過保護な彼
「問題はあると思うよ」
沖田は、いかにもやる気なさげな様子で片腕を枕に縁側に寝転び、ふぁあと大きな欠伸をした。
その隣には、行儀よく正座した山崎が居るが、こちらにも視線にやる気がない。
「問題、とは?」
「二人とも不器用っていうか、ひねくれてるって言うかねーー」
問い返してきた山崎に、沖田は空いている片手で、庭先で不毛な言い合いをしている二人を指差した。
土方と、
。
竹刀を持った二人は、先程まで殺気立った打ち合いをしていた。
「土方さんてさ、本人の自覚はまるでないけれど、すっごい過保護なんだよ」
「ああ……何となくわかります。 逆に近藤局長は、過保護に見えてけっこう放任主義ですよね」
肝心な所はちゃんと押さえているが、それ以外はかなり好きにやらせるタチだろうと山崎が言うと、沖田はその通りと頷いた。
「さすがにちゃんと見抜いてるよね」
「しかし、土方副長が『過保護』ですか? むしろ、ついてこれなければ容赦なしな人だとばかり……」
「うん、ハタから見るとそうだよ。 けれど土方さんてね、自分が末っ子なもんだから、妙に保護者ぶりたい所があるんだ、昔っからね」
土方が末っ子、と聞いて山崎は意外そうな顔をした。
沖田が、土方は土地の豪農の出で、兄姉が多く、特にすぐ上の姉には小さい頃から世話を焼いてもらって、今でも頭が上がらないと説明してやった。
土方が女性にやりこめられているところがどうしても想像できないのか、山崎は眉間にシワをよせて首をかしげてしまった。
「お兄さんぶりたい、っていうのかなーー。 事あるごとに口煩く言われる方にしてみると、たまったもんじゃないんだけどね」
だから僕は土方さんと
ちゃんが喧嘩したら、
ちゃんの味方なんだよね、と沖田はにんまりと笑う。
「……で、あれの問題とやらは何なんでしょう? 喧嘩なら早めに決着つけてもらわないと、次の仕事が出来ないんですが」
「そう急く事ないんじゃない? 何だかんだで、ハタから見てると面白いよ」
「否定はしませんが、監察としては困ります」
沈鬱な溜め息をつく山崎の横で、沖田はケラケラと笑っていた。
その悪戯小僧の笑いをふと、おさめて、
「目の届く範囲に居てくれないと、とにかく不安で、何かあっても、『どれだけ心配したと思ってる』って素直に言えないから喧嘩腰になっちゃう」
「それは、五条君も同じではありませんか?」
「うん、そう。
ちゃんは『お姉さん』だからね。 基本的に保護者なんだよね。 守ってもらって嬉しいって思う人じゃないでしょ、
ちゃん。だから余計にカチーンと来ちゃう」
他人や状況に対して、いくらでも計算高く、非情になれる土方だけれど、『これは自分の身内だ』と思ってしまうと、態度が変わる。
身内と認めた相手にかける情は、細やかすぎるくらいだ。
それがハタから見ると、過保護に見えてしまう。
「大体さ、町中で大捕り物、二人捕縛なんて、文句なしのお手柄じゃない。 しかも何か情報持ってそうだし」
「ほう……五条君が捕らえてきたのですか?」
「うん、押し借りの現場にでくわしたから、素通りするわけにもいかないって言って止めに入ったんだってさ。 そしたら、相手はいかにもな破落戸、対する
ちゃんはご覧の通りの優男っぷり」
それだけで、山崎は大体の状況が手に取るようにわかってしまった。
は男装姿は、背が高く、女性にしては鍛えている事もあって、パッと見ただけでは二本差しの似合わない優男だ。
外見で侮って剣の勝負を挑んだ相手は、外見を徹底的に裏切る腕前に心底後悔する羽目になる。
今回もそんな感じかと、思わず庭先で言い合いを続ける土方と
に生暖かい視線を向けてしまう。
「五条君、強いですからね」
「そうそう。 道場でも僕や永倉さんと互角にやりあうし、真剣持たせても、文句なしに度胸いいし腕は立つし。 外見で油断させなくたって、充分すぎるくらいなのにさ」
「副長が『何て無茶しやがるんだ!』とでも?」
「まさにそんな感じ」
は、自分の実力をきちんと把握した上で二人捕らえるという判断をしてきたのに、カチーンと頭に来てしまったのだろう。
勝負所の判断力だって幹部たちに一目置かれている
のこと、町中で浪士どもと遭遇しても、これは無理だと分かれば、普通に追跡や救援要請に切り替える。
「これがさ、自分が出して任せた任務なら少々の無茶したところで、『あいつなら大丈夫だから任せた』ですませるんだよ。 これだって要は、自分の目の届く範囲に居てほしいってことでしょ」
「ああ、言われてみれば」
不慮の事態では土方の思慮は及ばないが、自分が考え、周旋した仕事ならまさに『目の届く範囲』だ。
「
ちゃん、強いんだからさ。 女の子だってばれない範囲で普通の隊士と同じように使えば問題ないんだよ。 僕だったら心配するよりも先にそう考えるよ、本人だって承知の上でここにいるなら変な遠慮こそ不本意だろうし」
と新選組の契約は、『新選組が行方不明の彼女の弟の捜索に力を貸す代わりに、
が新選組で働く』だ。
一番の使い所は、剣を振るっての修羅場働きだろうに、土方の情はどうあれそれを頭っから否定されるような事になったら、
とて傷つくだろう。
そう言う沖田に、山崎も同意する。
沖田は、強い弱いに対して、嘘もつかなければ遠慮もない。 その遠慮のなさを無情という人もいるが、沖田の観察眼を山崎は信頼していた。
人間的、精神的な部分ももちろん見ているが、事が剣術になるとさらに目が厳しい。
その沖田が言うのだから、
の剣の腕前は本当に強いのだ。
「で、
ちゃんも土方さんの因縁つけにいい加減頭に来て、『そんなに信用ならないなら表に出て試してみろ!』ってなったわけ」
「……頭痛がしてきました」
「ははは、その手の頭痛に石田散薬は効かないよ」
疲れた笑みを浮かべてこめかみを押さえる山崎の様子に、沖田も笑みを戻す。
そこからの展開が、本当に目に見えるようだ。
売り言葉に買い言葉、竹刀をひっつかんで庭に出た土方は、『俺が勝ったら金輪際、単独で斬りあうような無茶はしねえと誓え!』くらいは言ったのだろう。
も
で、『こっちが勝ったら、剣を使っての働き方にケチをつけるな』とでも言ったんじゃなかろうか。
防具もつけずに手加減なし、殺気立った打ち合いになったのは明らかだ。
この二人がそんな勢いで打ち合っていれば、いかにこのへんが平隊士が近付かない場所だとはいえ、人が寄ってきそうなものだが、そこはいち早く騒ぎに気付いた沖田が勝負に夢中の二人の代わりに適当な理由をつけて追い払っていたのだろう。
「どうやら俺は面白いものを見損ねたようで。 で、どうだったんですか勝負は」
「面白かったよ? 二人とも、正当派剣術というよりは喧嘩殺法でしょ」
沖田の言うとおり、二人とも『勝つ』ならかなりえげつない手を平気で使う。作法がどうの、剣の品位がどうのというのは二の次、三の次だ。
目つぶし足かけなんぞほんの序の口、接近戦に持ち込んでの組み打ち、時には鞘でぶん殴る、羽織の紐で首を絞めかかりにゆく。
品の良い江戸の大道場で同じ事をしたら、それだけで『反則負け』を言い渡されるろう。
「地面に転がって取っ組み合いにならないのがむしろ不思議だったよ」
「本番ならそこで脇差しで喉首かっ斬る所でしょうが、そこまでやられちゃ困りますよ」
「そうなる前には流石に止めるって。 で、勝負は決着つかず」
「つかなかったんですか!?」
それこそ意外だ、という顔をする山崎に、
「純粋に腕前だけで言うなら、
ちゃんが上だからね。 土方さんもかなりの形振り構わずで最初っから飛ばして行ったんだよ」
審判不要、どっちかが参ったと言うまでが勝負だと息巻くあたり、二人ともかなりの盛り上がりだったのだけれど。
「そんな盛り上がり方をしているなら、それこそどっちか降参するまで両者退かないと思いますが」
「それがねえ」
沖田は口ケンカを続ける二人の足下を指差した。
何やら水びたしになっている。
よく見れば、言い合いをしている二人の着物も濡れているような。
「源さんと千鶴ちゃんが来てね、二人に頭っから水ぶっかけていったんだよ! ああもう、見のがしたなんてホントに惜しかったよ!」
思いだし笑いをしだす沖田の様子からして、井上は相当の剣幕だったらしい。
千鶴は、一気に二人にぶっかけるために手伝わされたのだろうが、それでも温厚な彼女にしては随分思い切ったものだ。
「源さんの一喝、凄かったんだから。『試合なら道場へ行け、喧嘩なら両成敗、殺しあいなら始末が面倒だからいっそ墓地でやれ!』だよ!」
「殺しあいって……そこまで殺気だってたんですか」
「両者、譲らずだからね。 源さんのほうも、まだ続ける気なら三枚下ろしにして今夜のオカズにしてやるぞって剣幕だったから、竹刀はやめて言い合いにしてるみたいだけれど」
「ああ、今日の夕餉の当番は井上さんと雪村君でしたね」
それにしたって本当に面白いもの見損ねたようだ、と肩を落す山崎。
何だかんだで日々の騒動は、新選組での生活では良い刺激なのだから。
「当分仕事の報告はできそうもありませんし……沖田さんはどうするんです?」
「ん? 僕は一日非番だし、あの二人がまた暴れ出したら止めるくらいはする気でいるけど」
いくら井上と千鶴が料理上手だからって、あんな煮ても焼いても食えない二人をオカズにしたら、それこそ『食えたもんじゃない』からと。
全面的に同意の意味で、山崎は深く頷いていた。
「諦めて、別の事でもしています。 ではここはお任せで」
「うん、任された」
山崎が立ち上がろうとした時に、外野の存在などまったく蚊帳の外にしていた土方が、
「惚れた女の心配して何が悪い! どんだけ俺を困らせりゃ気が済むんだてめぇは!!」
と、大声でのたまったではないか。
土方は、未だに外野のことなど気にしていない、というか気付いていない。
寝転んでいた沖田は笑った顔のまま思わず『へ』と間抜けな声を上げ、立ち上がりかけた所だった山崎は危うく縁側から庭に転がりそうになった。
二人が見れば、土方は『しまった』という表情をありありと浮かべて、首まで真っ赤になっているではないか。
は二人の側から背中しか見えないので、表情は分からないが、おそらく土方と同じように真っ赤になっている事だろう。
「過保護にもなるってことですか」
「ああ、うん……
ちゃんも、守られるの慣れてないからほんとに分からないんだろうけどねえ」
それだけの事なのに、と外野二人は呆れるやら、当人たちの不器用さに溜め息が出るやら。
先程の勢いはどこへ行ったのか、いや、あの、これはだな、と、どもりながら言い訳をしようする土方の動きが出来の悪い人形芝居のようで滑稽だ。
「沖田さん。 いっそ赤飯でも出しますか、今日の夕餉。 副長のツケで」
真面目な山崎がこうヒネリの効いた事を言い出すのは珍しい。沖田は少し驚いたがすぐに乗った、と身を起こす。
「じゃあ、もう夕餉の支度はじめちゃってるかもだから、すぐに止めないと。 僕、勝手場と千鶴ちゃんに今日米は炊かなくていいからって伝えてくるね」
「お願いします。 俺は町の仕出し屋に、赤飯を頼んでくることにしましょう」
この先も面白そうだが、外野は一応遠慮しておくのが礼儀(?)だろう。
土方たちの所から離れた二人は、途中まで一緒に廊下を歩きながら、
「……しまった、副長が五条君に振られる可能性もあるんでしたね」
「心配いらないって。 あそこまで思い切っちゃえば、振られたっていっそ本望でしょ」
それもそうか、と山崎は頷き、勝手場への伝言は沖田に任せて町へと出た。
その日の夕餉、何故か膳に赤飯が乗り、席を同じくする幹部たちは首をかしげる事になるのだが、その理由の一部始終を見ていた沖田が、抱腹絶倒ものの演出をいれて一席ぶち、ネタにされた本人たち以外を笑いの渦に叩き込んだ。
「いよぉっし、祝い酒だーーーっ!!」
誰かが叫んだその一言に、状況に耐えかねた土方の雷が落ちるまで、あと数秒。