明日のご飯とオカズのために 前


 腕の怪我も治ったある日、 は山南に呼び出された。
 他の幹部もいるのかと思いきや、広間で山南と二人きり。
 はてさていったい何ごとか?
 嫌な予感はあったものの、山南は極秘任務を下すという。

「おはずかしい話なのですが、新選組の台所事情をどう思われます?」

 差し向かいで座る山南の、困った様子を滲ませた苦笑に、 は言葉を探す。
 細かい会計までは分からないが、日々の食事を見る限り、思い付く言葉は、あれだ。
 
「……火の車、ですか?」
「その通りです。 まぁ一時よりはだいぶんマシになったのですが、隊士募集をかけて増員した分、また前の状況に近付きつつあるというか……」

  がここにやってきたのは、文久三年の冬、寒さがもっとも厳しい頃だ。 
 実はその少し前に、新選組が今の体制になる大きな転機となった粛正事件があったという。
 その事件の前の新選組ときたら、まだ後ろ楯もなく借財と故郷の仕送りがなければ明日の食べ物にも困るような状況だったというから驚きだ。

「思えば贅沢になったものです。 なにせ味噌汁に具が入るようになりましたからね」
「……」

 何度壬生村の畑の作物にだけは手出しをするなと隊士たちをたしなめなければならなかったかと、山南はつぶやく。
  もそれを聞いて、その状況に心底同情していた。
  の出身地は街道から外れた山間にあった事もあって、耕作に適した土地も少なく、蓄えもなかなかもてない。
 二年不作が続けば娘が売られるような貧しい土地柄だった。
 そんな場所だから、雑穀だろうがしなびたような野菜だろうが食べられるものは残さず食べたし、白い米とそれを腹一杯食べられるのが何よりのご馳走だった。

 まして新選組の激務では、身体が資本なのに食わないではそれこそもたないだろう。

「京に来る前……多摩の道場の頃なら、我々が腹を空かしている分にはどうにかなるんですけれどね。 今は我々の志に賛同して集まってくれた隊士たちを食べさせねばなりません。 そのためには早急に食糧を買い付ける金子を用意しなければならないのですが……」
「私にお金なんてありませんよ」
「ええ、それはアテにしていませんから大丈夫。 私が言うのは、隊の台所事情を少しでも賄うために、金策に協力してもらいたい、そういうことなのです」
「はあ、それは……」

 世話になってるんだから、協力できることならしますが……と は言うが、そこで口ごもる。
 新選組には、これこれの決まりを破ったら切腹、という『局中法度』がある。
 その項目のひとつに、『勝手に金策をするな』というのがある。
 隊の予算は、借金ひとつするにしても幹部が話し合って決めるし、その申し込みにしたって公務として出向き、会津藩お預かりの名前で借用書だってきちんと書く。
 献金を募るのだって、近頃はやりの押し借りにならないように気を配る。
 隊士たちも、給料として支給されるものと実家などからの仕送りの他に押し借りまがいのことをしたり、隊の帳簿を誤魔化すような真似をしたら、たちまち腹を切らされる。
 
「私は切腹するような事になるのは嫌ですよ、極秘任務なのに近藤局長から話が来ないってことは、絶対に私事まじりでしょう」
「いや、なかなか鋭い」
「当たらずしも遠からず、ですか」
「まあ、そのようなものです。 実はこれには抜け穴がありまして、相手が自主的に献金として持って来てくれたり、何らかの行いに寸志として渡してくれるのであれば……そしてその行動にきちんと裏がとれるのであれば、そう酷い事にはならないんです」

 もちろん、正当な理由がなければ切腹だが、たとえば襲われている人を助けた人が感謝してくれて、せめて礼金を……と言うのを事情があるからと断ったら後日荷車に米と野菜を山盛りにして持って来てくれた、なんてことなら、新選組の評判が上がりこそすれ隊規にひっかかる事にはならない。

「実際ありましてね、そういうの。 浪士に絡まれているのを助けた方の前で、礼金は要らないからと断ったらその時に、腹の虫が盛大に鳴いてしまったそうです。 礼金も酒席も断ってそそくさと屯所に帰った数日後、その方が『ささやかながら』と荷車いっぱいの食べ物を……あの時は本当に助かりました」

 もちろんその隊士は隊規違反に問われる事はなく、頂いた食糧は皆で分け合って食べた。
 しみじみ言う山南の口調から、結成当時たるや本当に貧乏だったのだなあと思ってしまう。

「あの時は奇特な方が居て下さったおかげで何とかなりましたが、このままでは半月たたずに粥をすする生活に逆戻りです。 ですが、よいお話が飛び込んできたのですよ」

 そこで、あなたにひと肌脱いでもらいたいのだ、と山南は言った。












 山南に連れていかれたのは島原の茶屋の一件。
 その奥を貸し切っているという。

「大丈夫、遊女の真似事をしろなんていいませんから」
「本当でしょうね。 陰間の真似事もお断りですよ」
「ありませんって」

 信用ありませんねえと笑う山南に、茶屋の奥にある座敷に案内されると、そこには初老から前髪を落としていない少年まで、様々な年齢の男が数人待っていた。

「こりゃ、山南はん。 わざわざすいませんなあ」

 初老の男が頭を下げて挨拶するのに、山南もにこやかに挨拶を返す。
 そして に向き直り、

「こちらは新選組で預かっております、五条君。 五条君、この人は、島原の妓楼数件に出入りしてらっしゃる絵師で、風斎さんといいます。 こちらは、お弟子さんたち」
「所で山南はん、頼んでおりました画題の女子はんは、後から来やはるんどすか?」
「いいえ、この五条君が適任かと思いまして。 ええ、こう見えてもれっきとした女子ですから」
「へぇ!?」

 風斎の素頓狂な声に、 はまさか……と山南の顔を伺う。
 山南はひとつ頷いて、

「はい。 五条君には風斎さんとお弟子さんたちの絵の画題になっていただこうと」
「な、何でそういうことに!」

 山南の説明によると、付き合いやら何やらで何度か島原に出入りするうちに縁あって風斎を紹介され、親しく付き合うようになったという。
 風斎はおもに美人画を得意とし、妓楼の女たちを描いては美人画を売り出したり、時には絵草紙の挿し絵を書いたりしているのだが、ここの所煮つまりかけているという。
 それというのも、遊女たちを描くのは良いが、たまには逆方向のものも書かないと自分の中での比較対象や絵心の引き出しといったものが乏しくなってしまい、しまいにはやっつけ仕事としか思えないような絵しか描けなくなる。
 そうならないためには、普段と違うものを描き頭の中にある絵を一度白紙に戻して心機一転したいのだが、絵を書かせてくれるような……それも絵師の前に肌を晒して良いというような素人娘はなかなかいない。
 茶屋の看板娘たちの常の振る舞いを描くのも良いが、やはり妓楼の絵師として、一番描きたいのは艶のある絵、遊女とは違った素人娘が肌をみせた美しさなのだという。
 とはいえ、堅気の娘に画題になってくれ、肌を見せてくれと言っても断られるのが関の山。
 医者相手でさえ恥じらい憚られるというのに、絵師の視線の前に晒すなどもっての他と言われるのがオチ、けれど描きたい……と悩んでいた所に山南が助け舟を出したのだとか。

「こないな無茶な願いを聞いてくれる娘はんに心当たりがあるなら是非お願いしますと、山南先生にお縋りした次第どす」

 山南の話を受けて、そういう事なのだと風斎が手を合わせる。

「あてと弟子どもを助けると思うて、協力してくれませんか。 こないな無茶な頼みを聞いてくれる女子はん、他にどうツテをたどってもおりまへんのや」
「う……」

 普通に考えるなら、嫁入り前の娘が医者でもない人間に肌を晒すなど、赤子でもなければ家族の男相手にでさえ憚るというのに、確かに無茶すぎる頼みだ。
 だがいかに無茶な頼みといえ、新選組に置いてもらっている立場なのだから、肌を見せる程度断るなどできはしない。
 どうしても嫌だと言えば新選組幹部の山南の立場を悪くすることになる。

「この通りどす。 お礼はさせてもらいますし、天地神明に誓って事情も名前も表に出しませんし、何も観音さん見せてくれとは言いませんよって……」
「ふ、風斎さん! それ以上言わないで下さい、わ、わかりましたってば!」

 仕事熱心な人たちに、この通り、拝むと言われてしまっては断りづらい。
 それにこのまま渋り続けると、さらに恥ずかしい事を言われる事になりそうだ。
  が引き受けた事で、風斎一同はほっと胸をなで下ろす様子を見せた。
 
「では、話はまとまった様子ですので。私は一段落つくまで隣室に居させてもらいますね」
「へえ、ほんまありがとうございます山南先生」
「いえいえ、お力になれてなによりです」

 他の隊士たちには頼むから内緒にしておいてくれという の要求には、山南も風斎ももちろんだと請け負った。

「お願いしますよ、ばれたりしたら死ぬまでからかわれます」
「大丈夫ですよ、私も風斎さんも口は固いんですから」

 後はお任せしますが、あまり泣きそうな格好をさせるのは勘弁してやってくださいねと、微妙に嬉しくない言葉を残して、山南は襖の向こうへと消えていった。

「では五条はん、さっそくお願いします。 衣装はこちらで用意させてもらいました」

 まさか本当にひと肌脱ぐ事になろうとは……。
 そう思いはしたものの、後の祭というものだ。
 この屏風の陰でどうぞ着替えて下さいと、歳若い弟子が差し出した着物を受け取り、 は覚悟を決めて屏風の陰へと消えた。

 袴を脱ぎ、男物の小袖を脱いで女物の下着である緋色の湯文字を腰に巻き、薄手の肌襦袢を身につける。
 襦袢の上から上方で流行りだという小紋の入った絽の着物を羽織った所で、髪が男結いだったことを思い出して一度解き、いつもは首の後ろで結っている髪を裾の位置でひとくくりにして結い紐をかけ、洗い髪風に見せるために前髪をいつもとは別方向に流した。

 ……もう、半ばヤケだ。

「これで、良いですか」
「おお、上出来どす」

 これは筆が乗るりそうだと風斎は手を叩く。
 さっそく、そこに屏風の前に設えた布団と枕の上で格好をつけてみてくれと言う事で、枕に半ばうつ伏せにもたれ、着物の裾を割り片足の膝とその周りが見えるような状態でしどけなく横になる。

「うーん、もう少しこう、事の後のような感じで襟の袷を乱してもらえますか? 襟も抜いて、髪を片側に流して首筋をみせて……そうそう、そういう感じて」

 弟子に着崩す形をつけるのを手伝ってもらい、もう一度形を取る。

「ん、まずはこれでいきましょか」

 絵師たちが筆を取り、こちらに遠慮のない視線を向けながら描きはじめるのを見て、確かにこれは堅気の娘になどやらせたら泣き出してしまうわと諦めきった表情で目を伏せた。
 時間が過ぎて、何度か形を変えて描いた頃、弟子のひとりが師匠に何やら耳打ちをしだした。

「お師匠はん、こんな趣向はどうでっしゃろ……」
「ん? んん、ふむ……そら、悪くない案や。 よし、隣いって借りといで」
「あい」

 何やら不穏な空気を感じ取った は伏せていた身体をむくりと起き上がらせ、怪訝な目を風斎に向けた。

「ああ、ご心配には及びませんよって」
「湯文字を取って足を見せてる段階で相当譲歩してますよ、この上何やらかそうって言うんですか」
「いやいや、直に見せるばかりが絵ではないんやいうのに挑戦しようかと。 周りの小道具や様子から、何があったかを想像してもらえるような絵にしてみようかということでしてな」

 はだけた前のあわせを引き上げて胸を隠した が首をかしげると、隣室から弟子が戻ってきた。 手には山南が身につけていた男物の着物がある。

「それじゃ五条はん、さっきみたいにうつぶせになってくれますか? ああ、敷布はもう少し乱した形を作ったほうがええなあ」
「ちょっ……男物ならそこに私の着ていたものが! な、何をする気ですかーー!」

 師匠の指示にてきぱきと動く弟子が の下の敷布を激しく乱した形に作り、もうひとりがにこやかに山南の着物を持って近付く。
 隣室でその騒ぎを襖越しに聞いていた山南はというと、下着の単一枚になった姿でおかしそうに忍び笑いを漏らしていた。










◇◇◇◇◇











 数日後。
 絵師風斎の名前で、『寸志』ということで荷車一杯の食糧と酒一樽がとどけられた。
 山南が小判で礼金を貰っては『勝手に金策致すべからず〜』という項目に抵触するかもしれないので、礼をするなら食べ物でも届けて下さいと根回しをしておいたからだ。
 菓子折りにならなかったのも、山南が新選組の台所事情を風斎に説明しておいたからだろう。
 町人に武士(?)事情を包み隠さず話してそれを恥と取られないように相手に受け取らせるには、話の持っていきかたが上手でないととても無理だ。
 その辺、さすが山南というあたりだろうが、 は玄関に届けられた食べ物と酒を前に大喜びの隊士たちの様子を遠巻きに眺め、何ともいえない表情をしていた。

 酒だ米だ、干し魚だけじゃなくて塩づけの切り身もある、味噌に醤油に塩に昆布、小豆や大豆まである、すごいすごいと大騒ぎだ。

「どうしたんだこの騒ぎは。 山南さん、あんたか?」
「ああ、土方君」

 荷物を持ってきてくれた風斎の使いから手紙を受け取っていた山南は、騒ぎを聞き付けて前庭に出てきた土方ににこやかに笑顔を返した。

「……寸志?」
「ええ、知り合いにちょっと人を紹介しましたら、喜んでくれまして。 何かお礼をしたいと言うので、金子では幹部自ら隊規に触れかねないので、こういう形にしてもらったんです」
「そうか、そりゃあ気をつかわせちまったな。 むしろこっちが礼を言いたいくれえだ、これで隊士どもを暫く食わせられる」

 これだけの米がありゃあ、節約すれば次に会津からの金子が下るまで食いつなげると、土方も胸をなで下ろしていた。

「ん? その紙束は何だい、寸志の品の目録か何かか?」
「いいえ、これも一種の『気持ち』だそうで」

 山南の手元にある紙束の表には、『当世美女洗髪小町之図』と題されている。
 知り合いというのが島原の絵師なので、そういう人ならではの礼だと目を細める山南。
 数日で手の込んだ錦絵は出来ないから、これは色決めをする前の構図取り、版下絵の段階だ。
 絵師の版下から版木を掘って、色を乗せて何工程もの手順を踏んで始めて美麗な錦絵が出来上がる。
 だがこうした版下絵も、錦絵が売れれば『あの作品の知られざる第一段階』として価値が跳ね上がるものだから、将来的な愉しみを貰ったようなものだ。

「新選組としても大いに助かりましたし、人助けにもなったようでまずはよかった」
「ああ、これまでの悪評もでかいから、細々した事でも人助けしていかねぇとなあ」

 土方も結成当時の様々な事件を思いだしてか、苦笑を零す。
 本当に、あの頃は苦労をしたものだ。
 
 事は、約一名の微妙な心境を除いて大方丸くおさまった……と、思われた。




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