明日のご飯とオカズのために 後


「五条君、本っ当ーーーーーーに済まん!!」

 幹部一同の前で、いきなり局長に床にめり込まんばかりに頭を下げられて、戸惑わないほうがどうかしている。
  は広間の床に平伏してしまった近藤に、訳が分からない、どうか頭を上げてくれと必死に頼んだ。

「いかに組の台所事情が苦しいとはいえ、未婚の女性の肌身を人目に晒すような真似を見のがしてしまったとは……この近藤、一生の不覚! この通り!」
「ちょ、ちょっと近藤局長! や、山南さんどういうことですか! 土方さんも黙ってないで助けてくださいってば!」

 おろおろと伏したままの近藤と、普段の笑みながらどこかバツの悪そうな山南、さらには苦虫十匹まとめて噛み潰したような表情の土方の三者を見比べて、 はオロオロするばかり。
 そこへ助け舟を出したのが、隊随一の常識人、井上だ。

「まぁまあ勇さん、そんなふうにいきなり頭を下げられては五条君だって混乱するだろう。 まずはどういう経緯で皆が集まったのか聞かせてやってはどうかね」

 でないと、いつまでも話が進まないよと諭されて、近藤もようやく顔を上げた。

「う、うむ。 そうだな、源さんの言う通りだ」

 が、情けない顔はそのままで、さて何から話そうかと言葉を選んでいるうちに、横合いから起きたがにやけた顔で話を混ぜ返す。

ちゃん、君ってば近藤さんに土下座させるなんて、将来ほんと大物になるよ」

 それを嫌味と取った は、沖田を睨み付けて視線で「喧嘩売ってんなら買う」と送る。意味はすぐに起きたにも伝わったらしく、視線を受けて得たりとばかりにポンと膝を叩いた。
「いいねえいいねえ。 じゃあここじゃ何だから庭に出ようよ」
「変な方向にまぜっ返すんじゃねえこの馬鹿!」

 立ち上がりかけた沖田の頭を土方がすかさず拳骨で殴る。

「大人しく座ってろ! 山南さん、元凶はアンタなんだ。 説明してやっちゃどうだ」
「そうですね、元はといえば私の提案から出た事ですし。 すみません五条君、風斎さんの所に行った一件、皆にばれました」

  は声もなく硬直する。
 あれほどばれないようにしてくれと言ったのに。
 先程の近藤の言葉からして、何をしたかまでもわかっているということだろう。
  の顔はみるみる首まで赤くなり、いたたまれないといった様子でしおしおと顔を伏せてしまう。
 あの葛藤はいったい、そして何故こんな事をよりによってこの人たちに知られねばならないのか。

「あーーごめん。 バレた原因、多分、俺」

 藤堂がおそるおそるといった感じで言うには、山南の部屋に物を借りにいったところ、机の上に『当世美女洗髪小町之図』と題された紙束があった。
 真面目な山南が美人画とはまた珍しい。
 藤堂は部屋に山南がいなかったことをいいことにそれを手に取り開いてみると、京美人とはまた赴きの違う洗い髪の美人が挑発的な格好で何枚も描かれているではないか。
 藤堂とて健康な成人男子、こういうものが目に楽しいと思わない訳がない。
 が、何枚も見るうちにこの美人、誰かに似てるなと思うようになってきた。
 いかにも化粧をしてない素人娘の様子なのだが、京美人のぽってりふっくりとした顔や体つきとは違い、どちらかというと線が切れ上がり全体的に締まった印象を受ける。
 切れ長の目元が強調された顔つきを見るほどに、『誰かに似てるな』という念が浮かぶ。

 そして最後の一枚を見た時に、ぎょっとなった。

 乱れた敷布の上にしどけなく横たわる女、枕は外れて布団の外に転がり、半ば以上むき出しになった背中や首筋にかかる黒髪がまた艶かしい。
 それだけではない、まだ色つけはしていないが女の下着が足下に乱れ、襦袢の裾はそれ以上に乱れて太ももの半ばまで露になっている。
 さらに女の腰から尻にかけて乱れて絡み付いているのが、何かを象徴するような男の着物と来た日には。

 これを見て藤堂は思わず顔を赤くしてしまった。
 この男物の着物の持ち主は、この女にいったい何をしたのだろう。
 枕が布団から外れるほど、敷布が乱れて波打つほどにこの布団の上であったことを想像すればするほど、あけっぴろげで露骨な春画よりもよほど想像力を掻き立てられてしまう。
 そう思うと、女の腰に絡み付く男の着物が、この乱れた女の上に覆いかぶさる男の姿に見えてくるから不思議だ。
 そこでやめておけばいいものを、藤堂は妙な事に気付いた。

 女が誰かに似ているのも気になるが、この男物の着物の柄、何処かで見覚えがある。
 思い出せないな、今日は永倉も原田も屯所にいるからこれを見てもらおうとそっと部屋から持ち出した。
 部屋で将棋をしていた永倉と原田に『当世美女洗髪小町之図』を見せて、この女誰かに似てると思わないかと話を振ると、二人とも見事に食いついた。
 藤堂が反応した最後の一枚には、二人とも露骨ではないがちりばめられた細工に目を丸くし、どこかで見た着物の柄にも永倉が『山南さんの着物の柄に似てないか』と答えを出した。
 それに対して原田がそういえば、山南さんと五条が先日二人で連れ立って出かけていたのを見たというから、藤堂は『まさか』を想像して赤くなったり青くなったりしてしまう。

 そう聞いてしまうと、誰かに似ていると思った女が に見えてしまい、あわてて頭の中からそれを追い出そうとするも切れ長の目元やら京美人とは違うすらりとした体つきやらが思いだされてしまって失敗し、赤くなったり青くなったりしてしまう。
 その様子を永倉に初なやつめとからかわれてつい、女が に似てると思っただけだ!と口を滑らせてしまう。
 しまったと思っても後の祭り。
 永倉も原田も思わず絵を見直しにかかり、例の一枚になると暫し動きをとめて絶句することになってしまった。

「まさか……なぁ」
「ああそうだよな、まさかだよなぁ」

 俺らの見間違いにカン違いだ、と永倉が笑い飛ばそうとすると、そこへ間の悪い事に仕事が一段落ついた土方が顔を出してきて気分転換に俺の将棋の相手もしてくれと言い出した。
 そこで『当世美女洗髪小町之図』に目をとめ、それが先日山南が持っていたものだとわかると、俺にも見せろと永倉の手の中からパッとそれを取り絵を眺めていく。
 若い頃から色事慣れしている土方をしてニヤリとさせられるような仕掛けが随所に施された絵は、錦絵に仕上ったら是非買いに行こうと思わせるものばかりで、最後の一枚はことのほか遊び心と想像力をくすぐり、こりゃあいいと思わず呟いた。
 が、先に部屋にいた三人の顔色がおかしい上に妙に慌てた様子に絵から顔を上げた土方は怪訝そうに首をかしげる。

「どうしたお前ら、今さらこんなのでオタつく初なガキでもねえだろう」
「いやその最後の一枚、山南さんの着物の柄に似てて、女のほう に似てるなって……」
「あぁ? 何がどーしてそうなるんだ」

 三人ともわいてしまった疑念はやはり晴らしたいというか、やっぱり間違いであってほしいという心からか、さっき自分たちが思った事を土方に話してみた。

「まさかな、オイ」

 土方もそんな冗談みたいな話があってたまるかと思ったが、先日届いた大量の寸志、原田の言う山南と二人で出かけた 、手元の版下絵……と、あまりにも状況証拠が揃っている気がして、『まさか』を払拭するべく斎藤を島原にやって絵師たちを接触を取らせ、証言を引きだした。

 新選組の山南が、とある茶屋に供の青年ひとりをつれて入っていったという。
 どこの茶屋か調べて、女将に話を聞いてみるとその日は奥の座敷きを絵師たちの一行がふた間続きで借り切って、何やら長い時間盛り上がっていたというではないか。
 さらに山南の供の侍の姿形を聞いてみた所、 としっかり一致するではないか。

 斎藤の報告を受けた土方は頭をかかえてしまった。
 まさか先日の寸志、 の恥が元手になっていようとは思いもよらなかった事もあるが、幹部がこんな手段で資金繰りをしているというのも大いに問題だった。
 この事態を放っておくと、また似たような事になるかもしれない。

「近藤さんに話をしねぇわけにはいかねぇよな、ったく……」

 そして、報告を受けた近藤は多大な衝撃を受け、とにかく申し訳ない事をさせてしまったと五条君に詫びようと場を整えた……ということらしい。
 黙っておけばいい、という考えに至らなかったあたりが近藤の人柄というものだが……。

 ここに至るまでの経緯をかいつまんで話した藤堂は済まなそうに、精一杯身を縮こまらせている。

「という訳で、似てるって口滑らせちまった俺が騒ぎを大きくしちまったようなものだから。 ほんと、ごめん」
「いえ、私も人目につくような所に絵を置いておいたのが間違いでした」

 身内の気安さに甘えた私の油断が招いた事です……と、山南も身を竦める。
 赤面していた も、うつむいて肩を震わせるだけだったが、床に置いていた手をぎゅっと握りしめる。

「……三発までなら私闘に勘定しないでおいてもらえますか」

 元凶どもを殴ってもいいかという問いに、それで気がすむならと了解を出しかけた土方だったが、斎藤がそれを止めた。

「こいつの一発を普通の女の一発に勘定するわけにはいかないでしょう。  も、あんたの一発は十発に勘定しなければ割にあわんのだから無茶を言うな」

 それに、幹部の顔が変型していたのでは外聞が悪すぎる。
 事を手打ちにするにしても、何か別の方法にしろと言い諭され、なら殴るのは一発にするから何か別のやりかたも付け加えろと言い出す に、近藤もどうしたものかと眉間の皺を深めていると、広間の外から来客の知らせがあった。

「島原の絵師・風斎と名乗る者が山南先生に面会を求めておりますが、いかがしましょう?」

 その知らせに、山南と は『何て間の悪い!』と青ざめる。
 難しい顔をしていた近藤が、重々しく返事をする。

「ここへお通ししなさい」










「待った! 風斎さんは悪くないっ、悪いのは妙な話もちかけたのと、それに乗ったこっちだ!」
「五条君の言う通りです、風斎さんは研究熱心なだけなんですから」

 広間に通され、物々しい雰囲気の中で近藤から事情を説明された風斎は己の頼みごとがとんでもない方向に発展してしまったのに愕然とし、次にお許し下さいと平伏して震えだした。
 こちらから言い出した事とはいえ、侍に無礼をはたらけばどうなるかは、この国の庶民誰もが知っている事だ。

「随分な目にあっときながら元凶を庇うなんて、 ちゃんてば心が広いよね。それとも鈍いのかな、こーんな格好したわけでしょ?」

 どこまでも挑発じみた沖田の物言いに、 はこんどこそ刀の柄に手をかける。

「やめねぇか馬鹿どもが! 風斎さん、あんた今後は妙な頼みごとしねぇって誓えるか。 もちろんこの事も口外無用だ」

 土方は沖田の頭を再度殴り、 のほうは斎藤が睨みを効かせる。
 土方に誓えるかと言われた風斎は一も二もなく誓うと即答する。

「……騒ぎが大きくなっちまったとはいえ、あんたからの寸志で助かったのは事実なんだからな……」
「時に五条君」

 近藤の言葉に、 は姿勢を正す。

「とはいえこのままでは君の気がすまんだろう。 風斎さんの寸志を頂いてしまった時点で我々全員同罪のようなものだが、なるべく君の気の済むように計らうからそれで手討ちということにしてはくれまいか」
「……」
「いや、都合のよい言い分だということはよく分かってる! だが平隊士たちには事を報せておらん、ここにいる面々相手だけで何とか納めてくれまいか」

 両手をあわせてこの通り拝むとまでやりだしかねない近藤の様子に、 はまた慌ててしまう。
 自分が何か決めなければ事がおさまりそうもない。 取りあえずは風斎に向き直り、

「風斎さん、あの絵出版するなとはいいませんから、どうかもうすこし似てないというか、勘付かれない風にしてはくれませんか……それとあの版下集の最後にあったのだけは出さないで下さい」

 実際あれをやったときは、それはもう恥ずかしくて仕方なかったんですからと は頬を染める。

「へえ、わかりました。 仰る通りにしますよって」

 この通り堪忍、と床に頭を擦り付ける風斎。

「それと山南さん……あの版下絵、今日にでも燃やして下さいお願いします……」

 さすがにまた同じような事になったり、誰かの目に触れられたりしたら恥ずかしい。

「わかりましたが、それだけで良いんですか?」
「良いも悪いもないですよ。 本当はそれこそ殴ってすっきりさせてもらいたい所なんですが、そうもいかないようですし」

 確かに斎藤の言う通り、幹部の顔を変型させてしまうのはまずい。
 あとは私が飲み込んでおけばすむことだからと、 は深くため息をついた。

「……それじゃお前、全然腑におちたことにならねぇだろ。 こういうのはなあ、少し過激でもいいからビシッとやって溜飲下げちまったほうが後腐れねぇんだ」

  の沈鬱な表情を気にしてか、原田がそう言いだした。

「心配しねぇでも多少の事じゃオタつきゃしねぇよ。 ほれ、普段できねえようなこと……例えばそこの筋肉達磨に、次の宴会で振り袖着てもらうってなどうだ」

 永倉を指さしてとんでもないことを言う原田に、その場にいた面々の半分が笑いを吹き出す。

「んで宴の席でひとさし舞ってもらって、さらにその艶姿を風斎さんに書き留めてもらって玄関の衝立に張り出す!」
「てめぇ、人事だと思って鬼か!」

 冗談でもそれ以上言うなと、原田に飛びかかり襟を締め上げる永倉を他所に、藤堂と沖田はその様子を想像してしまったのかこんな場だというのに突っ伏して笑い転げている。
 風斎までも永倉の風貌とよく知る島原の女たちの姿を頭の中で比べてしまっているのか、思わず顔を上げてしまったが声が出ない状況だ。
  もあっけにとられて二の句が継げない。というかその凄まじい絵づらをを脳ミソが想像するのを拒否している。

「いや、その案いいかもしれねぇな。 五条の恥を元手にしたもの食っちまったんだ、こっちも恥を元手に身体を張るのが筋ってもんだろ」

 それでいいだろ? と問いかける土方に、 は歯車の狂った茶運び人形のように首をカクカクと動かして頷く。

「風斎さんも、普段美人ばっかり描いてるようだが、たまにゃ化け物を描いてもらうってことでこの件手打ちにしようや」

 こうなりゃ振り袖だけじゃすまさねえ、きっちり白粉ぬって紅ひいて、簪もさしてやろうじゃねぇかと土方は据わりきった目をして、それで決定でいいよなと近藤に最終的な了解を取る。

「そりゃ、五条君の溜飲が下がるならそれでもちろん構わんが。 全員でやったら別の意味で被害が甚大だから、せめて数人にとどめておいちゃどうだ」
「それもそうだな……」

 実際、想像図だけで藤堂と沖田などは笑い死にしそうになってるし、肝心の も石地蔵のように固まってしまっている。
 近藤の意をうけて、土方は懐にいれていた懐紙を裂いて人数分のこよりを作ると、うち二つの先に結び目を作った。
 こよりを纏めて握り込み即席の籤にすると、幹部一同を見渡して低い声で告げた。

「よーしてめぇら男なら潔く引け、文句も待ったも認めねえ!」

 一同ごくり、と生つばを飲み込んだあと、それぞれ籤を引く。
 広間に安堵の声と悲鳴と絶叫が入り乱れ騒然となる中、 は風斎とともに身動き取れないままだった。








 そして、暫く日を置いたあと。
 島原の某遊廓において、恐るべき計画は実行に移された。
 隊士慰労の席上での振り袖着用を引き当てた幹部隊士の登場は、平隊士たちに多大な衝撃を与え、宴の席は大変な事になった。
 そんな宴の最中、 は籠に乗せられ島原から強制送還されるに至る。

 腹を据えきって悪ノリした振り袖隊士に迫られ押し倒され、目を回してしまったのだ。
 付き添いで送り届けた隊士も、『御愁傷様』としか言えず、せめて安らかに気絶させておいてやろうと布団に放り込んでおいた。

 さらに後日仕上った風斎画・振り袖妖怪絵図もまた玄関の衝立に張り出され、またも隊士たちの物議の的になったが……これは先日から災難続きの が早々にひっぺがし、間借している八木家で襖の張り替えがあったのを良い事に下張りの紙束の中に紛れ込ませてしまった。

「ったく……ちっとでも悪いと思ってんならメシのお代りは三杯までにしてくれ!」

 喉元過ぎたら熱さを忘れるとの名言通り、事の手打ちが終わった後の食事風景はいつもどおりの早いもの勝ち、食った者勝ちの光景に逆戻りしていた。
  がしゃもじをふりかざして熱弁しても、腹がへるのは仕方がないし身体が資本、食わねばもたないと聞く耳なしだ。

  は思う。
 この食いっぷりが続くと、会津からの金子が下されない限りまた何かしらやらされそうだ、と。

「今度はこっちがあの連中の身売り案でも考えとくか。 それくらい許されるよな、ちくしょうめ」

 今回、山南の笑顔に騙されて(?)しまった自分も悪い所があるが、米に汁と菜がつく生活を守るのは、やっぱりどこに行っても楽じゃない。
 その事実を噛み締めつつ、 は部屋で食い扶持確保案を練っておく事にした。


---おわり---



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