本音のありかは酒の底? ---2---


 沖田の胸の中で、猫がなつくように身をすりよせる
 あり得ない状況を周囲に見せつけるかのように、沖田は に囁きかける。

「うん、僕も ちゃんの事が好きだよ」
「そうですかーー、うれしいです」
ちゃんは、僕のどこが好きなの?」

 お前それは、男が惚れた女に聞こうとしても聞けなくて、聞いたはいいがはぐらかされる類いの質問だろう、それを直球に聞くなんて何で羨ましい……じゃなくて何て無茶なことを。
 周囲の男どもは息を飲み、ふだんはまったく見せない伸びきった様子の の口から出る言葉を待った。
 撫でられた猫のように目を細めて、 は。

「沖田さんは――一緒にいて、すごく楽なんですよーー」
「ふうん? 楽しい、じゃなくて『らく』?」
「沖田さんって、私のこと、『剣をつかう生き物の雌』って思ってるでしょ。 そのぶん、女が剣もってても強くても、そういうもんなんだってまるごと受け入れちゃってるっていうか……変に気をつかったり、手加減しなくていいっていうか……ああこれ危ないけれど、同じ種類の牙をもってる生き物なんだなぁーーって、肩の力抜けるんですよねえ」

 日頃の二人のやり取りを見ていると、とてもそういう風には見えないんだが……と周囲は心の中で突っ込みを入れる。
 しかも酔ってる割にはまともなこと言うじゃないか……妙な方向に感心したりも。

「ふ……ふうん……」

 一方、そんな事を言われるとは思わなかった沖田は聞いた立場でありながら、妙にしどろもどろで次の言葉が見つけられないまま、腕の中で懐く を見下ろしていた。
 外見とか、剣が強い所とか、そういう当たり障りのない部分を言われるとばかり思っていたのに、そんな深い場所を見ていたなんて……しかも普段はそれをまったく表に出さないでからかっているつもりだったから、不意打ちもいいところだ。

! じゃあ俺、俺は!? 俺のどんな所が良いんだ!?」

 沖田でさえ、そんな風に言われるのなら。
 藤堂はガバリと起き上がり、身を乗り出して に詰め寄る。
 自慢ではないが――それでも永倉ほどではないとは思うが――遊里ではろくに女にもてたことがない。堅気の女になればなおさら接する機会すらない。
 そんな自分の、どこをどう見て、何を思って好きだと言ってくれたのか。
 周囲に丸ごと聞かれてしまうが、この機を逃したらもう聞けない気がして、藤堂は真剣な眼差しで の目を覗き込んだ。

「平助君は……優しいもん」
「やさしい……?」

 かっこいいとか、りりしいとかじゃなくて?
 思わずそう問いかけると、 はとろんとした目元に笑みを浮かべて頷いた。

「小さいことや、どうでもいいこと……普通だったら、そんなこと気にするなって話を流されちゃうような事や、些細な悩みとか。 そういったものに、いちいち本気になって……一緒に悩んだり傷付いたり、弱ってる時に励まして力を分けてくれたり……逆に自分が弱っているところを見せてくれたり。自然にそういうことしてくれてるの、気付いてないでしょ」
「えっ……」
「同じ目の高さになって、楽しい事も苦しい事にも一緒に向かおうとしてくれる。 ……あのね、平助君」
「お、おう」
「私ね、平助君がいなかったら、もっとずっと寂しい気持ちのまま、ここに居たと思う」

 こうまで慕わしげに、隣に居てくれて嬉しい、と言われて、喜ばない男がいるだろうか。
 忘れがちだが、 は藤堂や沖田、斎藤と同年代、基本的に多感なお年頃だ。
 その彼女が、女ながらに剣を取り、行方不明になったたったひとりの身内を探して、いつ命を落とすか分からない鬼の住処に身を置きながら働く日々に、何も感じなかった訳がない。
 中途半端な事で悩み、つまづいてばかりなのに、自分は一人の人間の、 の心の支えに、少しだけだとしてもなれていたのか……と確かめられて、藤堂はガラにもなく目元に涙を滲ませた。

「私は……平助君の気持ちを支えてあげられてるのかなぁ……」
「お、おう! もちろん、俺は……!」

 ひと呼吸おいて続きを言おうとした所で、横合いからヌッと手が伸びて、沖田の腕と藤堂の視線から、 の身を奪い取る。

「左之さん! 何すんだよ!」
「おっと。 お前、充分いい思いしただろうが。 そのくせ周りをおいてけぼりなんて、あんまりだろ」

 口調は穏やかだが、憎からず想う女が、他の男を良く言うのが面白いはずがない。 男なら。

「ほら、 。 あーーあ、酔ってるなぁ」
「酔ってませんよーー」
「酔っぱらいは皆そう言うんだ。 どうせ男を口説くなら、シラフの時のほうが嬉しいねぇ」

 ほら横になれと、千鶴が敷いた布団のほうに歩かせようとして、原田は の体を支えて一旦立ち上がる。

「原田さんーー」
「っと!?」

 体が接近した拍子に、 はガバ、と原田の首に腕を廻してしがみついた。 そのまま肩口に顔を埋めて、クスクスと忍び笑いを漏らす。
 様子を見ていて、真っ赤になって顔を被ってしまった千鶴と、ニコニコしたまま「お酒が入ると大胆ですねえ」と冷静に観察している山南の姿が対照的だ。

「原田さんも、だいすきですよーー」
「ああ。 シラフの時にもう一度頼むぜ」

  の背を撫でながら、穏やかにそう言う原田に、永倉が『大人の反応ってやつか……』と妙な方向の感心を向ける。

「原田さんてば、妬いてるんですかーー? うふふーーオトナにみえて可愛い所あるんですねぇ」
「……だめだな、酔ってるわ」

 普段の なら絶対言わない台詞に、髪を指に絡めてくる仕種つき。
 これが酔っていなくて何だというのか。
 後ろ髪を引っ張られてちょっと痛い、と思いながらも、原田は諦め混じりの溜め息を漏らす。
 着衣の乱れた体でぴったりと密着されるのは、男としては非常に下半身に影響が出やすいのだが、そこは何とかやりすごす。
 布団に横たえられる寸前になっても原田の首にかじりついて腕を離さないものだから、仕方ないなと原田は の腕に手をかける。
 酔っぱらいの力とばかり思っていたら、存外しっかり抱き着かれていて離れない。

「あーー、ゴホン。 おいこら五条、原田が困ってるだろうが。 手ぇ離してやれ」

 混乱から立ち直った土方が、原田の背後から近寄り、しっかと抱き着いている の手に指をかけ、剥がそうとする。
 すると は原田の肩から顔を上げ、不粋な真似をする土方をギロリと睨んだ。

「何するんですかぁ。 土方さんなんて馬に蹴られちゃえばいいんですよーーそのまま江戸までとんでっちゃえ」
……おまえシラフじゃないときに本音が出るにしてもそれは言い過ぎだろう……」

 原田君、それは突っ込みというか、トドメさしちゃってますよと、廊下で状況を見守る山南は思わず吹き出してしまっていた。

「言い過ぎなんかじゃないですよっ。 おに。 女ったらし。 仕事ばか。 鈍感の朴念仁の甲斐性無し」

 お前そこまで言うか、っていうか人の事そーいう目で見てたのか………と土方はちょっと落ち込みたくなった。
 横から、沖田と藤堂の実に生暖かい視線も感じる。お気の毒なことで、と明らかに同情されている。
 が、ここまで言われると逆に聞きたくなるものだ。

「……だったらこんなに抱き着いてる左之助の、どこがいいっていうんだ」
「比べ物になりませんよーーだ。 原田さんは、いっぱい許してくれましたもん」

 許す?
 妙な言い回しに、一同少し首を傾げた。

「女だってことも、守られることが悪い事じゃ無いってことも、辛い時には誰かを頼っていいんだってことも……弱い顔見せても付け込まれる事なんてないって言ってくれましたもん。 思いださせてくれましたもん」

 弱かったり、弱味見せたりしたらたちまち付け込まれてしまうから、付け込まれたりしたら他の人にまで迷惑が及ぶから。
 強くなければ自分のままでいることは許されないんだってずーーっと思ってたんですよと、 は男の側からしたら聞き捨てならないことを言う。

「『こうじゃなきゃいけない』って周りに決められてたり、自分で決めなきゃならなかったこととか……いっぱいあったけど、そうじゃないんだよ……って気付かせてくれたこといっぱいありますもん。それでもいいし、そうじゃなくても別にいいんだって許してくれましたもん。 だからすごく、感謝してますし、だいすきです」
「お前……」

 そんなふうに見て、感じてたのか……と、原田は意識してやってきていなかっただけに、自分のほうこそ目から鱗が落ちる思いだった。
 さらに は、

「……そういう人だから、困ったりしたことがあったら私で何かできることないかなって……」
「お、おい、 ?」

 かたくなだった腕の力がスルリと抜ける。
 布団の上にコテンと落ちた は、周囲の驚きなどまったく気づかず、安らかな寝息を立てていた。
 どうやら、酔いが頭の芯まで回ってしまったらしい。

「土方さん、御愁傷さま」

 慰めるように肩を叩かれて、土方はギロリと沖田を睨み付けた。

「さあさあ、寝込んでしまった婦人の部屋に、男がいつまでも居座るものじゃありませんよ。 さっさと出なさい」

 面白い見せ物でしたねぇという顔を隠そうともしていない山南が、パンパンと廊下で手を叩く。
 その音で正気に返った男たちは、わらわらと の部屋から出た。

「では雪村君、五条君の事よろしくお願いしますね。 なに、そんなに長く寝込まないでしょうから、目がさめたら水を飲ませてあげてください」
「はい……」

 千鶴に布団をかけてもらっても一向に気付かず、安らかな寝息をたてる の顔を一瞥し、山南は障子を閉めた。
 目がさめてからも、面白い事になりそうだ。










「そういや私、ケガ人だったんだよなあ……ああ腰いたい……」

 腰ばかりでなくて、全身が立て付けの悪い扉のように軋んでいる。
 あのあと目がさめて、酒のせいですっかり忘れていた打撲の痛みがぶり返し、身動き取れなくなった。
 千鶴に湿布をしてもらい、多少はマシになったものの、厠に行くにもひと苦労という有様で、 は部屋に置いておいた木刀を杖にヨロヨロと廊下を歩く。
 痛みがもう少しマシになるまで、厠に近い部屋の人と部屋を交換してもらったほうがいいかなと、けっこう切実に考えながら、 は自室までの道のりを蹌踉と歩いていた。

「五条?」
「あーー斎藤さん。 何かお騒がせしちゃったみたいで」

 すみませんでしたと、 は無理に笑顔を作って廊下の向こう側からやってきた斎藤の挨拶する。

「……肩を貸そうか」
「助かります」

 普段の なら、即『結構です、時間はかかるが歩ける』と返してくるだろうに、相当参っているらしい。
 斎藤は慎重に に片腕を取ると、自分の首の後ろを通して回し、体を支え上げる。

「所で斎藤さん、お酒、持ってたりしませんかね」
「何故そのような事を聞く?」
「いえ、屯所で飲むのは控えてたんですが、こうまで打撲が響くと、酒飲んで寝込んでたほうが痛みを感じなくていいような気がして。 痛みと一緒に記憶も飛ぶのが何ですけど、背に腹は……」
「い、いやっ、俺は酒など持っておらん。 台所も新八や左之の所も切れている!」
「じゃあ、石田散薬の事もあるし、副長の所ならあるかな」
「だ、駄目だ! 酒はやめておけ!」

  は、横にある斎藤の顔にそれはそれは不審な目を向けた。
 先程、石田散薬と対になっている燗酒を飲み干すまで見張る気満々だった奴が何を言うかと。
 訝しげな目で見つめられながらも、斎藤は『それよりも』と質問を返す。

「その……呑んだ時の事は本当に覚えていないのか?」
「遺憾ながら、まったく」

 どんな醜態を晒したのか、綺麗サッパリ忘れているのだ、これが。

「あーー……醜態の度合いによっては、禁酒のほうがいいのかなあ。 普段だったら絶対に意識飛ぶまで飲まないのに」
「禁酒か、それはいい。 是非やるべきだ」
「ちょ……」

 ぼやきに即答されて、これはよほどの醜態だったのかと、何とか自分のやったことを思いだそうとしてみる。
 が、悲しいかな、記憶はスッパリ飛んでいる。

「私、斎藤さんがそこまで反応するほど、とんでもないことしましたか。 言ったりもしましたか……」
「いっ、いや、そこまで落ち込む程では!」
「じゃあ私が何したか教えて下さい。 千鶴ちゃん、『私の口からは言えません!』て真っ赤になっちゃって教えてくれないんですよ」

 それは、言えないだろう……と、斎藤はあんな場面に居合わせる事になってしまった千鶴にちょっと同情する。

「ま……まあ、酒が入れば体温が上がる、暑くなるからな……いきなり脱ごうとしたのであわてて止めた」
「あちゃーー……」

 やらかした、と は片手で額を押さえた。

「そ、それとあんたは、酔いがまわるとあたり構わず他人にくっつく癖があるらしいな。 おまけに、思ってる事が素直に口に出てしまうようだ」
「う……」

 ホントに私、何やったんだろうと は呻く。
 斎藤は知っているのだが、とても言えない。
 何せ は、いきなり脱ごうとした後は斎藤に抱き着いて押し倒してきて、好きだ好きだと赤面ものの台詞を連発してくれただけでなく、さらにとんでもないことを言っていったのだから。
 何とかひっぺがした直後に永倉たちが来て、今度は藤堂が被害(?)にあっていた。
  は自分が何を言ったか覚えていないので、思っていることが口に出る……ということはと、思い当たるフシを言ってみた。

「……誰かさんに、鬼だの甲斐性なしだの朴念仁だの言いましたか」
「それはそのまま土方さんに言ったな。 という事はあれは掛け値なしの本音か……」
「うわぁああああやっちゃった……」

 これは酒が抜けたら忘れてました、なんて言い訳ではすむまい……というか普段普通に思ってるだけだし事実なだけに、何といって言い訳するべきか悩んでしまう。
 次に顔を合わせたら無事にはすまなさそうだ。

「そ、そういえばだな……俺にも言ったんだが」
「な、何かとんでもないことでも!?」

 酒で痛みを消すなんてとんでもない、これは禁酒のほうがよさそうだ。
 斎藤の声がどこか上ずっているのに気付かないほど、 は自分のやらかした痛恨の行動に衝撃をうけていた。

「『俺にだったら斬られても良い』というのは、その……どういう、意味なのだろうか」

 言ったあと、斎藤はついっと の顔から視線を外し、はた目には分からないほど微妙に頬を染める。
 僅かに昇った血の色に気付いてしまった は、思わず歩みを止めた。
 もちろん、そんなことを言った覚えはないのだが、話の前後と、斎藤が真面目に聞いてくるあたりからして、本当に言ったのだろう。

「私、そんなこと言いましたか……っていうか、出ちゃったんだ、口から……」

 額を押さえていた手を口元に移して、思わず押さえる。

「ほ、ほら。 斎藤さん。新選組と土方さんのためなら、もし私が裏切ったりヘマをやらかしたら躊躇いなく斬るでしょ」
「……」

 斬らない、とは言えないから、斎藤は黙っていた。
 その間に、 は何と言葉を続けるべきか慎重に考える。

「私ね、自分が斬られる覚悟もないのに刀振り回してる人間に斬られて死ぬのだけは、絶対にごめんなんです。 贅沢言うなら、できれば斬った後も引きずらないで精神的にも切り捨てる……っていうか、忘れてほしいし」

 普段より少し早口に感じるのは、照れているからだろうか。
  の言葉は続く。

「自分の最期の時を預けるなら、この人だって信頼してる人に望みたいし、それが出来たら幸せだなあって。 その点、斎藤さんなら剣の腕的にも問題ないし、仕事や命令ならキッチリ割り切ってバッサリやってくれるだろうし、私情で斬ることになったとしてもそうは引きずらないだろうし……酔ってどう口から出たかわかりませんけれど、掛け値なしの本音ですよ。 ……あれ、斎藤さん?」

 あんた、それは殺し文句だ……と口の中で呟いて、斎藤はフイッと から視線を反らした。
 斎藤はその後無言になってしまい、 を部屋まで送り届けて布団の上に下ろすと、何やら怪しい足取りで部屋を出ていった。

「斎藤さん……私、赤くなるような事言いましたか」

 男どもが聞いたら、それはないだろうと溜め息をつくだろう。
 斎藤の頬と首、さらに耳までも真っ赤に染めさせるような殺し文句をサラリと口にしておいて、惨い事を言う、と。
 まったく自覚なしの は、ひたすら首を傾げていた。









「あ、花がしおれた」

 机の上の一輪挿しに飾ってあった花が、ヘニョリと首を垂れている。
 野に咲く、丈夫な花だったはずなのだが。
 飲むのが嫌で、後で捨てようと石田散薬をあの中に隠したんだっけねと、 は恐ろしいものを見る目で花を見やる。
 薬が溶けた水を吸い上げた花がああなるとは……丈夫な植物がグッタリするような代物、やっぱり飲まなくて正解だったなと は胸をなで下ろす。
 これを沖田あたりに教えてやれば、腹を抱えて笑いそうだ。
 さっき会ったら何か妙に落ち込んでいる様子だったし、しかも自分が酒で記憶を飛ばしている間に言った事が原因らしいし、ひとつ明るい(?)話題でも振ったほうがいいだろう。
 藤堂と原田も何か気落ちしている様子だった。
 色々問題が起こったようだし、酒で痛みを忘れようなどと考えてしまったが、やっぱり禁酒の方向で行こうかななどと、布団の上で腰を摩りながら考えていると。
 廊下から大股に歩く足音が近付いてきて、断りもなく障子がスパンと開いた。

「五条!」
「うわっ! ごめんなさいすいません言い過ぎました! ついうっかり本音が!」

 現れたのは土方だった。 しかも片手に酒瓶を抱えている。
  のほうも、言い過ぎました、で止めておけばいいものを、最後の一言で台無しだ。
 が、腹が立つはずの一言にも土方は青筋を立てたりせず、頭まで布団を被ってしまった の横にドッカリと座ると、脇に持参の酒瓶をドンと置いた。
 一体何ですか、と はそーーっと目元まで布団から出す。
 そして、据わった目元と物騒な笑みを浮かべた土方の表情を見て、目を合わせてしまったことを思いっきり後悔する。

「お前酔っぱらうと本音が出るんだってな? なら俺が許す、こいつを呑め。 一気に行け」
「ちょ……殺す気ですか!」

 それとも酔わせて斬る理由になる言葉でも引き出す気か、と は一瞬痛みも忘れて布団をはね除け、直後にまた腰を押さえて蹲る。

「あ、い〜〜たたたたた……」

 体にちゃんと力が入れば殴ってやるのに、と本気で思う。

「っていうか今決めました! 当分禁酒します、禁酒!」
「禁酒大いに結構、ただしこいつを飲み干してからにしろ!」
「何、考えてるんですか!」

 ギャース、とどちらも一歩も引かない口喧嘩。

「お前、あれだけ他の野郎に好いた惚れたの言っておいて、俺には一言もなしってのはさすがにつれねえだろ? オマケに人の目の前で遠慮もなしに男に抱き着くわ押し倒すわ!」
「げ……」

 ふっふっふ、と据わりきった土方の笑いが怖い!
 そんな行動は記憶にございません、とは舌が引き攣って出てこなかった。
 テコでも動かぬとばかりに腰を下ろした土方が、もう一度ドンと酒瓶の底を畳に打ち付ける。

「鬼で仕事バカで甲斐性ナシで鈍感の朴念仁で、って台詞はこの際見のがしてやる。 その分、他の野郎どもと同じように、俺にも好いた惚れたの一言くらい言ってもらおうじゃねえか」
「ふ、ふざけんな! 言ったところでこっちは忘れちまうでしょうが!」
「男心が分かってねえなぁ。 何ならシラフで言ってくれても一向に構わないぜ俺は。 けどそれじゃ、お前の心臓が持ちそうにねえからこうして親切で持ってきてやってるんじゃねえか」

 わかったら、腹ぁ決めて一気に行け!と、土方はどこまでも本気だ。
 冗談ではない、そんなふざけた……というか子供みたいな(?)理由で飲まされてたまるか。
 シラフで言うのも酔って本音の底の底を吐くのも断固拒否!と、 は体の痛みを耐えて、物騒な笑み付きで土方を睨み返した。

 飲め、誰が飲むかの不毛な喧嘩は暫く続いた。
 騒いでいれば声を聞き付けて他の幹部たちも何だ何だと集まってくる。
 その後、どうなったのか。



 喧嘩の結果とその後の騒動の顛末は、『意外と繊細な』男心さながらに、シュンとしおれた一輪の花だけが知っている。

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