■泥沼攻防戦 2月14日の陣


「見つかったら没収って分かっていてわざわざ持って来るわけがないでしょう」

 本日2月14日。
 製菓業界の思惑に踊らされていると知りつつも、日本男子の男が問われる冬の一大イベントの日。
 聖バレンタインデー。

 薄桜学園において、この日チョコの受け渡しは御法度という知らせがすでに出されていた。
 もてない男のやっかみ……ではない。
 純粋に、校風にあわない、風紀が乱れるという理由ではある。
 が、どうせ特定女子の好意が誰に向いているのかを、見せつけられたくないだけだろう……と学園の男の誰もが思っている。

 という訳で、学園の女子生徒対象に、抜き打ちの持ち物検査が行われた。
 といっても学園に女子は二人しかいない。
 一年の雪村千鶴と、二年の五条
 彼女らの教室に風紀委員が押し掛け、一部の教師による命令と風紀委員の権限で持ち物を公開させたのだが、二人の荷物のどこからも怪しいものは出てこなかった。

 机の上に広げられた の荷物には、怪しいものなど一切ない。
 風紀委員の斎藤は、机の中まで覗き込んでみたが、それらしいものは影も形もない。
 取り調べ中の は、平然と机の横に立って、手持ちの鞄を逆さにして振る。身にやましい所など、どこにもございませんというふうに。

「何だったらロッカーの中もどうぞ?」
「拝見しよう」

 普通、女のロッカーを堂々と覗くか!? と周囲の男子から突っ込みが入る所だが、この日に限っては誰も止めない。
 多分、一年の千鶴も同じ目にあっていることだろう。
 あちらには、兄の薫が向かっている事だろうが、千鶴ちゃん可哀想に……と、 は内心で溜め息をついていた。
  のロッカーの中には、部活時用の着替えと、竹刀が一本。弁当の包み。 あと、教室を移動するときに持って行く理科資料集などの教科書、図書室で借りた本などが入っている。
 ……殺風景この上なしのロッカーだ。

「……剣道部のロッカーも見せてもらおう」
「はいはい、どうぞどうぞ」

 女子更衣室といっても、女子が ひとりだけなので道具置き場の隅っこロッカーをおいて、つっぱり棒とカーテンで適当に作っただけの更衣室だ。 点検に入られた所で何の問題もない。
 そして、部室のロッカーからも怪しいものは発見できなかった。
 となると、事前にどこかに預けたのでは……と斎藤が露骨な疑いを向けてくると、 はあきれて『ないない』と顔の前で手を振った。

「この学園のどこに預かってくれるところがあるんですか。 譲りに譲って学園長の所ですけれど、あの人なら、「確かに預かったが、教師や風紀委員に渡す事もできん、放課後に正式に返すまでが『預かった』だ」って真顔で言いますよ」
「確かに、その通りだ」

  の言い分は通っていたので、一緒に廊下を歩きながら斎藤は普通に頷いた。
 となると、やはり本当に持って来ていないのだろうか。
 噂の、『本命チョコ』を。




 情報の出所は、姉と同居している弟の五条
 数日前、自宅に千鶴を招き、当日に備えて二人でせっせとチョコ作りをしていた姿を目撃している。
 つまみ食いをしようとしたら張り倒されたので、本命用のチョコに間違いないだろう……ということだ。
 この情報を得ている薫は、持ち物検査と称して妹の千鶴の鞄の中をチェックして、また斎藤と同じようにロッカーの中までも点検して、それでもチョコレートが出てこないことをいぶかしんでいた。

「千鶴……情報は上がってるんだよ?  さんの所で一緒に作ったチョコレート、まさか持ってきていないの?」
「見つかったら没収ってわかっていてわざわざ持って来たりしません」

  と示し合わせたような答えを返す千鶴。
 薫は眉間に皺を寄せ、机の上に広げた荷物を鞄に戻す千鶴の顔を覗き込んだ。

「じゃあ、どこにやったのさ。 そもそも作ったチョコレートがもう存在しない、なんてことはないだろうね?」
「黙秘権を行使します。 兄さんに答える必要なんてありません」
「可愛い妹に悪い虫がつかないようにって心配する兄に、そういう事を言う?」

 薫、完璧に公私混同しているが、クラスメートたちは誰もつっこめない。
 下手な突っ込みをいれようものなら、風紀委員の特権を駆使してあれやこれやの嫌がらせをされるのが目に見えているからだ。

「とにかく、取られて困るようなものは持ってきていません」
「納得いかないなあ……家に置いてあるの? それとも さんに預けてある?」
「兄さん……いい加減しつこい」

 この兄の、妹に対する過保護っぷりと歪んだ愛情(?)は、周囲の誰もが知る所だ。
 妹が、それを少々うっとうしく思っていることも。
 が、やはり嫌がらせが怖いので誰も口を出さない。
 幕末から因縁のある付き合いの面々と、 以外は。

「薫くん……そろそろ千鶴ちゃんを解放してくれない? 次の授業が始まるんだけれど」

 千鶴がしつこく詰問されているだろうことを心配してきてみれば、やっぱりだ。
 休み時間は丸つぶれ、そろそろ次の授業に入ろうという時間なのに解放されていない。
 一年の教室までやってきた を、薫は薄笑いで出迎えた。

さんの言う事なら考えてもいいんだけれど、今回はちょっと譲れないなあ。 可愛い妹に悪い虫がつくかつかないかの瀬戸際だしね」

 特に『あいつら』に本命チョコなんて、許せないからねと薫はいきまいている。
 あいつら。
 幕末から時代を越えて生まれ変わってまで、可愛い妹にちょっかいを出す元・新選組の面々だ。
 あと、当時嫁取り問題を抱えていた西の鬼の頭領も含まれる。
 薫と が睨み合いに突入しかけた所で、次の授業開始を告げるチャイムが鳴り、やりとりは一時中断となった。






「確かに千鶴さんと作っていましたよ、けど俺はそれ以上の事は知りません!」

 休み時間、別の場所で掴まっていたのは の弟・
 こちらは、やはり幕末から時代を越えて生まれ変わり、薄桜学園に在籍している鬼の面々に囲まれていた。
 教室移動の帰りに捕まった を、クラスメートたちはあっさりと見捨てた。
 悪目立ちしすぎの生徒会長・風間、彼といつもつるんでいる――これまた目立つ二人、天霧と不知火に囲まれている所にわざわざ突っ込んでいく剛の者はそう居ない。

「隠しだてすると、ためにならんぞ。 我が妻の手作り菓子を手にする権利は、俺だけのものだ」

 ついでに貴様の姉が作ったものも、献上すると言うのならもらってやらん事もない……と言われて、 は溜め息をついた。
 こういう物言いか出来ない人なのだとわかっているからいいが、普通の女性にこんなことを言ったら横っ面を張り倒されても仕方が無い所だ。

「そもそも……今日、学園に持ってきていると確定しているのですか?」

 天霧の質問に、 は是と頷く。

「朝の台所に、思いっきりチョコレートの香りがしてましたし。 朝の時間で仕上げをしたんだと思います」

 チョコプリンとか、ホールケーキとか、持ち歩くのに不向きだったり大型だったりするものを冷蔵庫に入れてあるのかなと思って、出かける時に一応チェックしたが、そういうものはなかった。
 なので大物を作って家には置いていない、はず。

「けどよ、持って来たとしたら風紀委員の連中が見のがすはずねえだろ? 持ち物検査とかいって……あ、男の持ち物検査はないみたいだから、お前に預けてるとかはないのか?」
「不知火さん……俺だって命が惜しいです。 ばれたら袋叩きにあうとわかっていて、誰が預かるもんですか」

 風紀委員に絞られるだけならまだしも、絶対に職員室に呼び出されて、コワモテ教師の面々のお説教コースになるだろう。
 ご免被りたい。

「とにかく、俺は持ってきてるとは思うけれど正確な所は知りませんし、預かってもいません! 次の授業があるんですからカンベンして下さいっ!」

  は体格の良い先輩三人の間をすり抜けて、逃げ出した。
 その背を見送り、天霧は、

「……で? 諦める気はないんですよね、二人とも」

 幕末からの腐れ縁な鬼二人は、諦める気など微塵もなさそうだった。
 鬼たちが考えた、男の持ち物検査はないから、弟に預けてあるかもしれない、ということは風紀委員たちも思い至ったらしい。
  も次の授業の後の小休憩の時間に、風紀委員の襲撃を受け、持ち物全てチェックされるという災難を被った。









「ない……よね」
「沖田さん………何をしにきたんですか」

 保健室。
 保健委員の山崎は、保健医の山南の手伝いをするために休み時間に顔を出していたのだが、そこに沖田やってきて、失礼しますと部屋に入るなり冷蔵庫を開けた。
 保健室には、氷を作っておいたり、冷蔵しておいた方が良い薬品を保管しておくために、小さいながらも冷蔵庫がある。
 開けてみたが、そこにチョコレートらしき包みもモノも置いてなかった。

「ううん? 千鶴ちゃんや ちゃんがチョコレートを預けるならここかなあって思って」
「お言葉ですが、まっ先に隠し場所として除外するのがここかと。 預けておいて、余計な悪戯をされたらどうするんです。 洒落にならなかったり、面白い薬を混入されたりとか」

 溜め息まじりの山崎の言葉に、置田は『あ』と呟いて冷蔵庫を閉めた。

「ああ……うん、そうだね。 山崎君の言う通りだ」

 生まれ変わって出会っても仲のよくないこの二人だが、相手の言葉に理があるとわかれば引くくらいの進歩はしている。
 今回も沖田は山崎の言い分に非常に納得した。
 ちなみにこのやり取り、保健医の山南の目の前で堂々と行われている。
 山南は椅子に座ってこのやり取りを聞いていたが、

「二人とも、そういう会話は本人のいない所でやるのがマナーですよ?」

 と、もっともらしく黒い微笑みを向けた。
 普段の二人なら、それで一歩くらいは引くが、今日ばかりは男の面子が掛かっている。

「お言葉ですが、山南先生。 どれか一本だけ本物、などとうそぶいて、レプリカの変若水の瓶を何十本も机の中に潜ませている人の台詞とは思えません」
「冷蔵庫の中にも、イチゴシロップとか、トマトジュースとか、アセロラドリンクとか……何故か赤いものが多いしね。 食紅なんて普通は家庭科室にあるものじゃないですか?」

 仲の悪かった二人、都合が良ければ結託するというスキルも身につけている。
 信用ならない120%の視線を込めて二人は山南の顔を眺めた。
 が、山南も負けてはいない。
 腹黒いやり取りなら年季ははるかに上なのだ。

「世にチョコレートは数あれど、どうして彼女たち二人のチョコレートにこだわるのかはまあ、聞かないでおいてあげましょう。 武士の情けというものです」
「それはどうも……」

 何が情けだ、と思いつつも沖田と山崎の返答は見事に唱和していた。

「ですが、校内には生徒立ち入り禁止の場所があり、そこにも冷蔵庫があることを忘れてはいけませんよ?」

 私が預かって、安全のためにそこに保管していたとしても……まあ素直に返す気はありませんがね、と山南は微笑みつつ眼鏡のフチを持ち上げた。
 が……生徒側も今日は退けない。

「山崎君。 近藤さんは僕が口説き落とすからさ。 宿直室のほう頼める?」
「承知しました」

 呼び出しでも食らわない限り、立ち入り禁止の学園長室と、教師が学校に寝泊まりする時のための宿直室。
 生徒立ち入り禁止のこの二部屋にも、冷蔵庫はある。
 千鶴と が教師を先に抱き込んでいれば、使わせてもらえているかもしれない。

「おやおや……勇ましい事ですが、風紀委員に君たちの行動を報告するのも私の自由だということをお忘れなく。特に沖田君、君はだいぶ減点されているはずですよ?」

 そろそろ何らかのペナルティが発生してもおかしくないはずですが、と山南も退かない。

「甘いですよ、山南先生。 この件に関しては、風紀委員も我々の味方です」
「得に薫はよく判ってくれそうだよね。 じゃあ行こうか、そちらよろしく」
「はい。 では山南先生、こちらの名簿の整理はおわりましたので、失礼します」

 喋りながらも手を止めていなかった山崎は、山南の机の上に綺麗にまとめて段ボールで表紙をつけた名簿の束を丁寧に置いて、沖田と一緒に保健室を出ていった。





「……風紀委員め、何してやがる」
「土方さん……公私混同って言葉、知ってるか?」

 職員室。
 今回の、バレンタインチョコレート持ち込み禁止を言い渡した張本人……いわばこの騒ぎの元凶・古典教師の土方は物騒な笑いを浮かべて机の上の紙クズを握りつぶした。
 グシャ、と耳によろしくない音がする。
 本当に潰したいのは、没収したチョコレートなんだろうなぁと、隣の席の保健体育教師・原田は生暖かい表情を向けていた。

「雪村・五条両名とも怪しい所持品は持っておらず、疑われるような素振りもなし。 ついでに五条の弟のほうも締め上げたそうだがこちらも怪しい様子はなし……。 そんな事、あるわけがねえだろ!」

 イラつきもするぜ、と土方は叩き付けるように紙屑をゴミ箱に入れる。

「いや、風紀のためにチョコレート持ち込み禁止ってのはわかるけどよ? いささか気合いを入れすぎなんじゃねえかってことだ」
「何言ってやがる、俺は放課後や家に帰ってまで禁止、とは言ってねえぞ? わざわざ持ってくるのが大問題なんだって事だ」
「そんなこと言って、いざ自分で貰ったら甘く見る気でいるんだろ?」
「馬鹿にすんじゃねえぞ原田。 確かに受け取るくらいはしてやるが、決まりは決まりだ。 もらったものは俺の自由、その場でゴミ箱行きだ」

 フン、と胸を反らす土方に、原田は素直じゃないねぇと呟く。
 しかしこの調子では、今日はチョコと名のつくものならマーブルチョコひと粒でも没収対象になりそうだ。
 もし持ってきているなら、預かって宿直室の冷蔵庫にでも隠してやるからと言うべきかね……と原田が考えていると。
 職員室の扉がガラッと開いて、永倉が戻ってきた。

「おお? なんかいつも以上に殺気立ってるな?」

 回収してきた小テストの束を自分の机の上に置いて、

「そういやあ、さっき山崎が宿直室の冷蔵庫をチェックさせてくれなんて言うからよ。 理由聞いてた後見せてやったんだが……土方さんもそんな目くじら立てて、乙女心に水を差さなくても良いんじゃねえか?」
「お前が乙女心を語れるクチかよ。 それにしても、宿直室の冷蔵庫まで調査対象かよ」

 原田は永倉の発言を茶化しながらも、風紀委員でもない連中まで何で結託してるんだよ……と内心で突っ込みを入れておく。
 宿直室の冷蔵庫まで張られているとなると、家庭科準備室など言わずもがな。
 残りは購買部の冷蔵庫くらいだが、教師権限でちょっと借りて……なとど考えた。
 と、そこへ、『失礼しまーす』の声とともに、藤堂が職員室へ入ってきた。

「……平助……。 まさかもう、受け取ったりしていねえよな?」
「ああ、千鶴と のチョコ? 残念ながら影も形もねえって」

 土方の疑惑の視線に、もし貰ってたら、こんな所に顔だしてねえし、と藤堂はちょっと空しさ込みの口調で返事をする。
 個人的に手作り本命チョコなど貰った日には、嬉しくて顔が緩むのを隠せない。
 表情からバレて、各方面から袋叩きにあうことが判っていて、誰がのこのこ出てくるものか。

「それもそうか。 聞いて悪かった」
「土方さん、地味にひでえよな」

 やるせない(?)やり取りのあと、土方は椅子に座ったまま藤堂に向き直って尋ねる。

「で? 何の用だ」
「ああ、次の授業の後は昼休みじゃん? 千鶴と がさ、都合があうようなら屋上に来てくれって。 弁当のオカズ作り過ぎたから消費すんの手伝ってくれってよ」
「作り過ぎ? あいつらがか?」

 彼女たちが毎日、自分と家族の弁当を作っているのは知っている。
 手慣れているだろうに、オカズを作り過ぎる……なんてことがあるだろうか。
 同じ事を藤堂も思ったらしく、土方の表情から自分と同じ事を疑問に思っていることを察し、

「冷蔵庫の中に、処理しておきたい材料が重なっちまったって言ってた。 肉や卵の特売日前なのに、まだ前の使い切れてなかったとか」

 所帯じみた理由だな……と思いつつも、彼女らの手料理というのは、素直に嬉しい。

「都合があえば、って言ってたから。 来なくてもいいぜ、得に新八っぁん」
「なにおう、千鶴ちゃんや ちゃんの料理となれば、何を置いても行くに決まってんだろが!」
「来なくていいぜ、むしろ来るな! 大喰らいが増えたら取り分が減っちまうだろ!」
「平助……お前、一応教師様に向かってその口の聞き方は何だコラ」
「へーんだ! 新八っぁんが教師できるんだから、その年の教員試験ってレベル低かったんじゃねえの? 教員資格に更新試験があったら、新八っぁん絶対落ちると思うし!」
「このぉ……口が達者になったもんだな!」

 ギャアギャアと言い合いをはじめた二人をしり目に、原田は財布から千円札を取り出す。

「ほら、土方さんも出せよ。 お招きに預かるなら、ガキどもに飲み物くらい奢ってやらなきゃ大人として格好つかねえぞ」
「そうだな。 ああ、新八の分は」
「たて代えておく。 利子込みでな」

 むしろあいつに全部奢らせるか? と、次のチャイムが鳴るまで、土方と原田は大人気ない口喧嘩の観戦と洒落込む事にした。









 三年の人相の悪い鬼三人組の所には が、他の面々の所には千鶴が『昼休みに屋上に来てくれ』と伝えに行った。

「……何故我が妻が迎えに来ぬのだ」
「危ないからに決まってる!」

 千鶴ちゃんが呼ぶと言い出さなければ、アンタだけは除外したかったと、 は風間の前で肩をいからせた。

「大体妻なんて恥ずかしい台詞を堂々と……そんな言い方は、一度でもまともに口説いてからにしな!」

 ろくに知りも付き合いもしないうちから所有物扱い、あちらの意思も少しは考えろと。

「ふ……貴様は忘れているのだろうが、あれは前世からの縁ある、まごうことなき我が妻だ」
「寝言にしては目がしっかり空いてるね」

 それとも、学生必須スキル・目を開けたまま睡眠の発動中かと、 は馬鹿にしきった目で風間を眺める。

「とにかく三人とも、伝えたからね。 さすがに廊下でこれ以上のやり取りは周囲の視線が痛いから退散させてもらう」

 この三人とまともに話ができる……というかまともに話しかけられる下級生、しかも女子……ということで、三年の教室周辺では はもはや有名人、むしろ勇者(?)扱いだ。
  のほうは、話に来るたびに、珍獣を見るような目つきで見られるので長居はしたくない。
 今回も伝える事だけ伝えて、さっさと屋上へ向かった。
 『いつもより大きな』弁当箱を抱えて屋上への階段を上がる途中、 ははぁ、と溜め息をついた。
 この学校に転入して以来、何かとトラブルが転がってくるのにも、周囲に何かと個性の濃い人間が揃っているのにもすっかり慣れた。
 だが慣れないのは、度々耳にする『前世の縁』というやつだ。
 どうも、あちらは自分を知ってるようなのだが、こちらは二十年に満たない人生の中で、彼等と会った記憶がない。
 本当に幼い数年を除くとしても、あんなに濃い連中、接触がしておいて忘れるほど、物覚えは悪くないつもりだ。
 なので、風間などが『前世からの縁』をふりかざす言動も、こいつアホか、究極のロマンチストのどっちかかと真剣に悩んだりしていた。



  の言う所の、『性格が濃い面々』。
 彼等と は実は、百五十年ほど前に縁があった者たちなのだが、彼等が当時の事を『覚えている・思いだしている』のに対して、 は当時の記憶が一切ない。
 なので日本史の授業の時に当時の事が出ても、テスト対策どうしよう、くらいにしか考えていないし、テレビ特番などでかつて自分が生きた時代と環境の事に触れる事があっても、ふーん、で終ってしまう。
 千鶴もまた、部分的に思いだしている事があるが大分記憶が飛び飛びで、それを良い事にあることないこと吹き込もうとしてくる連中がいるので、兄の薫が目くじらをたてている。
 けれど、思いだしている側からしてみれば、記憶はなくとも出会った瞬間にわかってしまった。

 あの時を一緒に生きた、彼女だと。

  の当時の記憶が一切ない、また思いだす気配もないことについては、薫が推論を立てている。
 曰く、

「覚えていたら、辛くて悲しくて、息もできなくなっちゃうような事があったから、綺麗に忘れて生まれてきたんだろう」と。

 これについては、 と関わりのあった面々、それぞれが思い当たるフシがあったらしく、何も言えなくなってしまった。
 同じ場所に、同じ時代を生きて関わりのあった人間が生まれ変わってきて集まる……という異常事態に慣れきってしまっていたために、逆に『本人だとわかっているのにまったく当時の話が通用しない』ものだから、誰もが一から関係を作りなおさなければならなかった。

 お陰で、今生、彼女は誰に惚れているのか、その傾向があるのかを知る良い機会でもあるバレンタインデーが、こうもオオゴトになっているわけだが。



 屋上へ向かう階段を昇りきると、千鶴と、彼女が呼びに行った面々が待っていた。
 藤堂が呼びに行った教師陣と、 が呼びに行った三年生もほどなくしてやってきた。
 風紀委員の二人は、どうも今日は二人とも弁当箱が大きかったな……と思っていたのだが、こういうことなら納得だ。
 自分たちの昼食に加えて、余り物で作ったにしては豪華なオカズをつまみながら昼休みは過ぎていく。
 多少の奪い合い、言い合いなどはいつもの事なので和やかなものだ。
 皆、ほどほどに腹を満たした頃、千鶴と は顔をみあわせ、満を持してもうひとつの容れ物を取り出した。

「皆さん、食後のデザートです」

 果物か何かか、と思って広げられた容れ物を覗き込んだ男たちは、目を見張った。
 容れ物一杯、チョコレートづくしだったからだ。
 クッキー、ブラウニー、マフィンといった焼き菓子、溶かして型に流し込んで棒をつけたチョコポップ。
 ドライフルーツとコーンフレークで作ったチョコバーに、食パンにガナッシュクリームを挟んだチョコサンド。
 他にも手間はあまりかけていないが、種類豊富なチョコ菓子が山盛りだ。

「すっげえーーー! これ全部二人で作ったのかよ!」

 藤堂が歓声を上げ、目をキラキラさせて覗き込む。

「あんまり、手はかけられなかったけれど、味はなんとかなってると思います」

 はにかんだ様子の千鶴が、あまり感激されても、拍子抜けする味だったりしたら困る……と頬を染めている。
 が、穏やかでないのは風紀委員と、チョコ持ち込み禁止を言い渡した土方だ。

「おい……俺は、チョコレート持ち込み禁止って言い渡したはずだぞ。 風紀委員にもそいつはキッチリ言っといたはずだ、何でこんなに持ち込んでいやがる!」
「我々をたばかったというのか? そうだとしたら捨ておけん」
「嘘をつかれていたなんて、穏やかじゃないね」

 男三人の剣呑な視線に射すくめられて、千鶴は思わず引けてしまう。

「まあ、良いではないか。 もてない男どものやっかみと思えば可愛いものだ。 貴様ら、我が妻の情けに文句をつけるなら俺が相手になるぞ?」
「話をややこしくしないで下さい」

 教頭と風紀委員に正面きって喧嘩を売る風間を、横にいた天霧が一応止める。不知火も、

「何だよ、素直に受け取ればいいもんを。 いらねーーってんなら、お前等は食うなよ」

 と言って、早速チョコバーをつまんで齧り出す。

「ん、美味ぇ。 個人的にじゃねえのは残念だけどよ、あんな素直じゃねえ野郎どもなんてほっとけ」
「その意見に、全面的に賛成。 ほんと個人的にじゃないのは残念だけれど。 僕もいただくね」
「私もいただきましょうか。 このチョコ大福、美味しそうですねえ」

 沖田はチョコサンドを一口食べて、美味しいと嬉しそうに笑う。
 教師が手を出すな、と怒鳴る土方の声も、山南はどこ吹く風だ。

  のほうは、土方に睨み付けられてもびくともしない。

「土方先生は、バレンタインチョコは持ってきてはいけない、見つかったら没収って言いましたよね? だから私も千鶴ちゃんも、持って来ませんし、個人的なものも作っていませんし買ってもいません」
「じゃあ、このチョコレートの山はどう説明するってんだ!」
「食後のデザートを持ってきてはいけない、とは誰も言ってないはずですけれど?」

 いつもはリンゴやオレンジの所を、今日はちょっと『バレンタインデーにちなんで』毛色を変えてみただけですけれど何か問題が? と、 はあくまでこれは食後のデザート、と言い張る構えだ。

「大体、これが駄目なんて言っちゃうなら、普段普通に持ち込んでるポッキーやアーモンドチョコも不可、ってことになりますよね?」
「てめえ……それで言い逃れしたつもりか?」

 相手になるぞ、という構えの土方。
 記憶はなくとも、 の根っこの部分は笑ってしまうほど変わっていない。
 鬼副長、と呼ばれていた自分の目を堂々と見返して憎たらしい口をきく、気を飲まれず正面から向かい合う。
 なので、容赦する気は一切ない。

「これは全部没収だ、没収! おいこら雪村、お前何で持ち帰り用の小袋なんて配っていやがる!」

  が土方と風紀委員を引き付けている間に、千鶴は鞄から持ち帰り用の可愛いラッピング袋を取り出して皆に配っていた。

「皆さん、この場では食べきれないでしょうし、余らせても、捨てちゃうだけならもったいないじゃないですか。 だったら持って帰ってもらったほうが無駄になりません」
「だよなあ。 残りは放課後に小テストの採点した後にでもいただくとするか! 頭使うと、甘いもんが欲しくなるもんな!」

 袋を受け取った永倉は、ポップチョコをひとつ口に入れて棒を唇の端から出したまま、あれとこれと、とラッピング袋につめていく。

「私もいつも帰る時には小腹が空いているのでちょうどよかったです。 有難く頂きましょう」
「俺も放課後の分、もーらい」

 天霧と不知火も好きなものを袋に詰めはじめる。

「千鶴ちゃん、その余った三枚貸して?」
「これ……土方先生たちの分ですけれど」
「うん、可愛い袋だからちょっと勿体無いんだけれどね」

 沖田は千鶴から受け取った袋を、クシャクシャ、と丸めて、ゴミを集めておいたビニール袋の中に入れてしまった。

「何としても、要らないみたいだし?」
「ま、要らないってもんを強要するのは返って悪いよな」

 普段なら、沖田のやることに多少は嫌な顔をする藤堂も、今日ばかりは別だ。

「総司、そっちのサンドも食べたいから、こっちのマフィンとはんぶんこしねえ?」
「いいよ、僕もそれ気になってたんだ」
「あ、来れなかった近藤さんに持っていってやろうぜ、悪い山崎君、そのクッキー譲って!」

 そういう事なら、こちらのチョコ大福もひとつどうぞと山南も自分の取り分をひとつ譲って近藤の分の袋に入れてくれた。

 みるみる無くなる手作りチョコの山。
 あっけに取られる土方、斎藤、薫の三人の肩を、自分の分はちゃっかり確保した原田がポンと叩いた。

「ま、メシの一環なら仕方ねえしな、お前らの負けだろ。 あとは素直に喜んだ者勝ちだよな」

 男どもも、要らないと言い張る者たちの分を残しておくほど優しくない。
 千鶴と による、チョコづくしデザートは概ね好評を得て、残らず片付いた。


 こうして、二月十四日の攻防戦は幕を閉じた。
 手作りチョコは美味しかったものの、誰も女子二人からの『本命チョコ』をもらえなかったという問題を残しつつ。
 そして、午後の学園長室。
 渋いお茶を傍らに、沖田と藤堂が届けてくれた、女の子たちの手作りチョコを頬ばる学園長・近藤は、市販のチョコにはない味に、頬を緩めていた。

「うむ、美味い。 来年は、トシが妙な法度を出さないように俺が先手を打たねばなあ」

 『本命チョコ』の行方という重大問題解決のためにも。
 先手を打ったら打ったで、また新たな攻防戦が始まりそうなものだが、そこはあまり気にしていない。

「それにしても、雪村君も五条君も、料理だけでなく菓子作りまで達者とは。 いつ嫁に行っても大丈夫だなあ、良いことだ」

 ひとり、ほんわかとした感想を呟きながら、甘党の近藤は午後の和みタイムを満喫していた。


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