いの差だなと、
は内心でため息をついていた。
「それにしてもこう、腰が軽いのが落ち着きません」
「これを持っていろ」
それまで黙っていた斎藤が懐から取り出し差し出したのは、女性が護身用に使う懐剣だった。
「副長がついていれば滅多な事はないと思うが、これが側にあるだけでも随分安心できると思う」
懐剣は、護身用というよりは自決用の役割のほうが大きい。
普通は女の腕で男に斬り付けても懐剣では致命傷はほとんど与えられない。逆に奪われてさらに窮地を招く事だってある。
懐剣を抜く羽目になっても威嚇ですめば良し、それですまなかった場合は辱めを受けたり男や夫の足手纏いになる前に自らの命を断つために持つ。
だが
が持つなら、護身以上の役割を果たすだろう。
「使わぬにこしたことはないが、今のあんたは、浪士どもに狙われても満足な抵抗が出来ない。 充分に気をつけてくれ」
「はい」
斎藤からうけとった懐剣を懐に入れ、
は素直に頷いた。
その後、土方が作戦の説明に入り、皆がそれぞれの役割を再確認する。
土方は女に骨抜きにされたふりをしてこの休息所に通い詰め、副長の変貌ぶりを心配した他の幹部たちが時折様子を見に訪れ、流す噂と現実の様子に真実味を持たせる。
浪士側には噂を流し、休息所を張っていれば必ず新選組の幹部が無防備になる時間を見つけられると思わせる。
休息所の周囲には常に連絡役を潜ませ、休息所を襲うようならその場にいた者が対応し、可能なら情報源として浪士を捕縛する。
他の手段に出られた場合は臨機応変。
「以上だ。 言っておくが平隊士どもには作戦を教えるなよ、勝手に俺の頭のネジが飛んだと思わせておけ」
解散となり、幹部たちは一旦屯所に戻って通常の隊務に戻ったが、その日の夜から土方は本当に休息所に通ってきた。
朝になると屯所に行き、今まで仕事漬けだったのに積極的に非番を取るようになり、寸暇を見つけては休息所に立ち寄る。
同時に噂も流れ、十日もたつと家の回りをうろつく怪しい者が増えた。
もちろん、新しいお馴染みを作ろうとする本物の小間物屋や行商人も多いのだが、明らかに武士と判る者が扮装して歩いている時もある。
昼間、ひとりで暮すには広い家で土方を待ちながら、
は今頃作戦はどうなっているのだろうと思いを馳せた。
◇◇◇◇◇
新選組幹部暗殺計画の詳細を詰めるため、長州系浪士たちは島原の揚屋で会合を開いていた。
近頃聞こえてきた噂は嘘ではなかった。 何人も行商人に変装して噂に聞いた町家の回りを歩いて確認している。
そうなると噂が長州系の浪士たちを中心に広がるにはさほどの時間を要さなかった。
新選組副長・土方が構えた妾宅には江戸風の装いをした女が囲われていて、しかも堅物で有名な『鬼の副長』が彼女恋しさに足繁く妾宅に通っている。
土方をはじめ新選組の幹部たちはもともと江戸出身者が多いだけに、京の雅な女とは肌があわなかったのと、場違いな場所で自分達と同じ田舎臭い女を見つけたものだからそれで余計に可愛がっているんだろうよと噂を耳にした浪士たちは口々に嘲笑を零した。
それだけ溺れきっているなら、無防備な時間も増えるだろう。暗殺もやりやすい。
妾宅にいるときの寝込みを襲うか、妾の女を人質に取って土方だけでなく他の幹部を巻き込む形で引っ張り出すのも良いなどなど、酒を嘗めながら呆れるような計画の一端を聞いていた不知火は、老婆心から同志たちに忠告してやった。
「江戸女は都の女みてえに従順じゃねえって言うから、やめといたほうが良いんじゃねぇか?」
手を噛まれても知らねぇぞ、むしろ食い千切られてもおかしくねえと、不知火は酒が不味くなるような事をわざと言ったが、浪士たちはすっかり酒が回っているせいで気が大きくなっているのか、女ごときに何ができると大笑し、むしろ不知火の気弱をなじってきた。
「たかが女ひとりに怯えてどうする、不知火。 邪魔なようなら土方ごと殺してしまえば良いのだ」
浪士の高説はさらに続き、時勢の読めない新選組を潰し、尊王攘夷の基となるなら、いずれ墓の下でその女も感謝するだろうとめちゃくちゃな理屈を並べ立て、不知火を閉口させる。
「ああ、わかった、わかったよ。 好きにすりゃあいい、俺は降りるぞ」
「何を言う、貴様も計画に加わるんだ。 近々長州に一旦戻るつもりなのだろう、土産話の一つもなければあちらにいる同志たちにがっかりされてしまうぞ」
「はぁ?」
そりゃあ確かに一度向こうに戻ろうと思っていたが、土産話にするにしてもお前等の間抜けっぷりを披露する事になりそうだ……とは口には出さなかった。
そのかわり、少し考える。
むしろ計画に加わって、女を巻き添えにすることを前提に事を成し、いずれ感謝されるだろうなとどいう馬鹿げた考えを持つ連中の情報を新選組に流して、ちょっと痛い目を見てもらったほうが良くないだろうか。
女子供を犠牲にすることを前提とする作戦など、下の下も良い所だ。
その程度の事しかできないようなら、速いうちに戦線離脱してもらったほうがこちらも暴走する者を減らせて良いというものだ。
不知火は、ニヤリと笑みを見せる。
「それもそうだな。 土産話がねえなんて事になったら白けられちまう」
「そうだとも、そうだとも。 よし、話は決まりだ、前祝いに飲め!」
「もう飲んでるって」
不知火はさらに機嫌の良くなった浪士の前で手にした盃を軽く掲げてみせた。